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あまりにもグロテスク光景に、吐き気以外の何も感じなかった。でも、ブライトに抱きかかえられている以上そんなことをするのは申し訳なく感じて、うっと手で口を覆う。ここで吐くわけにはいかない。
「…………何あれ……?」
「わかり……ません。ですが、この状況は――――!」
ブライトがそう言った瞬間、薄暗かった教会は完全に下にいる人ではなくなったものによって飲み込まれた。ブライトがかけていた魔法もきれて、私達は地面へ引きずりおろされた。幸い怪我はなかったが、終末世界のような、教会の中の形は保っているものの、出入り口は完全になくなってしまっていた。
(あの時と同じ……)
震える身体を押さえながら、あの時の調査の時のことを鮮明に思い出し、私は奥歯を噛み締める。ギリッと耳障りな音が聞えたが、それが気にならないほどに、この不穏な空気を、状況をどうにかするべきかと、頭が危険信号をならしながら考えている。
界外とは隔絶された空間。
目の前にいる赤黒い人ならざるもの。あの肉塊のようだが、目の前にいるそれは、所どこから手や足が生えており、無数の絶望した顔が浮かんでいた。見るに堪えない。と、気を失いそうなのをグッと堪えて、なるべくピントを合わせないようにしつつ、辺りを見渡した。
ここから出られそうにはない。きっとこれを倒すことが、クエストのクリア条件なのだと、瞬時に察する。だが、あの肉塊は、確か魔法も物理も全く効かないような存在だったのではないかと。
(打つ手ないじゃん?)
調査の時は他にも騎士達がいたが、全く歯が立たなかったし、今回の場合もそうなんじゃないかと思って絶望のどん底まで引きずり落とされた感覚だった。それも三人。攻略キャラがいたとして、どうにかなるのだろうか。
ただ、この間と違うのは、この空間そのものが歪んでおり、あの肉塊の中もこんな感じだった気がしたため、もしかしたら攻撃が万一当たるかも知れないと思ったのだ。だったとしても、三人で対処できるものなのだろうか。
(グランツはこれと闘うのは二回目だろうけど、あの肉塊が放つ攻撃は負の感情の塊だったら、魔法を斬るっていうユニーク魔法は無意味だろうし……ブライトもこれを見るのは初めてだろうから)
私も戦ったことはあっても、いざ目の前にすると足がすくんでしまう。というか、あんなもの普通は怖くて戦えないのだ。でも強制的に逃げることも出来なくなっているだろうし、戦うしか選択肢はなかった。
「……エトワール様、大丈夫ですか?」
「えっ? あ、ううん……」
「でも、震えてますよ?」
と、ブライトが優しい言葉をかけてくれる。甘えて、怖い……とか言ってしまえればいいんだけど、彼の重みになるのはよくないと思った。着いていくといった手前、今頃逃げ出したい、来るんじゃなかったとは言えるはずもない。
そんなことを言うぐらいなら、聖女などやっていない。きっと重みに耐えられず壊れてしまっているだろう。
それでも、私がこうやってやってこれたのは――――
『ガァああアアアアアア!』
「皆さん、来ますよ!」
ブライトが切羽詰まった声で言う。
雄叫びのような悲鳴のようなものをあげながら、肉塊はその溶けた身体を無様に揺らしながら私達に向かってきた。肉塊が動くたび、ベチャリ、ベチャリと何か赤黒い液体が落ちる。まるで、臓器が動いているようなその化け物は、やはりこの世のものとは思えなかった。
この間の肉塊よりも動きが遅いのは、元となった人間、神父が「怠惰」である為だろうか。動きはゆっくりだが、気は抜けないと思った。
私は、光の盾を使いつつ、自分に風魔法を付与し、後ろに避けた。光の盾を肉塊の一部がかする。すると、ドロドロと光の盾がゆっくりと煙を立てて溶け出したのだ。
(う、嘘!?)
北の洞くつにいた大蛇のように、毒でも持っているのかと思ったが、この場合、胃酸のようなものじゃないかとも思った。どちらにせよ、防いでいて正解だと思った。もし、防いでなかったらと考えると恐ろしい。
二人の方も間一髪で避けたようだったが、どちらもあの攻撃は予想外だったのか、顔を青くしていた。緊張感が伝染し、周りの空気が一気に重くなる。
今頃ああなった原因を突き止めようにも、もう原型がないわけで、あの肉塊を倒したときは確か核を潰したんだ。それが何処にあるかも分からない。状況は圧倒的に不利で悪かった。
(アルベドやラヴァインはあの肉塊の作り方や正体を知っていた。でも、彼らがここにいるわけでも無いし、そもそも、ラヴァインに対しては敵だから助けてくれるわけもない)
ラヴァインが今回も関与している可能性が高いため、彼奴に助けを求める……何てことは絶対に出来ないのだ。と言うより、求めたらどうなるか何を要求されるか分かったものじゃない。
「ブライト、どうすればッ!?」
「……前、エトワール様達が調査に行かれた際も、同じような化け物に出会ったんですよね。その時、核を潰して倒したとか」
「で、でも、今回核が何処にあるか分からなくて! うわっ」
ベチャリと、私の横に落ちてくる赤黒い液体。話している暇もないと、私は小さく舌打ちを鳴らした。ブライトも、余裕が内容なかおをしていたし、どっちにしても会話は成立しないように思える。でも闇雲に動いたところでいいこと何て何もない。
「多分、核は! 神父の顔だと思います」
「神父の顔?」
「はい、この間の化け物はどうだったかは知りませんが、何かしらあの化け物になる際、中心に人物か魔力が集まっているんです。ですので、今回は神父を中心にして出来た化け物だと考えて、神父の顔じゃないでしょうか」
(んな物騒な……)
ブライトの口から聞きたくない言葉が出てきたが、彼も彼で切羽詰まっているのだから仕方ないと、親切に教えてくれたブライトの言葉を頼りに肉塊の中から神父の顔を探した。横に広がっている肉塊の中から一つの顔を探すのは難しかった。そもそも、神父の顔を覚えていないせいもあって余計に見つからない。
肉塊はゆっくりと教会内を這い回りつつ、時たま赤黒い液体を放出する。こちらを襲う意思はあるのだが、楽していきたいという意思が垣間見れる。きっと理性なんて自我なんて残っていないんだろうけど、それでもそのきだるげさに、あの神父の先ほどの姿が思い出された。
(怠惰なる悪魔……か)
悪魔ではないが、人間の汚い部分をさらけ出し、怠惰に生きようと思った末路があれだと思うと、本当に人間の欲というものは恐ろしいと思った。誰しもが持っている願望や、欲はいきすぎると悪となり、腐って、人に害をなすものになってしまう。
このゲームは……世界は、そういうのをよく分かっているのだと思った。作者は何処まで考えていたのだろうか。自分が体験したことを? いいや、そんなはずないだろうけど。
(まあ、文句を言ったところで何も変わらない)
私は、風魔法を自分に付与し、身軽さを武器に戦った。過去の私であれば、戦うことすら怖くて足がすくんだだろう。けれど、戦うしかないと分かっているから、私は魔法を駆使して戦うのだ。この身体だから身軽に動けるのであって、元の前世の身体じゃこうはいかないだろう。運動は苦手だった。
繰り出される液体の塊を避けつつ、光の弓で肉塊の身体を射貫く。だが、貫くことは愚か、それすら吸収され全く歯が立たない状態だった。グランツが、剣で切り落とそうが、その傷はみるみるうちに塞がっていくわけで。
「ッチ……」
「グランツ!」
至近距離から、あの肉塊の液体をくらい、グランツは肩を押さえた。彼の服はそこだけ溶け、皮膚は紅く染まっていた。私は、方向を変えてグランツの方に駆け寄る。
「グランツ、大丈夫!? 見せて」
「平気です、これぐらい」
「平気じゃないって、だって、見てるだけで痛そう……」
遠くからでは赤色だと思っていたが、それは赤と青の中間のような紫とも言えないような色をしていた。毒々しいその色に目を背けたくもなったが、痛そうに顔を歪めるグランツを見ているとそういうわけにもいかないと。
グランツは、頑に私の治癒を断った。痛そうにしているくせにどうして意地を張るのかと分からなかった為、問い詰めればグランツは言いにくそうに目をそらしながら口を開く。
「格好悪いところ……エトワール様に見せたくありません」
「……」
そう言葉にするのさえ、恥ずかしかったのか、剣を床に突き刺し立ち上がるグランツ。ふらりと身体が傾いて見ていられない。この期に及んで格好悪いも何もないと思った。
グランツのこういう所は、可愛いと思うけど、面倒くさいと思う。一度もゲームでは見たこと無いし。こんな子供っぽいところ。
私は、少し苛立ちつつも、彼の肩に手を当てる。直に触れてしまったため、さらに苦痛に顔を歪めるグランツに申し訳ないと思いつつも、私はそのまま治癒魔法をかける。
「…………」
「この期に及んで、格好悪いとか、そういう問題じゃないの。アンタが倒れたら誰が私を守るの?」
「エトワール様」
「十分格好いいし、守ってもらってる。だから、私の騎士なら私の言うことを聞いて。我慢しないで」
「……ッ」
治癒魔法が完全にかけ終わり、グランツの肩は元通りになった。正直あの攻撃で受けた傷が治るかどうか分からなかったが、治ったため一安心である。治癒魔法をかけ終わった後、グランツは私の方をじっと見つめていた。
「何?」
「いえ……我慢しなくていいと、言ったので」
「……勘違いしてない?」
そう聞けば、グランツは首を横に振った。
「いいえ、ただエトワール様に心配して貰えるのが嬉しいだけです」
と、グランツは言って私達に向かって飛んできた液体の塊を横になぎ払うと、真っ直ぐとたち、柄を力強く握りしめた後その剣先を肉塊に向けた。
「俺は、貴方の騎士ですから……勿論、主人であるエトワール様の言うことはしっかり聞きます」
そう言ったグランツの顔がやけに嬉しそうで、少し彼の瞳が輝いているようにも見えた。