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コネシマがカレンダーの日付と記憶力を発揮したのは、本当に偶然の奇跡であった。
「そういやそろそろショッピ君の誕生日やな」
談話室に零れた声は、偶然備品の確認に来ていたしんぺい神、ゾムやシャオロンにエーミールと鬱と。案外多くの人に聞かれていて。眼球が枠から外れるのではないかというほど、皆は驚きの表情を露わにした沈黙を作り。次には、椅子がずれたのか机にぶつかったのか、それなりの痛みを伴うだろう音を出しながら数名が奇麗に身を乗り出しながら立ち上がった。
「なんで言わんかったん!?いや覚えているだけでもありがたいんやけど!!」
「え、え、いつ?ぴーちゃんの誕生日いつ!?」
「ばっか大先生ッ、せっかくなら驚かしてやりたいやろ!静かにせぇ!」
「そんで、本当いつなの?」
突然の騒がしさに特別反応を寄越さないコネシマは、いつも通りカレンダーを見やりながら「来週の水曜日やな」と曜日で答える。今更答え方にいちゃもんをつけることはせずに、シャオロンの言葉に賛同して楽し気に馴染んでいるがまだなんとなく硬さの残る後輩に、呆れられるほどのどっきりサプライズをしてやろうということになすぐに纏まって。
思い立ったが吉日、シャオロンとゾムはショッピがいないかだけを確認してから、グルッペンの執務室に突撃に向かう。どうせトントンもいるだろうし、あの後輩のことを可愛がっているうちの一人でもあるのだから苦笑しながらでも承諾してくれるだろうから。日付はそこまで遠くないがために行動力を低下させないことを意識して、強く説得しに扉をたたいた。
「ほう、外資系のか。ならちょうどいい機会でもあるし、少しばかり盛大にやるか」
「まぁ、規模によりますけど俺も賛成やな。ただ時間の問題もあるし、次の日も仕事がああることは注意して計画してな」
案の定というべきか、二人は一緒にいた上に計画に賛同してくれて。トントンの発言的にやりすぎないのならばかなり甘く見てくれるだろうこともわかったのだからシャオロンとゾムはニカリ笑いながらすぐに準備するわと出ていく。騒がしいやつらだと微笑んだり、気持ちは分かると頷いているのを振り向きもせず。出会いがしらの幹部たちには、ショッピには内緒にすることを最初に伝えてから誕生日の事、サプライズをしたいことを着々と伝え広げていく。
「っと、ゾムさんシャオさん。どうしたんすかそんな走って」
階段を降りようとした矢先、ちょうど上がり切ったらしいショッピと衝突しそうになるのを寸で躱し止まる。秘密にしなければならない本人とのエンカウントにややたじろぎ不自然な挙動を見せるが、どうやらショッピにはあまり不審がられなかったらしい。
「訓練の話っすか?」
普段通りの声音で問いかけてくれるのを今は盛大に感謝しつつ、シャオロンは赤べこのように頷いて、ゾムはどもりながら手を引っ張る。サプライズはしたいが変に避けて変に怪しまれても困るし、オスマンやエーミールにはもう伝えてあるために彼らのほうでも何か考えてくれるだろう。他力本願になりながらも、今は普通にショッピの相手をすることを優先して駆けて行った。やや鈍い彼は特に問うこともせず、引っ張られるままである
時間は少ないが、行動力と勢いのある団結力はあるためか。ショッピに安眠作用のあるハーブティーを飲ませ、早めに眠らせた皆は夜も更けてきたころの食堂に集って、ノートやタブレットを広げ話し合っていた。雰囲気は禍々しさを纏っていそうだが、話の内容やら出る発言は一般人以上に和やかであって。場と発言が似合わないにもほどがあるが誰もそんな思考には至らないし、抑々大真面目であるのだから着々と話が進められていった。「とりあえず、うっかり口を滑らさんように鬱とゾムと、あとはしんまとエミさんはショッピ君との接触は訓練以外控えてくれへん?シャオロンとロボロは気を付けるようにすること心掛けてほしい」
オスマンの指名した人物たちはコネシマ以外は自覚が微少であれどもあるらしく、仕方ないといった表情で頷く。対してコネシマは不服そうに「んなうっかり言わへんけどなぁ」なんてぼやくが、誰もフォローも同調もしないで。隣にいたしんぺい神ににっこり微笑まれたのだから、渋々でも頷いて見せた。反応を見てから、次にひとらんらんがスケジュールの確認をする。
来週の水曜日、猶予は五日、しかし今日はもう終わるため四日として見るとして。壮大な事をするには時間が足りなさすぎる上に、通常業務があるために、お酒や料理の管理についてもきちんと図らなければならないことを伝える。皆もなんとなく分かっていたために頷くが、日数のことを再確認してか。何人かは口元を覆いテーブルに肘をついたり、腕を組んで目を瞑り考える様子を見せる。
「俺もなんかやりたいなって思っても、バレないようにってのも含めるならかなり難しいと思う。でも無理にあれこれ手を付けようとしたほうが、よっぽど怪しまれそうなんだよね」
至極冷静に発言してくれることが非常にありがたく。同時に、皆であまり団結性を見せないようにするのは潜入任務のようでドキドキするやら、ハラハラするやらで落ち着ける気がしないらしい。しかしこの落ち着かなさがかえって心地よいと思えるためか、やる気の向上を見せて笑っている。何をしたいかを混ぜ込みながら、しっかりとショッピを驚かしながらも喜んでもらえる様に考慮しなければならない。暴走が先を行って、ようやっと慣れてカラカラ笑うようになったのに硬く低い声音に戻てしまっては困る。好みの傾向、騒がしさやら賑やさはどれくらいがいいか。諸々はやはり、コネシマに問いながら確認をしていれば、時刻は着々と日付を超えていって。本格的にコネシマの眠気が彼を占領してしまいそうになったため、今回はこれにて解散という流れになる。「とりあえず俺とグルさんと、エミさんははちょくちょく話し合っておくでな。んで昼食後あたりにでもゾム達にも連絡入れとくでな」
「よろしくなぁ。俺とげどちゃんはできるだけショッピ君に構いに行くようするわ~」
「よっしゃ、じゃあ今まで構えなかった分構うか」
「ふっふふ、楽しみめう~」
誕生日サプライズより先に楽しみを独占しようとしていることに何名かが嫉妬めいた視線を送るが、すぐに拭われて席を立つ。一人が動けばまた二人と、段々と部屋から温度が消えていく。
最後に残ったグルッペンは口元に拳を作って、何やら思案して。ふむ、と何か納得か考え付いたらしく一つ頷いて席を立つ。パチ、電気が消えて、廊下よりずっと暗い食堂が出来上がる。振り替えたトントンが僅かに見たのは、楽し気に、それでいて可愛がりの意思が見える笑みだった。
今日も今日とて訓練を続けながら、シャオロンは僅かに思考が外を歩いている。仕方のない話である、ゾムやコネシマよりは許容されているとしても、ショッピとの普段の接触を抑える様にと言われているのだから。彼もショッピのことは後輩として彼なりに可愛がっているつもりであるし、煽りキャラを取られているというのはさておいても、涼しい顔をよく浮かべている彼の目をまぁるく見開かせて。そしてめいっぱい笑って言葉をかけたいのだ。
この軍では誕生日を覚えているだとか公表している人間はあまり多くなく、しかしシャオロンは覚えいているうえに公表しているためか祝われる側である印象が強い。鬱やオスマンの誕生日にはちゃんと祝っているが、逆を言えばこれくらいしか祝う機会がないために、ほんの一回であっても十分祝われる側である。
決して嫌なわけではないし、寧ろプレゼントや言葉一つ一つが年を重ねてもすべてが嬉しいもので。有難さや幸福感を強く知っていて、その分誰かの分の誕生日も祝っている。だから、新しい後輩にも幸福感をあの細い両手や体躯では抱えれないほどに渡してやりたい。理解しているからこそ注げる、ありったけの幸福を。
「っだー、あかん、シッマー!一戦やろぉやぁ!」
幸せを与えたいのは本当だが、思考の自覚というのは案外気恥ずかしい。気を紛らわせるためにブンブン顔を振るってから、風の音が鳴るほど勢いよく腕を振るい無駄な力をいったん出してから、近くにいるはずのコネシマに声をかける。思ったより近くで少しばかり暇をしていたらしいため、夏を閉じ込めた顔をニカリと奇麗に作って見せてから、彼も彼で大きく腕を振るって訓練用ナイフを振るった。もしかしたら、同じようにサプライズについて考えていたのかもしれない。そうだといいな、なんて小さな感想を抱きながら、ギラリ人工的なほどの黄色の瞳を光らせて、彼と同じように笑って向き合った。
「おーおー、シャオロンたち楽しそうやなぁ」
「まだ午前中っすよ。何やってるんですかね」
「え、え、ええやん!おもろいのあ、あいつらが我慢できるわけないやん!」
「それもそうっすね。あっと、あいつ足音消すの下手っぽいっすね…訓練お願いします」
「ふーん任せなぁ!」
少しばかり離れた場所でゾムとショッピは隠密部隊の訓練を執り行っている。ギラギラ、ちかちか眩しくて煩くて、まさに戦場のような訓練を施す向こうとは違い、静寂と冷ややかなほど外に出しすぎない熱によってなされる訓練は、一瞬でも気を抜くか一般人であればすぐに対象を見失ってしまう。それでも彼ら、特に潜入に長けているゾムにとってはまだ未熟、とまではいかないが任務に出すには不安がある材料持ちがゴロゴロいるわけで。
ショッピの部隊は特に臨機応変に動けるようにしているが、コネシマとシャオロンの部隊が特に目立って動ける人材を入れるため、残った大半は潜入や暗殺向きの技能を持った人間ばかりである。そのため、この二人の部隊が合同で訓練を行ったり、二人に特訓をしてもらうことはよくある話であった。明後日も森のフィールドに出ての訓練がなされる予定であり、必然的に時間もかかるだろうとのこと。ゾムは普段から訓練も楽しんでいるが、今回はサプライズのための時間稼ぎもできるからと、まったくの偶然に感謝していた。森のフィールドでショッピに絡みにいけば準備も進み、普段は絡むなと言われていたのを機にせずに笑いかけることができるのだから。
僅かに口角を上げて明後日のことを考えながらも、目の前の部下たちの気配やら足跡、音や体制の安定性などを見やる。
「木の上でバランスとるときなー、ちゃんと腹の下の方意識しぃや!そうしたら太ももにも力入るはずやでー!」
不安定な場所への侵入をする際にバランス力がなくて落ちる、なんてことあってはならない。ショッピが手本を見せるからと、ひょいひょい走って飛んで行ったのを見て、そのうち二人で潜入任務がないかと考えながら、追いかけるように地面を蹴った。
昼食休憩に入り、汗を拭ったり土を掃い落としながらぞろぞろ入っていくのを見ながら、シャオロンとコネシマのもとにゾムは走っていく。ショッピはもう少し人の波が落ち着いてから入るというので、違和感なくショッピから離れることができた。ゾムは二人にどうするか、と耳打ちするが、二人はそれよりも単純に。訓練での達成感やら改善点やら、やりたい戦術について語りだすのだから苦笑を浮かべるほかない。
冗談はさておき、なんてコネシマは食堂の扉を開きながら呟く。一応ながらでも思考していたらしい。盆を受け取って席についてから、一度扉を振り返ってから口を開く。
「とりあえずあいつは、まぁ飾りとかのサプライズはいらんとしても物は、できるだけ印象強いもん与えるべきやな。うぅん!」
「いやまぁ、物渡さへんわけないねんけど」
プロ結果といった後のように深く頷くコネシマを、シャオロンが呆れたようにツッコミを入れながら、パラパラ熱々のチャーハンを蓮華で掬い口に運ぶ。猫舌である彼ははふはふ口から熱を逃がそうとしながら、必死にのみ込むことに専念して。喉を通りきってから「何が喜んでもらえるか、お前やったらわからへんの?」僅かに悪くなった滑舌で一番気になったことを口にした。
バイク関係は喜ばれるだろうが、お金も場所も必要である上にそういくつもあったところで使えるかは別である。ゴーグルであればまだ許されるだろうが、ショッピの愛用しているメーカーやそれを超えるものも知らないため、下手に触れないでおこうとなると。アクセサリー関係はよくて腕までだろうか。しかしショッピが腕時計やらリストバンドの類を任務以外でつけている様子などないし、コネシマも「あいつは肘以降は手袋以外付けへん主義やで」昼食を進めながら言うのだから、時計系統もやめておいた方がいいだろう。
アクセサリーなどにこだわる必要はないのだが、いかんせんプレゼント系でアクセサリーを除外するとなると、見える選択肢が一気に減ってしまう。
本であれば選択肢が増えるようで、増えすぎて非常に難しい。これはエーミールにでも任せればいい話。温かい服、はいいかもしれない。そうなるとブーツを選択肢に入れたほうがいいか。サイズはシャオロンのに近いものにするとして。
三人は時折口にしながら、スローペースで会話にならない話し合いを続ける。後ろの方の席でしんぺい神とエーミールが紅茶やら茶菓子の話をしているのも、耳に入っては抜けていったらしい。うんうん唸り身を変に捩りながら考えて、考えて。
「ゾムさんの食の進みが遅いって珍しいっすね」
ひょっこり首を伸ばしながら話に入ってきたショッピに、特に名指しされたゾムは椅子がずれるほど盛大に驚きながら、言われた皿の上とショッピを交互に見やる。数分後には何を言ったか覚えていない言い訳を並べながら、とりあえず誕生日のことは触れないで乗り切ったらしい。周りのフォローもあってか、あるいはショッピが案外鈍いのか。彼は午後も頑張りましょうね、程度の労いの言葉を述べて食堂を出ていく。特に掘り下げるだとか、疑心の目を向けることはない。
「っぶねぇ!」
盛大に息を吐きながら、少しだけ熱の逃げたチャーハンを口に運ぶ。隣と後ろの席では労いと安堵の表情がありながらも、特別触れられることもないまま時間は進む。あまり話はまとまらなかったが、とりあえず暇な時に考えることの形は少しは明確化しただろうということで、昼食時は終わっていった。
後日エーミールとゾムと鬱は買い出しに行くために、少しだけよそ行きの格好をして基地を出る。それもそのはずで、今回は食料以外にもプレゼント選びもしたいために、彼の喜ぶチェックリストに入ってなくとも少しでもいいものを渡したいのだから、必然と格好もラフなものではなくなって。鬱はあまり普段と変わらないが、たばこの香りが心なしか普段より薄くなっていた。ゾムもこれにはにっこり満足気に笑いながら、そそくさ入り口に向かう。しかしタイミング悪く、ぴょっこり現れた優しいココアの髪が三人の下に駆けよった。普段ならばにっこり笑って一緒にどぉや、なんて言えるのに。鬱は心中で舌打ちしながら不安通りの胡散臭い笑顔を浮かべる。
「チッス。三人で…買い出し?ですかね」
「こんにちはショッピ君。えぇまあ、ひとらんさんが明後日作りたいものがあるとか言ってはったんで」
「あぁ、確かに明後日ってひとらんさんの担当ですね。でもなんでいつもと少し違うんすか?ゾムさんもなんか、いつもより奇麗めのパーカーっすよね?」
すぐに会話を終わらせられたと思ったのもつかの間、鈍いのに目に見えるものに対しては案外目敏いのか。ショッピはゾムの服を凝視しながら首を傾げ、フードで見えない目をしっかり見つめて首を傾げた。あまりにも『よくわかってますね!』と言いたくなるほど理解し、観察出来ているのだからいっそ逃げたいほどである。必死に堪えるのだが、後ろで作った拳がプルプル震えていて。任務でもこんなに震えないのに、普段と一切ベクトルの違う緊張をかわいそうなほど感じているらしくて、恐らくこの姿を見れば十人中十人が目を見開くだろう。
ゾムはほんのわずかにエーミールを見やり救助を求める。応えるようにエーミールはショッピの前にわざとらしく入り込んでは、人差し指を立てて内緒話だという雰囲気を作る。「実は、私が普段行く喫茶店がですね。ドリンクもそうなんですがね、えぇ、サンドウィッチなどの食べ物がえらいボリューミーなんですよ。それで行きたいっていうので連れ行くことになったんやけどな。そしたらゾムさんは気遣い屋さんやね。結構新しめのもの着て準備してはったから、まあ私も同じように、少しだけ気合入れたんや」
「はぇー聞いてへんところまで教えてくれるあたり流石エミさんやなぁ」
「えへ、そうですか」
褒められてないぞ、と鬱が悪い笑みを浮かべ聞こえない程度に呟くのを、ショッピはほんの少しだけ視界に入れる。同じ意見だ、心中で頷いて、鬱も変に目立ちたくないからと揃えたのかと自己完結させた。頷いて、足止めさせてしまったことを謝りながら逡巡を示す。三人は時間を少しばかり確認しながら、どうしたのかと言葉を待った。
「あの、俺が買い出し行きましょうか?もし全部が無理ならお手伝い行きますし」
思ってもみない提案に肩が上がるほど目を見開くが、ショッピはもはや手伝いに行く気でいるのか。メモは誰が持っているのかと三人の顔をそれぞれ見やって左の掌を見せる。見せてくれ、渡してくれと健気に言ってくれているのは嬉しいが、当然喫茶店は先ほど作った口実であるし、買い物はすべて彼らで回るのだ。帰ってきたところを見つかって、トントン辺りに尋問を受けるほうがよほど面倒であるために、ここは気持ちだけでもと断らなければならない。「い、いえ。あの~えー」
断るにしてもスッパリ言って傷つけたくはない。先までの余裕ありげな表情から一変して、エーミールはあちらこちらに視線をやりながらどうすべきかと口両手を振るう。せめてもの大丈夫、の意思であるのだろうが、彼は力が入ってない限り嘘やアドリブが苦手である。鬱は他人事のようにケラケラ笑い、ゾムはすぐにでも片手をあげて『じゃ、そういうことで』と見捨てそうな顔を浮かべていて。
流石に怪しまれ、ショッピは薄紫の瞳をじぃと逸らさずに、淡い色だからこそじわじわとその視線から逃げられないようになっていく。たどたどしく言葉を作ろうとして、失敗してを繰り返して。「しょぉっぴくんっ!お茶せぇへん?」
後ろから肩を優しく包むように手を伸ばし置いたのは、楽し気な微笑みに紅茶とレモンの香りを乗せたオスマンだった。ショッピは首を捻り見上げて。なんとなくだが有無を言わせない笑顔に腹の底に石ができたような感覚を覚えながら、二つ返事のように首を振る。了承を貰ってはすぐオスマンは寄せていた身を離し、しかし片手は肩に乗せたまま三人に視線を向けた。
「三人はお使いよろしくな。げどちゃんおおいしぃ~料理のためにも!」
細めた瞳から僅かに覗く、日の光を受けて怪しいようにも煌めく瞳に背筋が伸ばされた。三人は軽く手を振ってショッピたちに別れを告げ、基地をそそくさ出ていく。「あんなに急がんくても…」
遠のく背中を見ながら、ポツリ呟くがオスマンは腕に少しばかり力を入れ引っ張るようにしながら、ええねんええねんと適当に言う。
「もしもほしいもんがこの辺では品薄やったらどうするん?改めて誰かに頼むのは面倒やろ。あの三人が頼まれたんやから、三人ははよぉ行って買うてこな」
それよりお茶会めう~。楽し気で柔らかな声音であるが、ずっと置かれ引っ張られた手の強さは変わらずやや強くて。ショッピはやはりこの人も軍人だし男だと、なんとなく実感しながらあとをついていく。最近ようやっとお茶会への緊張感が薄れてきたこともあってか、この後の時間を少しばかり楽しみにしていた。
「んー?…な、んやろ…んん……」
どうしたん。誰かが声をかける。しかしショッピの耳にもろくに入ってこないのだから、脳が認識できることもなくて。ショッピは舟をこぎ始め、仕舞いには驚くほど勢いよく頭を垂れてそのまま寝息を立てた。
眠ったのを確認して、ロボロはショッピをソファに横たえては毛布を掛ける。丁度のタイミングで談話室の扉がそろりと開かれた。
「寝た?」
隙間から顔をのぞかせているオスマンは小声で問いかけて。ロボロは布越しではあるがにっこり笑って大きく頷きながら、とてとて向かっていく。
「ついさっき寝たばっかやし、三四時間くらいはぐっすりなんやろ?」
「うん。ありがとぉな。匂いでばれたら困るからなぁ。いいタイミングで寝てくれてよかっためう」
どうやら食堂では料理に火を通したりし始めているらしく、必然的に微かであれども香りが廊下に流れてしまってもおかしくない。足止めするにしても無理があるからと、しんぺい神から効果の薄めの睡眠薬を貰い、紅茶に入れて飲ませたのだ。眠るのに時間はそこそこかかったが、長いこと談話室で雑談していても『日中はあんま話せへんから』なんて言っておけば、ロボロが相手であることに特別疑問を持たずにいてくれて。かなりあっさり紅茶を飲み干してくれたものだった。いつ起きるかもわからないが起きたら相手をして、準備が整って眠りから起こせそうなら起こす係として、ロボロはまだここにとどまることとなる。準備の手伝いができないことをやや不服に思っていたらしいが、身長いじりが面倒くさそうだからと結局早々に諦めてこの役を引き受けていた。ほぼほぼ一人で時間を潰すのは当然暇である。けれど先の言い訳としての理由は、決して全部が嘘ではない。
オスマンを見送ってから、ロボロは毛布の中で大人しく、それはそれは白雪姫の少し逆のバージョンを見ているようで。正面のソファに腰を下ろしては、聴覚を鋭くさせたり幾度か手を顔の前に置いたりするなどして、医務室でもないのに生存確認めいたことをしていた。暇だ、と思いながらも起きたらどうせ騒がしくなるのだから体力を温存、回復させるべくティーカップの中身を飲み下す。ショッピとは最近はよく絡むようになったけれど、それでも話し終わってからあれも聞いてない、あのことも話したかったと、幼少の友達と遊んだ後のような、後悔とまではいかないけれどもやもやした感覚は確かにある。ある程度話すことはできたけれど、後半からは睡眠薬の影響もあって返事は曖昧で。
仕方ないのは分かっている。今日のことも、普段の交流の少なさも。けれどもオスマンやひとらんらんも最近は遊んでいるらしいし、コネシマはもはや論外なので置いておくとしても、ゾムやシャオロンや鬱までも仲良くしているのは、純粋にずるくてずるくて仕方ない。トントンにも同じことを言って同じように机をダンダン拳でたたかれながら共感してもらったが、やはりほんの微量の時間では、ずるいと思っていた気持ちを僅かに薄めることしかできなくて。まだ眠っていてもらわないと困るのに、早く起きてほしいと思いながら、少し冷めた紅茶を飲み下す。慣れない飲物である上に、冷めてきたためか味は悪くなっていた。
一時間は優に超えて、読書もそこそこ進んできたころ。ノック音と共に扉が開かれる。徐に顔を上げれば、揺れた紫のストールに目を奪われて。勢いで布がめくれ上がるのも気に留めず、ロボロはすぐさま立ち上がって駆け寄った。
「に、兄さん!?な、え嘘?!」
「久しぶり、ロボロ。今回の主役は今は寝てるって聞いたんやけど、どうなん」
落ち着く低い声が、皆とは違うマメのでき方をしている手がロボロの頭を撫でやりながらソファに首を伸ばす。なんでなんて問いに答えないのは、答える必要もないからだろう。ロボロも彼に対してはいじるために深く聞くような必要はないため、少し乱れた髪を直しながらショッピの顔が見える場所に案内する。いっても、先ほどまでロボロがいた正面のソファだが。兄さんは滅多に基地には帰ってこない。来たとしてもいられる時間は酷く短くて、次の目的地などによっては多少長くいられたとしても、報告やら簡単な確認を終わらせれば皆が掃除しているため奇麗なままの部屋に直行して。あとは時間まで眠るのだ。
そんな彼が、ショッピの眠るソファとローテーブルの間に膝をつけて、弟を可愛がるように柔く微笑みながら、兄さんとは違いふんわりした髪に指を通している。異質というわけではないが、普段ではなかなかに見られない光景であるのだから思わずロボロは何も言えないまま、静観することしかできないでいた。
「とりあえずそろそろできるらしいから、呼んで来て言われたんや。相変わらず人使いが荒いな、あいつらは」
独り言の要領で訪ねた理由を言われ、何とも言えぬがとりあえず相槌めいたあー、せやなぁなんて声を出す。これが誤魔化しであることくらい、兄さんには見透かされている。それでも態々指摘しないのだから、彼は普段ここにいる皆とはやはり少しばかり違うものだ。暫くすれば、どうやら自然と目が覚めたらしい。ショッピは目をこすりながら身を捩り、すぐ近くにいる兄さんを視認して。たちまち眠気が吹き飛んだのか、目を大きく見開いて上体を起こした。突然のことにすぐに体は崩れソファに逆戻りになるが、兄さんはゆっくりでええよと、眠っているときにやった時同様に優しく頭を撫ぜた。
「おはよ、ショッピ君。夜やけどな」
「あ、はい、えと。おはよう、ございます…?え、何で兄さんが…?」
「あぁ、ホンマなんやな」
困惑するショッピを差し置いて兄さんは納得したように肩を上下させ笑う。苦笑のように見えるのは気のせいではないだろう。ロボロも言いたいことを察し、乾いた笑い声を漏らしていたが、それでもショッピは分からないらしく二人の顔を交互に見やっていた。「さ、ここでは話とってもつまらへんやろ、いこうか」
ロボロは毛布を少しばかり強引にはぎ取っては、ショッピの手首を掴み優しくだが引っ張る。瞬きを繰り返しているけれど、ショッピは腹の虫が鳴ったためにもしかして食堂に行くのかと結論付けたらしく、特に不満や抵抗も見せず素直に立ち上がり引っ張られたままの手をそのままにした。一つ頷いては、兄さんは反対側に行って。三人は廊下に歩き出す。
廊下は、談話室よりはずっと冷え込んでいて。温度がいつもより低いことには、ショッピはすぐに理由を察して、だからこそなんとなく黙した。皆が駆けたような形跡がないのは、きっと寝ていたのを起こさないためだろう。そこまで気づかいができるかは分からないが、内ゲバでもないのに他者の嫌がることを率先してやることはない。どうして談話室で眠ってしまったかは置いておくとして、気づいた人がうるさくしないように注意喚起をしたのだろう。納得ではなく、おおよそ自己完結できる理由があればいい。ショッピはおそらくこれだと考えては、特に何も起きない移動を未だやや眠たい頭を必死に支えながら歩く。
いつもより長く感じられるのは静寂のせいで、けれど漂う香りは鼻腔をくすぐり脳裏に鮮やかで艶のある光を見せる料理たちが思い浮かぶ。香ばしい香りは程よく脳をくらりと揺らして、気持ちを心地よくさせてくれる。食堂にたどり着いて、何故か、二人は扉を開けるのを緩る。僅かに疑問にはなっても、空腹感を思い出したショッピには問うという選択肢はなく、素直に取っ手に手を伸ばした。
「happybirthday!」開いて明るい部屋から、それと両隣から。片手では足りない人数からの、僅かにばらばらで、けれど揃った声にショッピはまるを三つ作り硬直する。いい年した大人が、だとか、うるさい、だとか。そんな感想は出てきても野暮すぎて喉から出ることはなくて。何か言いたいのに言えないまま固まっていれば、コネシマが携帯端末のカレンダーを突き出してきた。「やぁっぱ覚えてへんよな。日付ちゃぁんとみてみ」
言われるがままに日付を、月を確認して、コネシマが苛立たしいほどにやれやれといった風に言うことで思い出した。
「誕生日……」そうやぁ!ホンマに忘れてたんやな!めっちゃ祝ったるからな!口々に、皆が楽しさを抱えながら言葉をかけてくるのが、どれもこれも視点を理解してみれば、簡単には形容しがたいほどに嬉しくて。子供らしいだとか、よくもまぁ準備しただとか。普段の煽り癖に任せるように思うことはたくさんあるけれど、どうしようもなく子供らしいのはショッピも同じであったらしい。涙が零れそうなほど目を細め、白い肌には良く映えるほど頬を赤くしながら飛びきり奇麗に笑う。今年の後輩の誕生日サプライズは、される側からしても大成功だったようだ。
あれ?僕なんで誕生日話書いた?
僕ショッピ君の誕生日知らないのに
ま、まぁ良いや