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#ワンナイトラブ
おまる
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香織さんの言葉は、鋭いナイフのように私の心に突き刺さった。
『相応しくないわよ』
その一言を振り払うように、私は翌日からがむしゃらに働いた。
徹さんの足を引っ張りたくない、その一心で。
けれど、香織さんは巧妙だった。
私が作成した資料を「私が修正しておいたから」と差し替えたり
重要な共有事項を私にだけ伝え忘れたりと、じわじわと私を仕事の輪から外していく。
「田中さん、この前のデータの件だけど……」
他の社員が聞いてきても、私が答える前に瀬戸さんの手が回っている
「あ、それなら瀬戸さんが既にまとめて課長に提出しましたよ」、と。
周囲の社員たちの言葉に、目の前が暗くなる。
徹さんは忙しく外回りに追われ、私はオフィスで一人、空回りする日々が続いた。
そして金曜日の夕方。
ついに決定的な場面が訪れる。
プロジェクトの進捗会議で、香織さんが課長に向かって言い放った。
「課長、田中さんはまだこの規模の案件には不慣れなようです。私の独断ですが、彼女の担当分は私が引き受けます。高橋くんの負担を減らすためにも、その方が効率的ですので」
「……そうか。高橋はどう思う?」
課長の問いに、会議室の視線が徹さんに集まる。
私は俯き、膝の上で拳をぎゅっと握りしめた。
徹さんが「効率」を優先して頷いたら、私の居場所はもうなくなる。
「───お言葉ですが、課長」
徹さんの、低く、冷徹な声が響いた。
彼は手元の資料を机に置き、香織さんを真っ直ぐに見据えた。
「俺のパートナーは田中さんです。彼女が不慣れな部分があるなら、教えるのはリーダーである俺の役目だ。瀬戸さんに越権行為をしてもらう必要はありません」
「徹くん、でも彼女のミスでスケジュールが───」
「ミス? ……瀬戸さんが『修正した』というあの資料、田中さんの原案の方が現場のニーズを的確に捉えていた。俺は田中さんの案で進めると、既に現場とは合意しています」
香織さんの顔から、余裕の笑みが消えた。
「瀬戸さん。君が優秀なのは知っている。でも、俺の隣に誰が相応しいかを決めるのは、君じゃない。……そして、俺が一番信頼している仕事のパートナーは、田中結衣です」
会議室に、沈黙が降りる。
徹さんは椅子を引いて立ち上がると、震える私の肩を抱き寄せた。
「課長、打ち合わせは以上でいいですか。田中を連れて、現場の最終確認に行ってきます」
課長が呆気に取られて頷くのを待たず、徹さんは私を連れて会議室を出た。
非常階段の踊り場まで来ると、徹さんはようやく肩の力を抜き、私を強く抱きしめた。
「……ごめん。気づくのが遅かった。辛かったよね」
「徹さん…っ、ありがとうございます…守ってくれて」
「結衣がどれだけ頑張ってたか、俺が一番よく知ってるから。……瀬戸には、もう二度とあんなこと言わせない」
徹さんの腕の中で、堪えていた涙が溢れ出した。
守られているだけじゃない。
徹さんは、私の「仕事」へのプライドも、ちゃんと守ってくれた。
その時、踊り場のドアがゆっくりと開いた。
そこには、悔しそうに唇を噛む香織さんの姿があった。
「……本気なのね、徹くん。あんな、何もできない女のために、私の提案を蹴るなんて」
徹さんは私を抱きしめたまま、冷たい瞳を香織に向けた。
「何もできない? ……結衣は、俺に『本気』を教えてくれた人だ。君が何を企もうと、俺たちの間には一ミリも入り込む隙はないよ」
「……これ以上、俺の恋人に手出しするなら、容赦しない」
徹さんの冷徹で、けれど深い愛情に満ちた宣言。
香織さんは顔を青ざめさせ、そのまま逃げるように去っていった。