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「おや、これは……悪名高いエカテリーナ様。こんな掃き溜めに、美しい極彩色の蝶が迷い込むとは」
「蝶じゃないわ。獲物を探している蜘蛛よ。それも、毒性の強いね」
アルベルトは慇懃に、けれどこちらの存在を明確に拒絶するような、冷徹な敬語で応じる。
「私を誑かしに来たのですか? 残念ですが、私は貴方の甘い囁きに酔えるほど、幸せな育ちはしておりませんよ」
「あなたのその指先が、私の喉元を狙っていることくらいは分かります」
私は鼻で笑い、運ばれてきたグラスの縁を指先で弄んだ。
男を骨抜きにする流し目も、計算し尽くされた吐息混じりの微笑も、この男には通じない。
小細工を弄するだけ時間の無駄だと、本能が告げている。
だからこそ、私は「本音」を剥き出しにする。
「買い被らないで。貴方に色仕掛けなんて無駄な労力、使うつもりはないわ。……アルベルト、単刀直入に言う。私と結婚しなさい」
アルベルトの眉が、微かに、本当に僅かに動いた。
彼はグラスを置くと、品定めをするように私をじっと見つめる。
「……プロポーズにしては、随分と可愛げがない。愛の告白というよりは、死刑宣告のようですね」
「これは商談よ。私は近いうちに、あの愚かな王太子から断罪される可能性があるの」
「だから生き延びるためには、誰もが震え上がるような、頑丈で冷酷な『盾』が必要なの」
私はグラスを煽り、喉を焼く酒精の熱さを楽しみながら言葉を続けた。
「そして……貴方のことも調べが着いているわ。近いうちに、残りの親族を一人残らず『掃除』しようとしていることも」
「……それが何か?」
彼の声の温度が、一気に氷点下まで下がった。
殺気が肌を刺す。けれど、私は怯まない。
「あなた、親族を皆殺しにした後の『後片付け』と、外部からの鬱陶しい干渉を遮る『隠れ蓑』を求めているでしょう?」
「だったら、公爵家の女主人という椅子を、血を拭うための雑巾として使わせてあげるわ」
私は彼を真っ直ぐに見据えた。
視線の中に、一切の媚びを排除して。
「お互い、利用価値は十分でしょう? 好きも嫌いもない。ただの利害の一致。……この酒一杯で、私と一緒に地獄行きの片道切符を買う気はないかしら?」
しばしの沈黙。
地下室特有の湿った空気の中で、時計の針の音だけがやけに大きく響く。
やがて、アルベルトは差し出されたグラスを手に取ると、一気にその猛毒のような液体を喉へ流し込んだ。
彼は私の腰を、逃がさないと言わんばかりの強い力でぐいと引き寄せる。
鼻先が触れ合うほどの至近距離。
彼は耳元で低く、けれどどこまでも丁寧な、震えるほど甘美な声で囁いた。
「……いいでしょう、その話、乗らせてもらいます。地獄の底まで、貴女という共犯者を連れていけるのなら」
「ふふっ、契約成立ね」
私は彼の胸に手を置き、今度は本当の意味で、満足げな笑みを浮かべた。
明日からの世界は、きっと今まで以上に薄汚く、そして最高にエキサイティングなものになる。