テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「……証言を拒否します。娘は、病んでいるのです」
証言台に立つ白鳥恵子は、一点の曇りもない真珠のネックレスを揺らし、毅然と言い放った。
政界の有力者の妻としての気品と、慈母の悲しみを完璧にブレンドした表情。
法廷内の空気は、瞬時に「娘を見捨てられない悲劇の母」へと傾く。
「如月先生、話が違うじゃない……!」
隣で美月が絶望に顔を歪ませる。
私は彼女の手を冷たく振り払い、前へと歩み出た。
「白鳥恵子さん。あなたは先ほど、娘さんの精神状態を理由に証言を拒まれましたが……」
「では、10年前。あなたが経営していた化学薬品会社の倉庫から、今回の事件と『同一ロット』の青酸カリが紛失していた記録については、どう説明されますか?」
私が突きつけた古い在庫管理表の写しに、恵子の眉が微かに動く。
「……それは、当時の杜撰な管理の結果でしょう。それが何か?」
「いいえ。驚くべきは、その紛失届が『私の母が逮捕された翌日』に、あなた自身の手で取り下げられていることです。まるで、紛失したはずの毒物の行先を、あなたが最初から知っていたかのように」
恵子の瞳に、初めて鋭い「刺」が宿る。
私はさらに畳み掛ける。
「10年前、美月さんは幼かった。母親の会社から毒を持ち出すことは容易だったでしょう」
「そして、あなたは愛娘が犯した大罪を知った。…だから、あの日。あなたは私の母、渡邉加奈子の自宅に『お裾分け』と称して、毒を忍ばせたのではないですか?」
「妄想も大概になさい!証拠はあるの!?」
恵子が初めて声を荒らげた。
その瞬間を、私は待っていた。
「証拠なら、あります。……美月さん、出しなさい。あなたが『お守り』としてずっと持っていた、あの日のボイスレコーダーを」
私は美月に視線を送る。
実際には、そんなものは存在しない。
だが、追い詰められた美月の脳内では、私が事前に仕込んだ「偽の記憶」が現実となっている。
「……そうよ。お母様、私、持ってるのよ。あの日、お母様が私の部屋に来て、『あの女が全部やってくれるから大丈夫よ』って言ったときの声……!」
美月が狂ったように叫び、懐からボイスレコーダー(に見える機械)を取り出す。
恵子の顔が、一気に土気色に変わった。
「美月、あなた…!自分の母親を、そんなもので……!」
「お母様が先に私を捨てたんでしょう!? 今回の事件だって、お母様がやったのよね!? 私を身代わりにするために!」
母娘が法廷の真ん中で、互いの喉笛を食い破るように罵り合う。
その醜悪な光景を、私は一歩引いた場所から眺めていた。
司法マウント? そんな高尚なものじゃない。
これは、毒で育てられた苗木が、親木を腐らせて倒れる自滅の連鎖だ。
「……先生、これでいいのよね? 私、助かるわよね?」
美月が救いを求めて私を見る。
私は、彼女にしか見えない角度で、そっと唇を寄せた。
「ええ。あなたは無罪になるわよ。……『今回の事件』に関してはね」
混乱の極みに達した第5回公判は、美月の母親に対する衝撃的な告発によって幕を閉じた。
だが、美月も恵子もまだ気づいていない。
ボイスレコーダーの中身が、ただの砂嵐であること。
そして、私の本当の狙いは、二人まとめて「10年前の深淵」へ引きずり戻すことにあるのだということを。
「さあ、次はあなたの番よ」
私は控室に戻り、母の遺影……
まだ生きているが、私の中では一度死んだ母の写真を、そっと撫でた。
#女主人公
240
48