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ニーノが放った瘴気の塊はルークに炸裂すると、まるで爆炎魔法が爆発したかのような轟音を発した。
爆風が発生し、凄まじい衝撃波が私に襲い掛かった。ルークの名を叫びながら彼の元に駆けつけようとするも、爆風の勢いがそれを阻み彼に近づくことすら許さなかった。私は吹き飛ばされない様に必死に堪えるので精一杯だった。
一瞬、死の予感が首をもたげる。
いいえ、ルークが死ぬわけはないわ⁉ だって彼は伝説の夜の国の魔王なのよ? それに私に約束してくれた。ずっとお前の側にいてやるって。ルークが嘘を吐くわけない!
私は必死に頭を振って最悪の未来を否定する。
爆風がおさまると、瘴気の残りカスが黒煙のようなモヤとなって辺りに立ち込める。
「残念だが、この程度ではオレを殺すことは出来んぞ⁉」
ルークの声が響くのと同時に、立ち込めていた黒いモヤは吹き飛ばされた。
中から現れたルークの全身が青白い光の膜で覆われていた。
良かった、ルークは無事なのね?
私がホッとしたのも束の間。彼の状態を目の当たりにした瞬間、私は思わず言葉を失ってしまった。
額から血が流れ落ち、雄々しい右側の獣耳がちぎれかけているのが見えた。致命傷は避けているみたいだったが、身体の至る所から出血が認められた。
「ルーク、大丈夫⁉」
私は絶句しながらも身体は動いていて、言葉を発する前にはルークの元に駆け寄っていた。
「待っていて、今、ヒールを……」
すると、ルークはそれを制すと、後ろに下がっているように手で合図してくる。
「この程度の傷、回復するまでもないから大丈夫だ」
「でも……!」
私は食い下がり、多少強引にでも彼にヒールをかけようと神聖魔力を両手に込めた。
すると、ルークは優しく私の手を掴むと、静かに首を横に振る。
「ミアはいいから後ろに下がっていてくれ。じゃないと、君を守れないかもしれない」
ルークにそう言われて、初めて私は彼の背中に焦燥感が漂っていることに気付いた。
もしかして、ニーノはそれほどまでに手強い相手だとでもいうの⁉
私はふとニーノを見る。その瞬間、彼女から立ち昇る瘴気を見て怖気が走った。
ニーノは聖女のドレスを纏い、首から私から奪った蒼色の宝石のペンダントを首からぶら下げているのが見えた。喜怒哀楽の感情を一切表さない鉄仮面のような表情でルークを凝視していた。その全身からは天を衝くほど膨大な量の瘴気を噴き出していて、白銀の髪が怒髪天を衝くかのように舞い上がっていた。
その時、ニーノと視線が合った。すると、ようやくニーノは顔に感情を灯した。それは屈託のない笑顔だった。それは一度も見たことがなかったが、きっと地下牢で一緒に楽しくお喋りをしていた時に浮かべていた笑顔だったんだろうと思った。そこから悪意の欠片も感じられない。だからこそ得体の知れない恐怖が込み上げて来た。
ニーノは私を殺そうとしたいたんじゃないの? これじゃまるで、悪の魔王にさらわれた姫を勇者が救いに来る英雄譚のようじゃない。
頭が混乱してきた。ニーノの本心が分からない。でも、彼女の全身から噴き出る瘴気を見て、私の神聖魔力で対抗できるのか確信が持てなかった。
やっぱり私は役立たずだ。聖女として未熟で、しかも身内の争いに愛する人を巻き込んでしまっている!
ここは私が命を賭してでもなんとかして見せる、とルークに言っても彼は聞く耳をもたないだろう。
強引に戦いに加わっても彼の邪魔になるだけなのは明白だった。
このままルークの側にいれば私はルークの足手まといになってしまう。そう思い、私は後ろに下がろうとしたが、何故か足が動かなかった。恐怖によるものではない。その時、私の中で直感が予感めいたものとして働いた。もしここで彼の言うとおりに大人しく引き下がったら、二度とルークに会えないと感じたのだ。
次の瞬間、時間が停止した様な錯覚を感じる。目の前に人影が現れた。
漆黒に染まった髪をなびかせ、悲し気な表情を浮かべていた。
私は彼女に見覚えがあった。間違いなく、あの時、私に青色の宝石のペンダントをくれた女性。
彼女は何かを呟いた。しかし、声は届かない。でも、その唇の動きと悲痛な双眸を見た瞬間、彼女の魂の叫びが聞こえたような気がした。
〈ここは運命の分岐点。闇から逃げてはなりません。抗うしかないのです……!〉
突然、目の前の光景が弾けた。
私はハッとなり、1秒にも満たない時間だけ放心状態に陥っていたことに気付く。
あの女性は何者なんだろうか? 少なくとも嫌な感じはしない。むしろ優し気なオーラを感じた。今までのことを考えれば彼女は私に力を貸してくれているようだった。
ならば迷うまでもない。私が取るべき行動は一つ。逃げることでも見守ることでもない。戦う一択のみだった。
「ルーク、私の我がままを聞いてくれる?」
これは運命の分岐点。選択を間違えれば訪れるのは最悪の未来。それは必ずしも私の死ではない。最も最悪なのはルークだけが死に私だけが生き残る未来だ。
私の目の前に様々な未来の運命が分岐して現れる。これはきっと私が作り出した幻だ。その中に幸せな未来に繋がる分岐はほとんど無かった。
少なくとも、今、ここで私がルークに言われるがままこの場を離れ、ニーノとの戦いを止めた瞬間、最悪の結末が確定してしまうだろう。
私は強欲な聖女だ。ルークも死なせたくはないし、自分だって死にたくはない。これからルークとイチャイチャしながら彼に甘い言葉を囁かれたい。もっと彼と触れ合いたい。でも、やっぱり私は妹も死なせたくはない。
もう一度言おう。私は強欲な聖女だ。ルークも、ニーノも、私自身も、夜の国の皆も、故国にいる皆とも一緒に幸せになりたいんだ。
「ルーク、私、もう逃げたくない。だから一緒に戦わせて。じゃないと私、一生後悔することになると思うの……!」
私は決意を眼に込めると、「お願い!」と力強く言った。
ルークは困惑の色を真紅の瞳に宿しながら何かを言いかけるも、すぐに目元に柔和な笑みを浮かべ、フッと微笑んだ。
「愛するミアにお願いされては断るわけにもいくまい。ならば共に戦おう」
「ありがとう、ルーク!」
私はルークの隣に並ぶと、願いの力を神聖魔力に変換する。
「おのれ、おのれ! ミアお姉さまから離れろ! そこはお前の場所じゃない。私だけの場所なのよ⁉」
ニーノは錯乱したように髪を噛みむしり始めると、顔を狂気に歪ませる。感情の起伏が不安定でとても正気には見えなかった。
「ニーノ、これが最後通告よ。酷い目にあいたくなければ来た道を戻りなさい! そして二度と私達の前に現れないと約束して!」
私は両手に神聖魔力を込めながらニーノに叫んだ。
すると、突然、ニーノから噴き出していた瘴気の奔流が止まる。
「ミアお姉さま、どうしてそんな酷いことを言うの? 私、何か悪いことでもしたの?」
ニーノは幼い子供のような声でそう言った後、体を震わせて、両手で顔を覆いながら「えーん、えーん」と泣き出した。その姿が、私の記憶に残る幼少期のニーノの姿と重なる。
「ミア、お前の妹はいつもこうなのか?」
あまりの情緒不安定なニーノを前に、流石のルークも戸惑いの表情を浮かべていた。
「いえ、昔は泣き虫だったけれども、こんなに情緒不安定なニーノを見るのは初めて。それにあの瘴気だって普通じゃないわ。とても人間が放っていい量の瘴気じゃない……!」
呪われた人間は瘴気を放つという話は知っている。でも、これではニーノ自身が瘴気の発生源になっているようなものだ。
すると、ニーノはピタリと泣き止むと、再び鉄仮面のような冷たい表情になり、冷たい眼光を放って来る。
「貴女は私だけのものよ」
ニーノはそう呟くと、口の両端を吊り上げ歪な笑みを浮かべた。それはまるで悪魔が微笑んでいるような姿だった。
「私のものにならないのならば死んでちょうだい」
次の瞬間、ニーノは驚愕すべき言葉を洩らした。
「さようなら、私の最愛の妹、リン。薄汚い獣人魔王ジークフリートと共に闇に消えるがいい」
リン? ジークフリート? 最愛の妹って、ニーノ、貴女は何を言っているの?
私がそう問いかける暇も与えられず、ニーノは激しい殺気と憎悪を込めた瘴気の塊を私達に向けて放った。
その時、何かに引き寄せられるように巨大な闇の塊が私達に迫っていた。