テラーノベル
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春の風が、校舎の窓をやさしく揺らしていた。
私が通うのは、東京の古豪――
音駒高校。
“繋ぐ”を信条にするバレー部は、今日も体育館で静かに、けれど熱くボールを追っている。
私はマネージャーになったばかりの一年生だった。
きっかけは単純だ。
小柄なのに、誰よりもコートを支配している彼を見たから。
音もなく動き、隙を逃さず、チームを操る。
セッター、そして“音駒の脳”――
孤爪研磨。
「……それ、邪魔」
初めてちゃんと話したのは、入部して三日目。
私がドリンクを置いた位置が悪くて、研磨の足元に転がってしまった。
「ご、ごめん!」
慌てて拾うと、彼は少しだけ視線を上げた。
金色の瞳が、静かにこちらを映す。
怒っているわけじゃない。ただ、観察されているみたいな目。
「別に。怪我しなければいい」
淡々とした声。
でもそのあと、ぽつりと続けた。
「……ありがと。ドリンク」
小さな声だったけど、ちゃんと聞こえた。
その瞬間、胸の奥がふわっと温かくなる。
放課後。
練習後の体育館には、まだ数人残っていた。
エースの
黒尾鉄朗
がブロック練習をしていて、
夜久衛輔
がそれに鋭くツッコミを入れている。
その隅で、研磨はスマホゲームをしていた。
「帰らないの?」
声をかけると、視線は画面のまま。
「今イベント中だから」
「……そっか」
沈黙。
帰ろうとしたとき、ふいに呼び止められる。
「ねえ」
振り返る。
「今日、俺のトスどうだった?」
意外な質問だった。
「すごく安定してたと思う。みんな打ちやすそうだった」
「……そっか」
ほんの少し、口元が緩む。
それは勝った試合よりも、静かな喜びみたいだった。
「君、ちゃんと見てるよね」
「マネージャーだから」
「それだけ?」
どこかで聞いたようなやり取り。
でも研磨の声は、からかいじゃない。
本当に、確かめるみたいだった。
「……研磨のこと、特に見ちゃうかも」
言ってから、顔が熱くなる。
ゲームのBGMだけが流れる。
やがて彼はスマホをポケットにしまった。
「外、少し歩かない?」
夕暮れの商店街。
並んで歩くけれど、肩は触れない距離。
「バレー、楽しい?」
私が聞くと、研磨は少し考える。
「楽しいっていうか……面白い」
「面白い?」
「ゲームみたい。相手の動き読んで、駆け引きして、勝つ方法探すの」
淡々としているのに、声はほんの少しだけ熱を帯びていた。
「でも」
彼が立ち止まる。
「負けると、悔しい」
初めて見た表情だった。
強がりじゃない、本音。
「次、絶対勝ちたい」
その言葉に、胸がぎゅっとなる。
「勝てるよ。音駒は、繋ぐチームだもん」
研磨は驚いたように瞬きをする。
「……それ、黒尾がよく言うやつ」
「でも本当でしょ?」
しばらく沈黙。
それから、彼は小さく笑った。
「うん。本当」
そして、不意に手首を掴まれる。
びっくりして顔を上げると、近い。
「君がそう言うと、なんか負ける気しない」
心臓の音がうるさい。
「ねえ」
彼の指が、そっと絡む。
「俺、あんまり積極的じゃないけど」
視線が絡む。
夕焼けが金色の瞳に映る。
「君のこと、好きだよ」
静かな告白。
叫びもしないし、ドラマチックでもない。
でも、真っ直ぐだった。
「……私も」
声が震える。
「研磨が好き」
彼は一瞬目を見開いて、それから安心したみたいに息を吐いた。
「よかった」
指が、しっかりと絡まる。
それからの日々は、派手じゃない。
図書室で並んで勉強して、練習後にコンビニでアイスを買って、たまにゲームを一緒にする。
試合前、研磨は静かに目を閉じる。
「緊張してる?」
「少し」
私はそっと手を握る。
「大丈夫。私が応援してる」
彼は小さく笑う。
「うん。それ、バフかかる」
コートに立つ背中は、誰よりも冷静で、誰よりも頼もしい。
“音駒の脳”は、今日もチームを繋ぐ。
そして試合後。
勝っても負けても、彼は必ず私を探す。
目が合うと、ほんの少しだけ微笑む。
その笑顔は、私だけが知っている特別みたいで。
青春は静かに、でも確かに進んでいく。
繋いだ手の温度も、体育館の匂いも、夕焼けの色も。
全部、繋がって未来になる。
「ねえ」
帰り道。
「俺、もっと強くなるよ」
「うん」
「そしたらさ」
少し照れた顔で。
「ずっと隣にいてくれる?」
私は笑って、ぎゅっと手を握り返した。
「もちろん」
音駒みたいに、切れない絆で。
私たちの青春も、きっとずっと繋がっていく。
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