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「……まだ続き、賭けるか?」
チャンスの声が落ちる。
エリオットは小さく喉を鳴らした。
でも次の瞬間――
ふっと、距離が離れた。
「……え?」
エリオットの呼吸が乱れたまま止まる。
「今日はここまでにしとく」
何でもないみたいにグラスを取るチャンス。
「は、ちょっと待てよ」
掴みかけた手が、空を切る。
「なんで今――」
「これ以上やると、戻れなくなる」
その言葉だけ、やけに静かだった。
「……は?」
「お前、そういう顔してる」
チャンスは見ない。
視線を逸らしたまま、低く言う。
「全部持ってかれるやつ」
エリオットの中で、何かが引っかかった。
「……お前がやったんだろ」
声が、思ったより低い。
「途中まで引っ張っといて、そこでやめるとか――」
一歩、詰める。
「逃げてんのか」
その一言で、空気が変わる。
チャンスの指が、ぴたりと止まる。
「……逃げてねぇよ」
「じゃあなんでやめる」
沈黙。
ほんの数秒。
でも、それで十分だった。
チャンスが小さく息を吐く。
「……くそ」
低く吐き捨てるみたいに。
次の瞬間。
「――行くぞ」
腕を掴まれる。
「は?」
「後悔すんなよ」
そのまま引かれる。
カジノの光を抜けて、夜の外気へ。
冷たいはずなのに、やけに熱い。
***
ホテルの部屋のドアが閉まる音。
それが、やけに大きく響いた。
「……まだ戻れるぞ」
チャンスが言う。
でも、その声はもう迷っている。
「戻る気あるように見える?」
エリオットは、ネクタイを緩めながら笑った。
その手は少しだけ、震えているのに。
目は逸らさない。
「……ないよな」
その一言で、全部が決まる。
距離が、一気にゼロになる。
さっきよりも、迷いがない。
強引で、でもどこか確かめるみたいな触れ方。
言葉はほとんどなくて。
ただ、互いの呼吸と、触れる熱だけが残る。
――それ以上は、もう説明なんていらなかった。
***
どれくらい時間が経ったのか分からない。
静まり返った部屋。
カーテンの隙間から、わずかに街の光。
エリオットは、ぼんやり天井を見ていた。
「……」
胸の奥が、妙に静かだった。
満たされている。
さっきまであったざわつきも、焦りも、全部どこかに消えて。
ただ――
「……あー……」
小さく息を吐く。
「……ふ」
笑ってしまう。
こんな感覚、知らなかった。
隣にいる気配に、自然と視線が向く。
チャンスは背を向けていた。
起きてるのか、寝てるのか分からない。
でも。
「……」
その背中が、少しだけ遠く感じる。
***
チャンスは目を閉じたまま、動けなかった。
(……やらかした)
頭の中で、それだけが繰り返される。
分かってた。
あの時止めればよかった。
あのバーで、距離を戻せばよかった。
(なんで行った)
カジノで正気を失ってた?
酔いすぎた?
違う。
理由なんて、分かってる。
エリオットの顔。
あの、全部持っていかれそうな目。
(……無理だろ、あれ)
小さく息を吐く。
理性なんて、とっくに壊れてた。
「……くそ」
でも。
振り返れない。
隣にいるのに、距離がある。
(これで終わりにしないと)
そう思うのに。
身体が動かない。
「……」
エリオットの気配が、やけに近い。
あの満たされた空気。
それが逆に、怖い。
(これ以上踏み込んだら――)
戻れない。
本当に。
「……なあ」
エリオットの声。
静かな部屋に落ちる。
「後悔してる?」
一瞬、言葉に詰まる。
「……」
本当は、すぐ答えなきゃいけないのに。
口が動かない。
「……してねぇよ」
やっと出た声は、少しだけ掠れていた。
嘘じゃない。
でも――
それだけでもない。
エリオットが、少しだけ笑う気配。
「ならいい」
その一言が、やけに軽くて。
やけに重い。
チャンスは、ゆっくり目を閉じた。
(……終わりだな)
そう思いながら。
どこかで、終わらせたくないとも思ってる自分に気づいて。
もう一度、小さく舌打ちした。
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