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「あぁん……あん、あん……課長……っ」
「莉子はここが弱いんだよなあ」喜ばしげな声でわたしのヒップを撫でる課長は、「ああ……最高だ。莉子のなかは、たまらない……」
「ひゃっ」
そう言って、わたしの股のあいだに手を入れ、とめどなく――陰核を刺激する。
かつ、ぐりぐりと課長の陰茎を押し込まれ、わたしの隠し持つ理性が崩壊する。本能が――暴きだされる。
「ああ……やぁ……っ課長……っ」
そうして課長は腰を振る。フィニッシュに向けて。やがて――彼は、わたしのなかに精を吐き出す。ひくん、ひくん、ひくん、……と小さくなる彼がわたしのなかで揺れる。絶頂のさなかに受ける吐精が気持ちがいい。
課長に丁寧に髪を洗って貰い、からだを拭かれるのも同じ。ドライヤーで髪を乾かしたあとは、寝室のあのふかふかベッドに連行されるのも同じ。――でも。
変わってしまったことがひとつある。――高嶺の出現で。
高嶺と友達になってから、こころのなかに高嶺が住み着いた。特別。恋――といっても過言じゃないかもしれない。そもそも、そんなに女の子と打ち解ける経験自体がわたしにはほぼ初めてで――誰に対しても壁を作っていたし、だから、女の子との友情の育み方が、いまひとつ分からない。正しいのか……正しくないのかさえも。
課長の腕に抱かれながらも、実は思い出すのは高嶺のことだったりする。――今頃なにをしているだろう。荒石くんに愛されているのかな。高嶺の住むアパートで。……あそこは壁が薄いから、えっちなんかしたら声がダダ洩れだよ……高嶺。
「じゃあ、おれは、向こう行ってから寝るから。……おやすみ」
「おやすみ……」
課長は、わたしのこころの変化を感じ取っている。倦怠期――なんて他人事だと思っていたのに。まさに、いまのわたしたちにふさわしい言葉だ。
セックスはする。キスもする。ハグもする。けれど……。
わたしのなかでなにかが変わってしまった。日中考えるのが、課長のこと百パーセントだったはずが、いまは半々くらい。酷いことを言うと――課長と一緒のときには、高嶺のことを思い返すことがあるというのに、高嶺と一緒にいるときには課長のことをほとんど思い出さない――。
こんな感情、味わうのが初めてで。いったいどう、向き合ったらいいのか、分からない。
なにが――正しいのか。正義なのか。
それにしても、宅にいるあいだは四六時中べったりだったのにいまはどうだ。向こうから聞こえる音声。テレビでも……見ているのかな。どうしてわたしを誘わないんだろう。ひとりで……考える時間を与えるため。
課長は聡いひとだから分かっている。わたしのなかでなにが起きているのかを。そして……結論を弾き出すそのときを待っている。
分かっている。高嶺は、あくまで女性だ。最高の友達。そもそも彼女には、立派な、荒石くんという彼氏がいるのだから、結婚前のわたしが、高嶺に特別な感情を抱くこと自体が異常なのだ。
別に、どうしたいというのはない。ただ……強くシンパシーを感じる。お互い、姉妹がいないせいかもしれない。女の子ならではのことを共有出来る。コスメ。ヘアスタイル。自分をちょっと可愛く見せる小悪魔メイクの仕方。流行りのアイグロスの使い方。ヨガ。姿勢……自分を綺麗に見せるための方法。
課長が知らない、一連の研究成果を発表してくれる高嶺は、わたしにとっての大事な先生だ。いつの間にかわたしは彼女に――心酔している。ファッションコーディネート役も、いつしか課長から、高嶺へと変わっていた。
課長は――このことをどう思っているのだろう。分からない。面白くない……よね?
だったらわたしは、高嶺を遠ざければいいのに。でも、日々愛らしい彼女から目が離せない。なまじっか、最初のインパクトが強烈だっただけに。
人間は、誰しも裏の顔を持つ。あのトラウマ経験から、わたしはそのことを学習した。あの男だって――わたしを痛めつけたあの男だって、飲み屋では、嬉々としてサッカーを語る、ごく普通の、そこらへんにいる青年だった。それが――だ。
だから、わたしは安心したのかもしれない。
『だからあたしは訂正する。
……かつて、あなたのことが、大嫌いだったと……』
ああやって告白されたことによって。――人間なんて、表面上は普通を装っていても、裏ではなにを考えているか分からない。だから、『大嫌い』と本音を吐露された瞬間、彼女への、みずみずしい情愛が、わたしのなかで色づいた。とんだマゾだって話だけれど。
生まれて初めて出来たソウルメイト。高嶺といると本当に、楽しい。暗い話をすることもあるけれど、基本的にわたしは笑ってばかりいる。高嶺は――暗い話をしても、不思議とその表情は明るい。苦しみを乗り越えた人間だけが見せられる顔――それに、わたしは魅せられている。
携帯を手に取った。わたしはメールを送信する。
『いま、なにしてる?』
すぐさま返信があった。『テレビ見てる。莉子は?』
『寝てる』
『ね。電話してもいい?』
『いいよ』
それから数秒足らずで着信があり、わたしはからだを起こした。「高嶺……。早かったね。荒石くんは?」
『んーなんか寝てる。疲れちゃってるみたいだね。子どもみたいに、二十二時に寝ちゃって、あたし、暇』
「そっかぁ。じゃあ、なんか……喋る?」
『なんの話がいいかな。キャベツにベーコンを巻いた宇宙人の話? それとも、結婚式のドレスに莉子が何色を選ぶのか……について?』
「いよいよだね」とわたしはくすくす笑う。「なんか……楽しみだなあ。結婚式って出席したことしかないからさ……。ああやってみんなに喜んで貰えるのって幸せ……だよね」
『あたしもすごい楽しみー。莉子がどんなドレスを選ぶのか。……ね。何色にしたいって希望はあるの?』
「やー特に全然。パステルカラーがいいかなって程度……」
『じゃあ、あたし、手伝うよ。課長もタキシード着るんでしょう? ばしばし写真撮ったげる。カメラは持ってる?』
「あ……課長がデジカメを」
『そしたらあたしはカメラマンだね』得意げに笑う高嶺の顔が目に浮かぶ。『よっしゃー。なんか燃えてきたー』
「ありがとね。高嶺……。課長は課長でセンスがいいんだけれど、こういうのってさ。やっぱり女の子がいないと……分からないじゃない? どういうのがいいのかって……」
『莉子のお母さんは来たりしないの?』
「やー全然。そもそもあのひと、娘の結婚式なのに不干渉だしさ。『好きなようになさい』ってそればっか。だから、説明するのやんなって、あんまりしてない……。
そもそもうちの母、父方のお祖父ちゃんに口出しされて、自分が嫌な思いをしたから、同じ思いをわたしにはさせたくないんだって」
『課長のご家族は? お母様とか……』
「あー綾音ちゃんが、受験生だから、そっちに気を遣ってるみたい……。誘いはしたんだけどね。でも、『遠慮しとく』って。綾音ちゃんが大変なときに、呑気に息子の婚約者の試着に出かけるのも……微妙じゃない? それに、綾音ちゃんのときを楽しみにしているみたいで……楽しみは取っておきたいんだって」
『そっかあじゃああたし頑張らなきゃだな』力を得たように高嶺は、『……うん。頑張るよ。莉子、結構孤独なんだね? 困ったとき、相談出来るひとはいる? 結婚式絡みで……』
「ううん」とわたしが正直に答えると、じゃあ、と高嶺は、
「あたし――出来るだけのことをするよ。莉子のために。〇クシィ熟読して、結婚式のエキスパートになるんだ!」
明るい高嶺の声の調子に、笑みを漏らす。「いいけど……高嶺のほうこそ、大変じゃない? 荒石くんと、まだつき合いたてで、いい時期じゃない……。課長の言った通りで、二人っきりの時間を楽しんだほうがいいよ……」
『でもあたしは――莉子を、助けたい』
しん、とした静謐な部屋に彼女の声が響いた。真剣な調子をもって。
『そりゃ、経験者じゃないから、力にはなれないかもしれないけれど。でも、親友が困ってるときに放っておけるほど、おめでたい人間にはなりたくないよ……。
ねえ莉子。頑張るならあたしが一緒。あたしたち……親友でしょう?』
――そんなふうに思ってくれていたとは。てっきり……会社の同僚レベルかと思いきや、『親友』。甘酸っぱい単語がわたしのこころを満たす。
高嶺のこころに触れれば触れるほど、課長へのとめどない愛が希釈されていく。わたし……いったい誰が好きなんだろう。自分で自分が分からなくなってくる。確かなのは……ただ。
課長も、高嶺も、大切なひと。唯一無二の存在だということ……それだけだ。
耳に当てる携帯が熱い。胸がどきどきする。――親友。そっか。高嶺、わたしのことを親友だと思ってくれているなんて。友達からそんなことを言われるのは初めてだ。嬉しい。嬉しい……。
「親友なんて出来るのわたし、初めてだよ……」
『うんあたしも』明るい高嶺の声。『こんなに、こころを許せる相手に出会えるの初めてで……。そっか、あたしたち似ているんだね。姉妹もいないし、孤独で……表と裏の顔を使い分けている。そこも同じ』
「そうだね」と笑った。「じゃあ、そろそろ寝るね。明日はよろしくね。おやすみなさい……」
眠る前までずっと高嶺のことを考えていた。きっと……ドレス選びがどんなに楽しくなるだろうと。
愚かなこのときのわたしは考えもしなかったのだ。いったい課長がどんな気持ちで、この会話を聞いていたかなど。
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