テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「それとネネさんは、恋愛以外のことに集中する時間を作ってみてください、生活に支障があるようなら、少し恋愛から離れる時間を持つほうがいいでしょうし、それでも悪化するようでしたらいつでもご連絡ください。」
私と母は相槌しながらお礼を言い、病院を後にした。
車での帰り道、考えていたのは齋藤先生のこと。
家に着いた私は何もする気力も起きず、ベッドの上に身を委ねていた。
すると病院でカウンセラーさんに言われたことを思い出して
【これはあなたの妄想なの】
【まず教師と生徒の建前上ありえない話なの。】
唐突に悟った。
この恋は叶わない、と。
「先生が好き」
そう幾度も思い、恋焦がれていた。
でも、想えば想うほどそれは遠くなっていたということだ。
先生が言った【付き合うことはできないな】はそのままの意味で
【ネネに好かれるのは嬉しい。でもその年齢で、今先生に抱いている感情を恋というには軽すぎるんじゃないか?】
という返事を、私は自己防衛から都合のいいように解釈しようとした?
そう思案すると闇に飲まれそうで、先生に拒絶されたと勘違いした上、その言葉を受け入れられずに付き合っていると思い込んでいるだけ…?
この恋が、喉に引っかかるようでとても苦しい。
『好き』を口にするたび、感じる度に胸が締め付けられて泣きそうなのに、涙の一滴すら出ない。
翌日、高校に行き教室に向かう廊下で齋藤先生とすれ違って目が合うと、先生はいつものようににこやかに「ネネおはよう」と言ってくれた。
「先生、おはようございます」
聞きたいことを胸の内に閉じ込めて相応の挨拶をすると、階段を降りていく先生の背中を見て
抑えが効かなくなって、気づくと背中に飛び込んで抱きついていた。
「ねえ齋藤先生、本当に私じゃダメですか」
そう問いかけると、先生は一瞬驚いたような顔をした後すぐに困ったような笑顔になった。
やっぱり私じゃダメなんだ。
それでも諦めきれない自分がいて、先生のシャツをギュッと握った。
すると先生は私を引き剥がすように距離をとって言う。
「ネネはまだ子供だ」
「これからもっと色んな人と出会っていくんだから」
そんな先生の言葉に胸が締め付けられた。
もうこれ以上聞きたくないと気がつくと私は学校を飛び出していた。
好きになってごめんなさい
告白してごめんなさい
告白なんかして迷惑かけてごめんなさい
もうなにもかもしんどい
頭の中がそんな言葉でごちゃごちゃになりながらしばらく無我夢中で走った後、ちょうど視界に入った公園のベンチに腰掛けた。
頬を流れる水は汗か涙かもわからないままでいると、スマホから着信を知らせる音が鳴った。
〈ネネ、さっき飛び出していくの見えたんだけど、どうしたの?〉
そんな小春ちゃんからのメッセージに返信する気力もなく、既読だけつけてポケットの中にしまった。
ただ呆然と雲行き怪しい空を見上げているとポツポツと雨が降り始めてきた。
それは次第に勢いを増していき、叩きつけるような雨が全身を打ち付けた。
もういっそこのまま雨に溶け込んで、存在ごと消えてしまえたらいいのに。
もう、なんだか世界が真っ暗に見えた。
考えてみれば…先生に出会ってから、脳が細く痩せるみたいにバカになって惹かれていった。
最初は憧れのような存在だったものが、憧れから恋に変貌したのをよく覚えている。
「もっと、大人な自分…で、違う…違う出会い方をしたかったな…っ」
先生じゃなきゃだめなのに、あと一年後には卒業が待っていて、卒業してしまえばもう名前すら呼べなくなる。
初めて一緒にお弁当を食べたこと
名前を読んでくれたこと
目が合って死にそうなほどキュンとしたこと
放課後に勉強を教えてくれたこと
頭を撫でてくれたこと
車で送ってくれたこと
頑張ったと褒めてくれたこと
笑いかけてくれたこと
全部嬉しくて素敵な思い出
なのにそれすら、記憶ごと抹消したくなる
優しい声、笑顔、仕草全てが尊くて愛おしくて、忘れることなんてできっこないのに。
『困らせちゃいけない』
そう思っていたのに、結局さっき、先生の笑顔を崩してしまったじゃないか。
私はどれだけ馬鹿なんだろう
そう後悔してしまうけど、同時に、どれだけ困らせたとしてもこの〝好き〟を通じ合いたかった。
同じ気持ちになってくれないかな、なんて気持ちが大きくなって、先生の背中に抱きついてしまった。
「先生の背中…暖かくて、広かったな…」
先生を好きになるには傲慢で、蒙昧すぎたのかもしれない。
こんな厄介な気持ちを先生に押し付けるのは迷惑だ。
でも、今だけは許してほしい。
誰にも邪魔されないこの場所で、どうか今だけでもこの崩れそうな愛を慟哭させて。
私はもう何も望まないから、泣き止むまでの少しの間だけでいいから。
針のようにか細い大粒の雨がどしどしと降り、ベンチに座ったまま雨の匂いを吸い込みながら私は小さな子供みたいに顔を歪ませて、声を殺して泣き出した。
次第に、今まで我慢していた感情が堰を切って溢れ出した。
「っ……、好き……!大好き……っ、先生のこと好きなのに……!なんで付き合えないの…?もうやだ…」
「ぅあ”ぁ”ぁぁあっ……!!う”ぅ〜っ!」
私はもう子供じゃない。
でもまだ分別の着く年齢と言うだけで
大人でもないんだ。
雨は止むことを知らず、涙も枯れて言葉も出なくなった頃、スマホが振動した。
画面を見るとそれは小春ちゃんからの着信だった。
「もしもし……小春ちゃ……」
『ネネっ、今どこ!』
「……学校、近くの…公園」
『今早退したからそっち行く。そこで待ってて』
私に有無も言わせぬうちに電話は切れてしまった。
「小春ちゃん……心配してくれたんだ」
でも今は誰にも会いたくない、こんな泣き腫らした顔、見せたくない。
そんなことを考えていると、顔は俯いたまま上がらないし涙がまた溢れ出す。
雨が少しだけ優しくなり、暫くすると誰かがこちらに向かって走ってくるような足音が聞こえた。
「ネネ…!!」
「っ、小春ちゃん」
ピクっと顔を上げると傘をさしながら息を切らして公園に駆け込んでくる小春ちゃんの姿があった。
「そんなに目赤くして……もう……!」
そう言って私の目線に合わせて屈んだ彼女からハンカチを差し出され受け取ると、それで涙を拭った。
「……隣、座っていい?」
「……」
私何も言えず、コクっと頷くことしか出来なかった。
「私は大丈夫だから……」
枯れた声で必死に言葉を紡ぐが、無駄な抵抗だった。
「大丈夫じゃないじゃん!そんな泣いて……あらかた、齋藤先生のことなんでしょ?」
図星を突かれて顔を上げて小春ちゃんを見ると「それぐらいお見通しだし」と返され、その流れで、失恋したことを話した。
すると彼女は私を抱きしめて、諭すように囁いた。
「本当にネネは先生のことが大好きなんだね、でも先生はネネのことが面倒になったとかじゃないと思う。ネネが大切な生徒だから、できる限り傷つけないようにしてくれたんだよ」
それでも私は納得できずに相槌すら打てないでいると、小春ちゃんは根気強く私に向き合ってくれた。
「でもさ……これだけは言わせてもらうけど、今が無理なら卒業後にまた告れば良くない?」
その言葉に思わず小春ちゃんの方を向いた。
「ネネ、1番大事なこと忘れてない?卒業までにあとたった1年!その間にいい点数とって先生に好印象与えといて、卒業後に告ればなんも問題ないじゃん!?もう生徒と教師って関係でもなくなるんだし?」
そうだ、卒業さえしちゃえば告白なんてし放題だし、一人の女と男になるんだ。追いかけることだって許される。何も焦ることはないんだ。
でも先生は20代後半で、この差は縮まることはあっても無くなることはない。
「じゃあ私…まだ、諦めなくていいってこと……?」
私の言葉に彼女は続けた。
「そういうこと!……それが分かったんなら、こんなとこでウジウジしてないで、教室戻ろ?…ね?」
「うん」
そうして私は、小春ちゃんに手を引かれて学校へ戻った。
それからというもの、先生と普通に接し、毎日勉強に明け暮れ、テストで結果を出していった。行事もクラス団結となって頑張って、楽しんで、卒業する頃には小春ちゃん以外の優しい友達にも恵まれた。そうして迎えた卒業式。私は先生を空き教室に呼び出して、独白をした。
「先生、今まで沢山迷惑かけてごめんなさい!でもなにより、素敵な思い出をありがとうございました。私、先生に出会えてよかったです」
そう告げると先生は照れたような困ったような顔をしていたが、私は最後に深々とお辞儀をした。
そして顔をあげた瞬間にはいつもの笑顔がそこにはあった。
私が恋した大好きな人の笑顔。
『きっとこれが最後で、この笑顔を見ることはもうないかもしれない』なんて思いたくない。
でも、最後になるのが怖くて、最後にしないために私は言い放った。
「先生、私もう18歳の成人です。大人です!…だから卒業して、まだ先生が独身だったら、私を先生の隣にいさせてくれませんか?」
それが最後の抵抗で、最後の告白だった──。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!