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潮の匂い、波の音。目の前には、豪華客船と言えるような大きな船。
「こ、これに乗っていくの?」
「そうだ。この日の為に、作らせた船だからな」
「予算とか……」
「あまり、そんなこと気にするな。貧乏でもあるまいし」
リースはやれやれと言わんばかりに首を振って、私を見た。
装飾まで金色、細かいところに職人のこだわりを感じる船を前にして、私は言葉を失うほかなかった。これに乗ってラジエルダ王国に向かう……こんな目立つ船、途中で撃沈させられないかと、ヒヤヒヤした。まあ、並大抵の攻撃じゃ沈みそうに無いけれど。
(いくら、最終決戦だからって、何だかお金かかりすぎていない!?)
総動員、そして多額のお金を積まれて私達は帝国民に送り出されると言うことだろうか。疑心暗鬼になって、自分すらも信じられなくなってきている世界の、一縷の希望として。
そりゃ、聖女と皇太子が直々に悪のアジトに行くんだからそうなのかも知れないけれど。
(こんなのに、お金掛けるぐらいなら、オタ活にお金かける方がマシなのよ!)
多分、オタクと一般人ではお金を掛けるものが違うのだろう。それが良いとか、悪いとかじゃなくて、価値感の問題。服にお金をかけるのか、グッズにお金を掛けるのか。そういう問題なのだ。
だから、こういうものにお金がかけられていると思うと、ひやっとしてしまう。オンボロの乗り心地の悪い船に比べればマシだって言うのは分かっているけれど。
「エトワール様、もしかして、船苦手なんですか?」
「あっ、そう言うんじゃなくてね、アルバ。ううん、大丈夫。吃驚しちゃって」
「そうですか。でも、その気持ち分かりますよ。私も、こんなに大きな船を見たことありませんから」
「アルバも?」
「はい。私は、自分が強くなることばかり考えてきたので、こういう船や建造物など興味なかったので。貴族とは言え、いったい幾らかかっているのか気になるところです。考えるだけ、恐ろしいと思いますが」
と、私の方にやってきたアルバはそう言った。
そういえば、アルバも貴族出身だったと言うことを思い出し、そんな貴族ですらも、この船にどれだけのお金がかかっているか考えるだけでゾッとするというのだ。だから、私がゾッとするのは至極当たり前の事なのだ。
それにしても、アルバがそんなことを言ってくれたおかげで、自分の存在を認められたような気がして、何だか嬉しかった。私だけじゃ無いと。
「それは置いておいて……このアルバ、必ずや、誓って命に変えてもエトワール様を守って見せますから。安心していて下さいね」
「あ、ありがとう……でも」
アルバは、私に任せて下さいというように、胸をはった。誰かとは違って、忠誠を誓ってくれた騎士。私の護衛。それは嬉しいけれど、何だか胸騒ぎがするのだ。
私は自分でも自分が強くなったという自覚はあった。でも、まだまだ上を目指せるとも思っている。だから、守られるだけじゃダメだって言うのも思っているし、それよりも、彼女が私を守って死んでしまったら……そう考えるだけで、胸が痛いのだ。そんなこと、ないとは言い切れないから尚更。
「エトワール様?」
「アルバ……前にも言ったけど、凄く嬉しいよ。でもね、自分の命も大切にして」
「それは、分かっています。ですが、それが私の使命であって、エトワール様をお守りすることが、私の生きがいでもあるンです」
「うん。だから、私はアルバがいなくならないで欲しいって思ってるの。私を守って死んだら、許さないって……そういうこと。分かった?」
「え、エトワール様!」
私の名前を呼ぶのが先か、それとも、抱き付くのが先か分からなかったが、アルバは私を真正面から抱きしめてきた。きっと、彼女はそんなことを主から言われると思っていなかったのだろう。アルバは分かりやすい、素直な子だし。本気で喜んでくれているのだと。
彼女の髪が私の肩をくすぐる。私は、彼女の背中を撫でながら、彼女が離れてくれるのを待った。
「分かりました。エトワール様を守りますし、私は生き残ります。何があっても」
「うん、絶対だからね」
まるで、フラグみたいだ。とは言っても伝わらないだろうし、言ったところで何かがかわるわけじゃない。でも、そんな風に聞えてしまったのだ。私も言ってから気づいたけれど。
「私は、絶対に裏切ったりしませんから」
「え、ああ、うん」
チクリと胸が痛む。
その言葉を聞いて、グランツの事が頭をよぎったからだ。
(何してるんだろうな……今頃)
トワイライトの騎士として、私達が攻めてくるのを待っているのか、それとも、前戦に出て戦うよう言われているのか。どちらにしても、彼と遭遇するのは確実だろう。
アルバは、グランツは失踪した。と言う風に聞かされているらしく、かなり激昂していたが、「自分がエトワール様を守る!」とすぐに気持ちを切り替えたらしく、今にいたる。
アルバにとってグランツはどういう存在だったんだろうかと、たまに考えるときがあるのだ。アルバは女性騎士なんて……と蔑まれ、グランツは平民上がりの騎士が……と言われ続け、二人は似たような境遇だった。アルバも、グランツに心を開いていた部分もあったようだし、それでいてライバル視もしていた。女性と男性では埋まらない差があるけれど、それでも、アルバはグランツをライバルとして見ていたのだ。
グランツはと言うと、きっとそんなこと何も考えていないのだろう。最近、彼が復讐と憎悪、殺意で生きていることが分かって以来、グランツは周りの人を誰一人として信用していないことが分かったのだから。
そんなことを考えていると、聞き慣れた声が降ってきた。
「エトワール様」
「ブライト?」
顔を上げれば、綺麗な黒髪が目に入り、そのアメジストの瞳と目が合った。彼は、にこりと微笑むと軽く会釈をする。
そういえば、リースが港に着いたら合流するだろう、と言っていたことを思い出し、ブライトと無事合流できたと言うことを改めて実感した。まあ、いるのは分かっていたけれど……
(同じ船に乗るんだっけ? それとも違う?)
詳しいことを聞いていないために、多分あの船に乗るけど、一緒に乗るのは誰かまでは把握していなかった。リースは確定として。他の船にも戦力が均等になるようにブライトやアルベドは他の船なのだろうかと……
「エトワール様、今日は服装が違うのですね」
「あ、うん。今日のために特別に仕立てて貰って……そういえば、服で思い出したんだけど、この船も服もダズリング伯爵家の支援があって作られたんだよね」
「はい、そうです。にしても、本当に凄いですよね」
自分の服を見て、皇族だけでこんな船を……と思ったが、思い出せば、ルクスやルフレの家からの支援があって作られたと。だから、こんなに豪華で、装飾までこだわられているんだと思った。
ブライトにも言われたが、今日のために服も仕立て直して貰ったのだ。
いつもの服に装飾や鎧に似た銀色の何かを装着している。でもそれらは、魔法石を加工して作られているものであるからか、重さを感じない。けれど、防御力は高いという。ものは見かけによらないとか、そういうことだろう。魔法様々である。
(でも、聖女は白……とかいうのは分かるんだけど、これって白装束よねえ……)
少し不吉かも、と心の中で苦笑いをする。
そんな風に思っているうちに、アルバは、少し席を外します、と言って何処かに行ってしまった。武器の確認や動きの確認でもしにいったのだろうと、私は彼女を見送った。そして、私とブライトだけが取り残される。
(気まずい! 最高に気まずい!)
暫くの沈黙が流れ、どうにか会話をと話題を探そうとするが、私は機転を利かせて何かが出来るタイプでも無く、ただ手を振ることしか出来なかった。それを、ブライトはじっと見つめている。
(恥ずかしいからやめて!)
「え、ええと、えっと!」
「大丈夫ですよ、エトワール様。皆、同じ気持ちですから」
「同じ……」
「緊張や不安があるのは当然です。僕も怖いですから」
「ブライトも?」
はい。といって頷くブライト。顔からは想像できない。でも、ふと彼の手を見てみれば、心なしか震えているような気がしたのだ。
そりゃ、あの混沌と戦うことになるんだから。
(違うか……ブライトのお父さんもラジエルダ王国にいるから……)
失踪したと思われていたブライトのお父さんは、実はヘウンデウン教の手に堕ちていて、それで敵として立ちふさがるかも知れないからとかそういう。
実の父親と戦うのはそれはもう、精神的に来るものだと思う。ブライトは覚悟を決めてきているようだが、迷いも何処かにあるだろうし。
そんなことを思っていると、私なんかただ聖女で役目を果たせと言われているだけだし……何て思ってしまう。
私にもやらなければならないことと、成し遂げたいことはあるけれど。
私は、改めて自分の置かれている状況、そして、周りも色んな思いを胸に出航を待っていると言うことを想像し、下唇を噛んだ。
すると、先ほどまで笑顔だったブライトが、何かを決心したように真剣な表情になって口を開いた。
「……エトワール様、この戦いが終わったら貴方に伝えたいことがあるんです」