テラーノベル
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その日の夕方。内田一輝は寮へ戻る途中、ふと足を止めた。
「……あ」
教材を机の中に入れっぱなしにしていたことを思い出す。
明日の授業で必要なものだ。
「仕方ない」
再び校舎へ戻る。
廊下はすでに薄暗く、人の気配はほとんどない。
教室の扉を開け、机の中を探る。
無事、筆記具と教材を回収。
「よし」
そのまま教室を出ようとした瞬間――
ぞわり、と背筋に冷たいものが走った。
殺気。
内田は反射的に、教室の壁の陰へ滑り込む。
呼吸を止める。
森で何度も感じた、あの怨霊の殺意とは違う。
ヨシエのそれは、もっと“重い”。
怨念の塊のような、理屈を超えた圧力。
だが今感じているのは――
(これは……生きている人間の殺気だ)
鋭い。
明確な“狩る側”の意思。
廊下の奥から、足音が響く。
一つ目。
乱れた、必死な足音。
「やめて……っ、先生……!」
昼に呼び出された、F評価の生徒だった。
顔は蒼白。涙で歪み、全力で逃げている。
その直後。
もう一つの足音。
規則正しく、速い。
恐ろしいほど無駄がない。
視界の端に映ったのは、数学教師――サークル先生。
左腕。
そこには巨大なコンパスが組み込まれている。
金属の脚が、鋭く光る。
振りかざしながら、一直線に追跡している。
「逃げる必要はありません。補習です」
声は穏やか。
だが、その動きは完全に“捕食者”のものだった。
二人は教室前を、信じられない速さで走り抜けていく。
風が巻き起こる。
そして静寂。
内田は壁にもたれたまま、動けなかった。
鼓動が早い。
手のひらに汗が滲む。
(補習……?)
あれが?
森の怪異とは違う。
理不尽な怨霊ではない。
あれは、明確な“教育”の名を冠した追跡。
「─Fだけは取るなよ。」
エンゲルの言葉が、脳裏に蘇る。
内田は戦慄した。
この学校は、普通ではない。
Fは、ただの評価ではない。
廊下の奥から、何かが床に落ちる鈍い音が響いた気がした。
内田は動けないまま、ただ暗い廊下を見つめていた。
──ここは、森よりも安全だと思っていたのに。
その認識が、音を立てて崩れ始めていた。
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