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───翌日。
本日も馬車は、軍人を伴いながらゆっくりと街道を走っている。
街道の舗装が悪いせいなのだが、ベルは別の意味で受け止めてしまっていた。
のんびり走っているのは、レイカールトン侯爵との結婚について考える時間を与えてくれているのだ、と。
*
ガタガタと揺れる車内は、本日もベルとレンブラントの二人っきり。
レンブラントは腕を組んで、目を閉じている。
長い足を延ばしてしまうとベルの足を蹴ってしまう可能性があるので、斜めに腰かけてなるべくスペースを開けるようにしている。
一方ベルは、昨日と同様に腕に巻かれた包帯が気に入らないようで、カシュカシュ音を立てながら、なんとか取ろうと格闘していた。
ただ今日の方が、「取れるもんなら取ってみろよ」と挑発するかのように、がっつり巻かれている。
「───おい。昨日も言ったが、軍医直伝の巻き方を舐めるなよ。絶対に取れない」
「あら、起きてたんですか?」
きょとんと眼を丸くしたベルに、レンブラントは「当たり前だ」と言って、組んでいた腕を外して姿勢を正した。
「てっきり職務怠慢で居眠りしているんだと思ってました」
「……あんたのソレを目に入れたくなかったんだ」
「居眠りの言い訳ですか?それ。まったく、いい年した大人が、人のせいにしないでください」
出会ってからまだ3日目の人間に対して、こんなにナチュラルに毒を吐けるベルに、レンブラントは苛立ちを通り越して、呆れた笑いを零した。
しかし、せっかくの治療を台無しにされるのは見過ごせない。
「嫌かもしれないが10日だけ我慢しろ。そうすれば包帯は外れる」
「……やだ」
ぷくっと頬を膨らますベルに、レンブラントは怒鳴ることはしない。言葉で止めさせることができるなら、もうとっくに止めている。
呆れ顔になったレンブラント軍人を見て、ベルは会話が終わったと判断して、再び包帯を触り始める。
本日は指にも巻かれているので、諦めたほうが懸命だが、ベルはこの程度で折れるような少女ではない。
なんとかして包帯を取ろうとするベルは、レンブラントからしたら昨日よりも更に飼い犬のスタラの姿と重なってしまう。
愛犬のスタラはビーグル犬で、撫でれば千切れるほど尻尾を振り、寂しがり屋の犬種だから拗ねたり甘えたりと表情豊かだ。
ついでに従順だし、有り余るほどの愛嬌もあり──はっきり言って、真逆である。
ベルは動物に例えるなら、絶対に懐かないタイプの猫だ。
「……包帯に代わる何かを見付けないといけないな」
レンブラントは、ベルに気付かれぬようそっと呟く。
護衛対象であるベルは、無傷で届けなければいけないが、もともと負っている傷を手当するのは任務に含まれていない。
でもあの傷を見た瞬間、レンブラントは自分でも制御できない感情に支配されてしまった。
今でもその感情は消えず、むしろ日を追うごとに強くなっていく。
『ねぇねぇ、レンは、あのお嬢ちゃんの事、一目見て気に入ったの?』
近々再会する悪友が放った言葉を思い出し、レンブラントは舌打ちした。
切れるもんなら今すぐ縁を切りたいと思っている腐れ縁から、図星を指されるのはかなり腹が立つ。
もし、ベルに異常なまでの庇護欲を持ってしまった自分を知られたらと思ったら……。
レンブラントはそこまで考えて、深いため息を吐いた。