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稼げばいいってわけじゃない

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稼げばいいってわけじゃない

24 - 第24話 ずっと夢であってほしい幸せな空間

♥

24

2025年01月25日

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パッと目が覚めたら、晃がベッドから立ち上がりタバコを吸いにテーブルに置いた電子タバコの本体を持ち上げる姿を横から絵里香は見ていた。


ふわふわベッドで体の右には瑠美が左のベッドには塁がふとんを剥いでうつ伏せに寝ていた。


そんな当たり前の風景が朝起きたときに見るんだろうなと朝の景色が頭に思い浮かんだ。


寝ぼけてるんだろうなともう一度そのまま目を閉じて眠った。


夢って現実と同じようなことが起きるだとハッとした。


今のは全部夢だった。




左腕を伸ばして首を左に向けたら夢と同じで塁はうつ伏せ寝に右にはすやすやと瑠美が安心して眠っていた。

こんなゆっくりとした時間が流れているならこのまま止まっていてほしいと願った。


絵里香は体を起こしてトイレに行った。

部屋の中を見渡すとあるものがなかった。


晃はきっとタバコを吸いに喫煙所に行ったんだろうなと予測していたが、部屋の端っこに置いていたキャリーバッグが1つ

なくなっていた。



(あれ、ここに晃のキャリーバッグおいてたと思ったけど、無いな)


晃もどこに行ったのか姿が見えなかった。


絵里香は気になって、急いで浴衣から洋服に着替え寝癖のある髪を適当にとかした。



子どもたち2人が眠る部屋の鍵を閉めて喫煙所にいるかもしれないとルームキーを持ちながら行ってみた。

同じくホテルに、泊まっていた数人のお客さんが喫煙室で談笑していた。


晃の姿は見えない。


ここまで来るのにすれ違ったのかなと絵里香は思ったが、部屋に戻っても晃はいなかった。

テーブルの上には車の鍵と家の鍵がついたキーケースだけが置かれていた。

置き手紙もない。


スマホのメッセージや着信履歴も確認したが何もなかった。

昨日あんなに愛し合ったのに記憶違いだったかなと頭の中でいろんなことを思い出してみる。

何がいけなかったんだろう。


結局、その日は晃が家族の元に帰ってくることはなかった。

そもそも、これから先どうやって生活していくかを考えていこうと言う時に晃は絵里香の目の前から姿を消した。


もう、嫌だったのかもしれない。


会社から戻ってきても良いって言葉に甘えて引っ越す作業もしなくていいと考えたらそのままがいいと。

でも、絵里香は世間的にさらしてはいけない行動を犯してしまった。

前の家には戻れない。


子どもたちの学校や幼稚園にも絵里香の居場所はない。

後ろ指をさされながら生きるのは辛すぎる。

仕事も辞めてしまって収入源は晃の働いた分しか無い。

でも、頼りの綱の晃がいない。


住む場所も決めていない。


広い砂漠の地に家族3人放り投げられたような気分だ。

もう、考えるのも疲れた。

この世界で生きて何が楽しいのか。


「お母さん、お父さんはどこ行っちゃったの?」


「わからない。お仕事かな」


「え、仕事なら、職場に行けばいいじゃないの?」


「ごめんね、お母さん、その気力さえないの。ここ、福島だし、お父さんの職場は仙台だし」


無言でメッセージも残さずに行くということは探さないでということだろう。


絵里香は、後部座席に瑠美を、助手席に塁を乗せた。ホテルの宿泊代は晃名義のカードで支払いは済ませてあったようで何も払う必要がなかった。お金の心配はなかった。

でもそれでいいのか。


荷物をトランクに積んで、車のエンジンをかけた。

いつもなら、運転席に晃が座るのに頼りになる夫は今はいない。


ハンドルを握って、絵里香はある場所に車を走らせた。



やはり、これは自分の生きる空間を変えなければと生まれ育った実家へと子どもたち2人を連れて向かった。

断られるのを覚悟の上だった。


「あら、来たの?」


絵里香の母は相変わらずのトゲのある言い方で3人を出迎えた。

今日は日曜日。

仕事は休みで絵里香の父と母は庭の手入れをしていた。

雑草でいっぱいになった庭を綺麗に芝刈りを使って整えていた。


「庭、手入れしてたんだね。まだまだ元気に動けるじゃん」


絵里香は、玄関を開けて何も言わずに持っていたすべての荷物を置いた。



「これでも栄養ドリンク飲んで頑張って体動かしてんのよ。年とればとるほど思ったように体は動いてくれないからね」


「そうなんだ」


「ほら、絵里香も一緒に庭の手入れするぞ」


「いや、遠慮する。子どもたちにやらせたらいいじゃない。立派な社会勉強」


「そうだな。そういや、子ども用軍手あるぞ」


耕太郎は物置から前もって買っておいた子ども軍手を用意した。


「わーい。私もやる」


「僕もー」


珍しく喜んで、耕太郎の元に駆け寄っていく子どもたちにほっとした。

美那子も自分の仕事があると思ってホッとしている。


「んじゃ、私、買い物いってくるね。子どもたちのことお願い」


「買い物? 一緒に連れてけばいいのに」


「いいじゃん。たまには」


「いいの。僕たちじいじたちとここにいるの」


「えー、私はお母さんと買い物行きたい」


「良いから、草取り手伝って。やってくれたら、ご褒美にアイスごちそうしてあげるよ」


「本当? んじゃ、がんばるよ」


瑠美はアイスのためだと気合いを入れて草取りをした。車のドア越しに2人が仲良く庭の手入れしていることに安堵した。

これで大丈夫。


「んじゃ、行ってきます」


車の運転席のドアをバタンとしめた。

気持ちとは裏腹に外は雲ひとつない天候に恵まれていた。

取り繕った買い物なんてもうしなくてもいい。

何のためにしなくちゃいけないのか。

もう、あの子たちの居場所はある。

むしろ、私の居場所がないだけ。

無理して生きていても辛いだけ。

母親として役目はもうないんだ。

父親を留めておけなかった自分の責任。

視野が狭かった。


今はどんなに優しい言葉をかけられても焼石に水。

絵里香の耳には聞こえてこない。

晃がここにいないのはなんでだろう。

どうして晃を好きになったんだっけ。

寝癖をぴょんとつけて大学の帰りに会ったとき、頭が良いのに少し抜けてるところとか。

背負っていたリュックのチャックが開いているのをさりげなく直してくれるとか。

目の近くにあるほくろとか。

鼻筋がシューと通っていて女性の絵里香よりも長いまつげとか。

何も言わなくても空気読んで行動してくれる優しさとか。

本当は知っていた。



晃のいつも悪いところばかり揚げ足取ってたマウントを取っていたけど仕事で忙しくてもたまに溜まっていた洗い物してくれた。洗濯物だって、言わなくても干してくれるときだってあったし。平日はまるっきりする時間ないから料理はしてくれないけど休みの日の日曜日に作ってくれた目玉焼きとウィンナーの野菜炒め。

あれは大したメニューじゃなかったけどすごく美味しかったのを覚えている。

どうして、さりげない仕草とか行動がいいところがたくさんあったのに

忙しさにかまけて全然気づいてないふりしてたんだろう。

失った時に気づく晃の優しさが鮮明に思い出される。



次、生まれ変わったらまた晃のそばで生きていきたい。

妻という存在で成り立たないなら別な形でもいい。

今の時代、今の世界じゃないここではないどこかにいきたい。

絵里香は電車が行き交う陸橋の上で白昼堂々、手すりにバランスを取って飛び越えようとした。


昼間だというのにまばらに人はいても助けようとする人はいなかった。

ドラマやアニメのようにギリギリで助けるなんてありえない。

むしろ、他人に関わるって重い。

誰も見向きもしないんだ。

今を生きてることで精一杯。

そんなのわかってる。

でも少しくらい期待してもいいじゃない。

行き交う電車の上に身を投じた。



ーーー夜のニュースで報道された。


「駅近辺の陸橋にて人身事故が発生しました。列車にはねられた女性は全身を強く打ち、その場での死亡が確認されました。これにより電車の遅延となりましたが、その20分後に再開されました。警察は亡くなった女性の身元を調べるとともに事故の状況を詳しく調べています」


テレビやラジオ、ネットニュースでもその情報は流れた。


瑠美と塁は、そのまま母の帰りを待ちながら庭の手入れを続けていた。


祖母の美那子は、電話で一報を聞くと血相を変えて耕太郎に抱きついて泣いた。

どうして、絵里香としっかり向き合えていなかったんだろうと自分自身を悔いた。

瑠美と塁は横で泣く美那子をヨシヨシと撫でた。美那子は真実を口が裂けても今は2人に報告することができなかった。

葬式を行うときにはさすがに現実を見なくてはいけないため瑠美と塁も信じられなかったが淡々と式に参列していた。

真新しく買った子ども用の喪服。ピシッとしていて息苦しかった。涙を流しても拭ってくれるのは母ではない。

祖母や祖父では満足しない。

お坊さんのお経と木魚が響く。

どうして僕たち 私たちを置いていくの。


もう、そう叫んでも、 棺の中に入った絵里香の体は夏だというのにひんやりと冷たくなっていて

ぴくりとも動かなかった。



連絡先を途絶えた晃は絵里香の葬式があることさえも知らずに生きていた。

突然任せられた孫育て絵里香の母 美那子と父 耕太郎は神様から与えらえた試練なんだと現実を受け入れた。

今度は子育てじゃなく孫育てだなと切り替えて気合いを入れた。


****


それから4年もの月日が流れた。



「西條、その書類できた?」


パソコンが並ぶ会社のデスク。電話のコールが鳴り響く。いつも通りの風景が流れていた。榊原晃は平然と仙台の職場で

前と同じ課長という肩書きで過ごしていた。

新しい場所、新しい人間関係に異動するというストレスと引越し作業を自分以外のもの全部するというストレスから

解放されたかった。


そして何より、もう絵里香に対する想いはホテルで過ごしたあの時から消えていた。

やっぱり男だから胸は小さいより大きい方がいいし、体の相性とか心の相性とか子どもの性格の相性とか金銭感覚とかいろんなことを考えて不倫や浮気をしないであろうふわふわしてない一途な人がいいなと前から沸々と考えていた。


小松果歩は、生まれてからこれまで彼氏ができたことがないと言っていたし、初めては自分だったと言っていた。

その言葉を信じたいともうドロドロした喧嘩別れもしたくないし、面倒だなと思って黙ってホテルを飛び出してきた。

何もかもが面倒になっていた。


目の前のことに必死で周りなんて考える余裕がなかったのだ。


「課長、また、休憩時間とってないですよ。体に毒だから」


小松は課長のデスクに入れたてのコーヒーを置いた。


「おう、さんきゅー。わかってるよ。んじゃ、休憩行ってこようかな」


ポケットに入れておいた紙たばことライターを取り出した。少しコーヒーを飲んで喫煙所に向かおうとした。


「あれ、課長、電子タバコじゃなかったでしたっけ。変えた?」


「ああ。俺、我慢しないって決めたから。税金払って市税を潤してるって思ったら、全然、募金してるってことで

よく取ってる」


「良い解釈ですね。まぁ、募金はいいですけど体に毒だってことは忘れない方がいいんじゃないですか?」


「ストレスが1番毒なの!」


「そうでしたね」


小松はため息をついてデスクに戻った。

鼻歌をうたいながら晃は喫煙所に向かった。


ふと、デスクに戻った小松は、体の違和感を覚えた。

口をおさえてトイレに駆け込む。



「あれ、小松さん、どうしたんすか?」


西條は小松の走っていく姿を見送った。自分の声は届いてないようだ。



(気持ち悪い。昨日食べた刺身にあたったかな。でも、買ったばかりだし。それとも今朝食べたたまごかな。晃、いつもたまごって言うからストックしてたたまごいつ買ったかわからないんだよなぁ)


トイレの個室の中でブツブツ唱えながら独り言を言っていた。ふとスマホのカレンダーアプリを開いて見た。いつもつけてる月経の予測アプリ。今月、まだ来てない。いつもより2週間くらい遅れてるかな。いつも生理不順でいつくるか

わからない。


2、3ヶ月遅れることもざらにあった。PMS症状で調子悪いのかなと思った小松は吐き気がおさまったところで個室から出た。


晃が小松の1人暮らしのアパートに住み始めて4年が経った。

元住んでいた家の荷物は火事にあったんだと言い聞かせて一切足を踏み入れなかった。

誰も住んでないことを確かめると現地に行かずに業者に頼んで全て引き払ってもらい退去という形を取っていた。


家財道具や中のものすべてに執着はなかった。

子育てにおいても絵里香がしたことであって自分は何もしてないという気持ちにまで陥った。

大事なものはキャリーバッグに入っていた。

個人情報が書かれた車の免許証銀行の通帳やキャッシュカードが入ったポーチやスマホやタブレット本体、

それら周辺機器含めての充電器お気に入りのデニムジーンズとシャツ、インナーなどの必要最低限のもの。

案外、それだけで生きられることに驚いていた。


「ただいま」


小松は晃よりも先に体調不良で早退していた。

晃は残業を少しして帰ってきた。


「おかえり」


台所で夕飯の準備をしていた小松の後ろに立つ晃。キッチンの鍋をのぞいた。


「今日、何?」


「ミネストローネ。セロリ入れてみた。晃、食べられる?」


「俺、好き嫌いは基本無いから。珍味以外なら。なまことか得体の知れないものは無理だけど」


「そうなんだ。私もなまこは食べないけどね。セロリ嫌いって人多いって聞くじゃない?

だから聞いたんだよ」


「セロリは食べるし大丈夫。それより今日、具合悪くしてて帰ってたけど、調子どうなの?」


立ち上がり、インスタントコーヒーをマグカップに入れてお湯を注ぎ入れた。

職場ではありがたく入れてもらったのを飲むが、うちでは自分でコーヒーを入れると決めていた。


「うん。ちょっとね。吐き気してて、でもすぐおさまったから」


晃は小松の額に手をあててみた。


「熱はないようだな。早めに病院行けよ」


食卓の上には茶色の紙袋が置かれていた。その中ではドラックストアで買った妊娠検査薬が入っていた。

小松は見つからないように引き出しの中に隠し入れた。


「う、うん。そだね。そういや、住民票ってここにうつした?」


「いや、まだだけど。確か、俺の実家の住所にしてたけど、なんで?」


「あ、そうなんだ。なんでもない」


小松は食卓に出来上がった食事を並べ始めた。ミネストローネの他にポテトサラダとコンソメスープを作っていた。

何かを言いかけて小松は席に座る。


「美味しい?」


「うん、そだね」


晃は美味しいとは言ってくれなかったが、食べている時の表情はニコニコしていた。

小さな子どものように可愛かった。

1人の人間として手厚く扱ってくれていることに幸せを感じていた。

小松は晃との何とも言えない関係性にいつまで続くんだろうと不安がよぎっていた。

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