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#復讐
草原草原(くさはらそうげん)

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木風
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#サレ妻
都築七美
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一月三十一日、土曜の夜九時。玄関の鍵が、回った。
真尋は食卓で、清算書の支出の欄を確かめていた。結衣は八時半に寝ている。
恭平だった。前触れはなかった。スーツで、鞄を持たず、手に何も持っていなかった。
「座っていいか」
聞いてから、座った。聞いたのは、初めてだった。
真尋は、清算書の紙を伏せて、向かいに座った。
恭平は、しばらく、食卓を見ていた。それから、言った。
「総務から、また手紙が来た」
真尋は、何も言わなかった。
「十二月に来たやつの、二度目だ。二月十日までに、去年の下期の接待費の、領収書の原本を出せと言われてる。全部。コピーじゃなくて、原本」
「そうですか」
「スーツの内ポケットに入れてた分、クリーニングに出すとき、お前が抜いただろ。十月から十二月の。出せ」
真尋は、恭平の顔を見た。
「原本は、あなたのスーツに戻しました。全部。抜いたものは、一枚もありません」
「嘘を言うな」
「十月二十八日の、産婦人科の領収書は、写真を撮りました。それだけです。原本は、その夜のうちに、左の内ポケットに戻しました。あなたが、翌朝、そのまま着て出ました」
恭平は、言葉を探していた。
「……なら、車のファイルだ。お前、車のグローブボックスを見ただろ。源泉徴収票がそこにあった。あのファイルの中身、撮っただろ」
真尋は、答えなかった。
「撮ったなら、写真でいい。印刷して出せ。領収書の写真があれば、総務に説明できる」
「何に、使うんですか」
「説明に使う。経費の精算が正しかったっていう、説明に」
真尋は、スマホを出さなかった。
説明に使う、と恭平は言う。ただ、控えは、恭平の車のファイルに、恭平自身が持っている。真尋の写真が要る理由は、一つしかない。真尋が何を撮り、何を持っているかを、恭平は知りたいのだ。
恭平は、食卓に両手を置いた。それから、頭を、下げた。
短い、浅い、下げ方だった。
「……助けろ」
真尋は、恭平の頭の、短い髪を見ていた。九年で、一度も見たことのない角度だった。
「結衣の、父親だぞ。会社でまずいことになったら、俺は、養育費も払えなくなる。お前の調停にも、何も残らない。結衣のためだ」
結衣のためだ、と言った。真尋は、その言葉を、頭に置いた。
『1/31 21:10 恭平「助けろ」。領収書の原本か写真を総務に出せと。「結衣のためだ」』
「一月二十八日、水曜、四時半。あなたは学童に『おばあちゃんから頼まれた』と言って、結衣を連れ出しました。六時五分に、私が西町三〇二で迎えました。日付と時刻は、記録してあります」
恭平は、顔を上げた。
「俺の娘を、俺が迎えて、何が悪い。結衣に、新しい家を見せただけだ」
「新しい家、ですか」
「三月から、結衣はあっちに住む。母さんが見る。学校も、あっちだ。お前は、好きに働けばいい」
真尋は、その言葉を、頭に置いた。『三月から。学校も、あっち』。結衣が踏切で言ったことと、同じだった。
恭平は、また頭を下げた。
「養育費の話は、弁護士を通してください。会社のことと、結衣のことを、同じ皿に載せないでください」
真尋は、スマホを出した。
恭平が、顔を上げた。
真尋が開いたのは、十一月十四日、呉服店の駐車場で撮った写真だった。青いファイルの中の、経費精算書の控えの束。真尋は、表紙を一枚だけ撮って、中を読まなかった。
表紙の一枚が、画面に出た。
いちばん上の控え。印刷の、会社の様式。日付、金額、人数、相手先、用途。
『10/29 接待 村瀬工務店 村瀬様 2名 ¥18,600』
真尋は、画面を見た。十月二十九日。水曜。
「十月二十九日」
「何だ」
「あなたの、接待費の控え。十月二十九日、水曜。接待、村瀬工務店、村瀬様、二名、一万八千六百円」
恭平の顔が、動いた。
「十月二十九日は、水曜です。あなたの、休みの日です。あなたはその日、『ゴルフの打ち合わせ』と言って昼前に出て、夜まで帰りませんでした。家計簿に書いています。十月二十九日、水曜、立替、二万円、ゴルフと。会社には、接待。私には、ゴルフ。同じ日に、二つです」
「仕事の日に休みを取ることも、休みの日に接待することも、ある」
「あるかもしれません。でも、この控えの日付と、あなたの休みの日付は、同じです。それを、総務の人が見れば、総務の人も、同じことを思います」
真尋は、スマホを伏せた。
「数字は、嘘をつきません。渡しません」
恭平は、立った。椅子が、床を擦った。
「……そうか」
声が、変わっていた。
「じゃあ、法事で、全部終わらせる。お前が、四百万円使い込んだってことで、親戚にも、母さんにも、言う。弁護士も、そう書く。お前は、親戚の前で、謝る。それで、終わりだ」
恭平は玄関で靴を履いた。振り返らなかった。
「二月二十二日だ。来るんだろ」
「行きます」
「瑠美も出る。母さんの隣だ。お前は、末席でいい」
扉が閉まった。車の音が、遠ざかった。
真尋は、しばらく、食卓に座っていた。
それから、スマホの写真を、もう一度開いた。
表紙の一枚を、指で広げた。いちばん上の控えの下に、二枚目の端が、少し写っている。日付の欄。『10/22』。相手先の欄の、頭の二文字。『村瀬』。
三枚目の端。『10/15』。『村瀬』。
読める範囲は、三枚だった。三枚とも、相手先は、村瀬工務店。
村瀬。
真尋は、その名字を、知っていた。
九年前、結婚式。恭平の親族の席。敏子の隣に座っていた、日焼けした大声の人。敏子が「弟の孝です。工務店をやってます」と紹介した。恭平は、「叔父さんの会社、うちの下請けなんだ」と言った。
村瀬孝。敏子の弟。村瀬工務店の社長。アルバ住宅の、下請け。
一月二日、座敷で、敏子が言った。二月二十二日、おばあちゃんの三回忌。親戚が、皆、集まる。孝も来る。
真尋は、家計簿の九冊目を開いた。二月二十二日の欄に、赤ペンで書いた。
『2/22 法事。村瀬さん(敏子の弟、村瀬工務店)。10/29 接待の相手先』
書いてから、画面の文字を、もう一度見た。
『村瀬工務店 村瀬様』
コメント
1件
うわっ…24話、めっちゃ重くて怖かった。恭平が頭下げて「助けろ」って言ったシーン、あれ初めてじゃない?真尋の「数字は嘘をつきません」って返し、もう痺れたわ。最後の村瀬工務店の名前、ここでつながるのか…続きが気になりすぎる😭