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玄関先で通話を終えたのか、メールでも送っていたのか。
スマホを片手に気怠そうに前髪をくしゃりと掻き上げる姿。
疲れてるのだろうに不謹慎にもただならぬ色気に当てられ、しかもその口から”優奈”なんて名前を呼ばれてしまって。
ドク、ドクと心臓が大きく悲鳴を上げる。
こんなことでは、雅人に女をアピールする前に死んでしまう。
危機を感じた優奈は雅人からそれとなく視線を外して、余裕ぶった声を必死に演出する。
「あ、当たり前だよ。まだそんなに遅い時間じゃないよ」
「そうだけど、つい最近倒れたばかりなんだから無理をするなって言っただろう」
眉をひそめた雅人だったが。
特にそれ以上何も言わず、ただ優奈の頭を撫でた。
”お待たせ”とでもいうような手つきは、やはり疑いようもなく”妹”扱いだ。
「何か食べてた? いい匂いがしてるな」
ダークブラウンの革靴を脱いで、大理石の玄関からフラットに続く廊下を優奈の肩を抱き寄せるようにして進む雅人。
(こ、この触り方はどうかと思うなぁ? 期待しちゃうなぁ?)
とは思っても口に出来ないでいる間にリビングに行き着いた。
キッチン、ダイニング、そしてここリビングは仕切り無く見渡せてしまうので。
もちろん雅人の目には優奈が荒らしたキッチンの姿が見えてしまっている。
ここで、『何をこんなに散らかしてるんだ』とか怒ってくれたなら優奈としては大変有り難いのだけれど、雅人は何も言わず荒れ果てたキッチンを凝視している。
「あー、あはは。まーくんにサンドウィッチ作ったんだけど……ごめん。思ったより悪戦苦闘して片付けが終わって無くて」
「……いや、それは構わないんだけど」
そう言いながらも、それ以上に何も話してはくれない。
「勝手に使ってごめんなさい」
「それも構わないよ。優奈だってここで暮らすんだから好きに使っていいんだよ」
「……うん」
口数少ない雅人が視線を動かし、今度はテーブルに置いてある、どう見てもキレイには盛り付けていないガタガタの断面、中身が飛び出てしまったサンドウィッチをジッと眺めている。
お皿にキレイに並べたつもりが、倒れてしまっているものもあって。
見た目だけで判断するならば、これは間違いなく不味いのだろうなと優奈は内心ビクビクと雅人の様子をうかがう。
ネクタイを緩めて、ジャケットを脱ぎ「俺が食べて良いの?」と、どこか恐る恐るといった感じで優奈に訊ねる雅人。
「え? うん。まーくんに作ったって言ったでしょ」
(まさか、こんな不味そうなものを疲れてる俺に食えってか? 的な静けさなのか?)
そんな優奈の不安などよそに。
「そ、そうか。優奈が、俺に作ってくれたのか! お前が作ったものを食べれるのはいつぶりだ? 高校生の頃チョコをくれたけどそれ以来か?」
ぱぁぁ! と、弾けるような笑顔を浮かべていそいそと洗面台へ向かって、どしどしと早歩きで帰ってきた。
手洗いをしてきたんだろうが、手がちゃんと拭けておらず濡れたままだ。
「優奈、お前はもう食べたのか?」
「う。ううん。作るの時間かかちゃったから」
答えると、いまだニコニコと笑顔のままの雅人はこっちへ来いと優奈を手招いた。
「おいで、一緒に食べよう」
「……まーくん、食べれそう? ほらここ二日全然まともに食事してそうになかったし」
「今日は早く帰れたし、何より優奈が作ってくれたなら腹が減って無くても食べる」
きゅん、と優奈の胸が熱くなった。
そういえば、さきほど雅人が口にしたバレンタインのチョコ。
当たって砕けた、最後だったはずの告白。
あの直前に渡したチョコも、その前の年も、もっと前も。
こんなふうに大袈裟に喜んで食べてくれていたっけ。
だから不器用な優奈も、少しでも美味しいものを作りたいと努力できていたんだっけ。