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小鳥のさえずりで私は意識を覚醒し、窓辺から差し込む暖かな朝の日差しに照らされながら目覚めた。
これは夢ね? だって常闇である夜の国に朝陽が昇るわけがない。
私は起き上がると窓辺に行きカーテンを広げる。
「夢じゃなくって良かった。ここは間違いなく夜の国だわ……!」
窓の先には、夜の国の城下町の姿が見渡せた。全体的に廃れたような家屋や商店が目立っていたけれども、早朝だというのに多くの獣人達が活発に街中を往来している姿が見えた。時折、笑い声も聞こえてくる。
私は空を見上げ、瘴気の小さな黒ずみも見えないことに喜びを感じながら朝陽に目をしかめた。
「清々しい朝ね……」
その時、寝室のドアが勢いよく開けられ、そこから活発な少女の声が響いて来る。
「おはようございます、聖女様!」
そこに現れたのは兎のメイド。名前はメルルだ。彼女は無邪気な笑みを浮かべながら軽やかな足取りで私に歩いて来る。
「お目覚めでしたら、このメルルがお召し替えをお手伝いさせていただきますね⁉」
メルルはニコニコと笑いながら着替えのドレスを持ちながら私の返事を待っていた。
最初に会った時とは大違いね。あの時は白くて長いうさ耳は怯えたように震えていて、名前すら教えてくれなかったのに。
今では好意を持って接してくれるどころか、ルーク以上に甘えてくることもあるので正直、対応に困る時もあった。
「もうちょっと微睡んでいたいから、メルルは下がっていてくれて大丈夫よ。着替えも自分でするから」
「そうですか? それではメルルは退出しますね。朝食のご用意はもう出来ておりますのでお早くいらしてください! ルーク様が寂しがるとおもいますので!」
「もう、メルルったら!」
私が笑いながら怒った演技をすると、メルルはペロッと舌を出しながら部屋を出て行った。
「あれからもう一か月か。最初はどうなるかと思ったけれども、何とかなるものね。まさかメルルとまで仲良くなれるなんて、来た当初は思いもしなかったわ」
沼地の瘴気を浄化し、村人達と祝いの宴を楽しんでから一か月以上の時間が流れていた。
あの後、王都に帰還した私達を待ち構えていたのは王都中全ての獣人達による大歓声だった。
ベルさんが私達が帰る前に先んじて村の瘴気が浄化された報せを王都に届けたらしく。その事実を知った王国中の獣人達は歓喜したのらしい。
私が人間で、しかも聖女であることも知らされていたようだったけれども、出迎えてくれた獣人達には微塵の憎悪の念も畏怖も怯えの色も見目なかった。宴を開いてくれた村人達の動揺、友愛の色を瞳に輝かせていた。
凱旋パレードさながらの大賑わいで、街は獣人達の笑顔と歓呼に包まれていた。
「聖女ミア様、是非とも王都の瘴気も浄化してください!」
とある獣人の女性にそうお願いされた私は、城に戻る前にさっそく浄化魔法を放った。
最上位浄化魔法女神の息吹によって、王都上空の厚い瘴気の雲は消滅し、たちまち街中に陽の光が降り注いだ。
そればかりか王都周辺の森林地帯の瘴気も晴れ、噂は事実であることを私は証明してみせたのだ。
光を浴びた獣人達は感涙にむせぶと、次々に天に向かって吠えだした。それこそが獣人達の歓喜の遠吠えであり、彼等にとって最高の感謝と喜びの気持ちを表す行為であることは、後にルークから教えられた。
その晩、王都では祝いの宴が催された。
流石の私も疲れ果てていたので、その時の宴は顔見せ程度で終わらせて早々にベッドで惰眠を貪らせてもらった。
翌朝、目覚めても宴は続いていた。彼等の喜びようは相当なものだった。生まれて初めて浴びる光と、瘴気も魔物もいなくなった世界に興奮と感動は留まることを知らない様子だった。
私はその感動を王国中に住まう全ての獣人達にも味わってもらいたくて、連日、一日の休みも挟まずルークと共に王国中を駆け巡った。
ルークの転移門のおかげで、移動による疲労が無かったのが幸いだった。代わりに莫大な魔力を消費する転移門をルークに何度も使わせてしまって、彼には相当負担をかけさせたことだけは気がかりではあった。
「ミア、オレは協力を惜しまんから、お前は何も気にせずお前のやりたいことを全力でやればいい」
ルークがそう背中を押してくれたこともあり、私は彼の好意に大いに甘えさせてもらった。
「さあ、今日も村や街の瘴気の浄化に向かいましょう」
だが、次の瞬間、私は立ち眩みを覚えた。倒れそうになるも、傍に合ったベッドに倒れ込み難を逃れた。
「流石に魔力を使い過ぎたみたい。魔力切れを起こしかけているのかもしれないわ」
眩暈と片頭痛に目をしかめる。一瞬でも気を抜くと、身体が鉛の様に重く感じられた。
過重労働で体力を消耗し意識を失うのと同様に、魔力も使い過ぎると同様の症状を引き起こすことがある。時には過呼吸に陥り内臓不全を起こしてそのまま死に至るケースもあるのだ。
自分の想像以上に疲労が溜まっているように思えた。今まで故国で何の苦労もせず、お姫様をやっていたつけが回って来たのかもしれない。
昨日まで私は頑張って来た。ちょっとだけ、一日くらいなら休んでもいいかもしれない。
しかし、そう囁きかけて来た悪魔の言葉を私は一瞬で振り払った。
「今、こうしている間にも何処かで瘴気に苦しめられ、私の助けを待っている人達が大勢いる。この程度の疲れで弱音なんか吐いていられないわ……!」
私は自分に気合を入れ、立ち上がると、素早く身支度を整えた。
「よし、私、頑張れ!」
鏡に映った自分に発破をかけるようにエールを送ると、私はベッドに二度寝したいという誘惑に抗いながらドアに向かった。
すると、私がドアノブに手をかけようとすると、こんこん、と優しくノックされる音が響いてきた。
「どなたですか?」
「オレだ。入ってもいいか?」
「ルーク? 今、開けるわね」
ドアを開けるとルークが佇んでいた。いつもの穏やかな表情を浮かべていて、顔からは感情を読み取ることが出来なかったが、パタパタと上機嫌に動いているモフモフの黒尾を見る限り、今朝は何やらご機嫌な様子であることが一目で分かった。
「どうしたの?」
「ミア、今日は一日休みにしよう」
「え? でも、私、一日も早く夜の国から全ての瘴気を浄化したいから、休んでいる暇なんてないわよ」
すると、ルークは右手をこめかみに置くと、辛そうに顔を歪め始めた。
「すまない。連日、転移門の使い過ぎでオレの方が魔力切れを起こしかけているようなのだ。ミアには申し訳ないが、オレの魔力回復に一日だけ時間をくれないか?」
ルークはそう言うと、片目でチラッチラッとこちらを見て来る。
何だか怪しいわね? さっきまでは元気に黒尾をぱたぱたさせていたのに、獣耳だってピンと立っていて元気が有り余っているようだった。
私はハッとなる。もしかして、私を休ませるために一芝居打っているのかしら?
まったく、ルークったら演技が下手ね。でも、とても優しい嘘を前に私は自然と頬が緩んだ。
もしかしたら、ルークの眼には私が疲弊しきっているように見えたのかもしれない。
だとしたら、ここはルークの一芝居に乗りかかることにした。
「それなら仕方ないわね。ルーク、今日はお休みして一緒に過ごしましょう?」
「そうか! ならちょうどいい。今日は一緒に街に繰り出そう」
二人で一緒に街に行く?
まさかそれって、デート、ってやつですか⁉
たちまち私の鼓動は高鳴るのだった。