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◇
処罰が言い渡された翌日、フリーデは一人、砦の地下牢を訪れた。
階段を下るたび、湿気と錆の臭いが強まる。灯りは揺れる松明だけ。足音が石床に吸い込まれていく。
目的の牢の前で、彼女は立ち止まった。
そこにいたのは、かつて夫と呼んだ男トニー。
壁にもたれ、俯いて床のシミを数えているようだったが、フリーデの気配に気づくと突如電源が入った人形のように顔を上げる。
無精ひげが伸びており、目の下には濃いくまが見える。
彼は立ち上がり鉄格子の前に立つと、フリーデのことを母を見るような、どこか甘えたような目をする。
「フリーデ……! 来てくれたのか、ありがとう!」
鉄格子に縋るように寄りかかるトニー。その声は地獄でメシアを見つけたかのように弾んでいる。
彼にも既に処罰の内容は伝えられており、彼女が来るまではどん底の気持ちだっただろう。
「頼む、なんとかしてくれないか。君だけ罰金で済んで、私だけ人生終わりっておかしいよ。夫婦だろ、お願いだ……君とやり直したいよ」
その必死な姿を見てフリーデは冷静になってしまう。前ならば可哀想だ、なんとかしてあげたいという気持ちで一杯だった。だが、今は自分勝手な、ただの哀れな男に見える。
怒られれば反省を口にして必死に許しを請うが、喉元をすぎるとすぐにギャンブルに走って同じ失敗を繰り返す。
夫婦熱が冷えきってしまったフリーデは、無言で彼を見つめ続ける。目に宿るのは、同情でも怒りでもなく、なぜ私はこの人を好きだったのだろうか? という疑問。
「……もう、あなたを助けることはできません。私は差し押さえ処分になったのです。借金の返済が終わるまで、王子の所有物になったという意味です」
「いくらか知らないけど、君ならあっという間に借金なんて返せるだろ? アイゼンヴェルグ家の力を使ってさ」
誰のせいでこんなことになったのか、まだ理解できていないトニー。彼の思考の中には、いつも誰かがなんとかしてくれるという他力本願な甘えが染みついていた。
「…………私はコツコツと自分の力で返済していきます。家の力は借りません。いえ借りられません」
「そんなこと言われると困るよ。……わかってる、君が怒っていることは。でもあれは、ドリコに命じられて嫌々やらされていたんだ。私も奴にギャンブル依存症に落とされた被害者なのに、その辺の事情を無視して……あのデブ王子め、やっぱり悪王の子は悪だよ」
フリーデはラウルのことを悪く言われた瞬間、カッと頭に血が上り、鉄格子を叩く。
「王子の悪口を言わないでっ!! どん底の私を救ってくださったのは王子だけなんです! 王子がいなければ、私は今頃あなたに撮影されながらおぞましいことをされていた!」
彼女の叫びは、ヒステリックとも言えるほど激しく、地下牢の奥まで反響した。
フリーデは震える両腕で自分を抱きしめながら、トニーを睨みつける。その瞳は小刻みに揺れ、心の深くに刻まれたトラウマを物語っていた。
今まで一度も見たことのない激昂っぷりに、トニーも思わず言葉を失う。
「す、すまない。君はまだ精神が落ち着いていないんだよ」
「いえ、落ち着いています。私は仕えるべき主人を見つけました。あの方が次代の帝国の王となれば、帝国民は皆幸せになれます」
「フ、フリーデ?」
「優秀なだけの第一王子や、傲慢で真の無能王子である第二王子ではダメ。やはりラウル王子こそ、人の苦しみを見抜いてくださる。あの方こそが次期リガルド帝王に相応しい、希望の光です」
トニーは、元妻の目に怪しい光が浮かんでいることに気づく。
「も、もしかして君、洗脳を受けているんじゃ?」
「唐突な陰謀論はやめて下さい。それに例えそうだとして、帝国騎士が王子を敬愛することに一体何の問題が?」
トニーはそこで気づく、フリーデの一度壊されたメンタルが救いを求めて、過剰に王子を崇拝してしまっているのだと。
それによくよく格好を見ると、彼女は普段着ないような大胆なハイレッグ型のインナー姿。王子が好みだと言っていたもので、あの冷静だったフリーデが男性の趣味に合わせにいっているのだ。
彼女に心の傷を負わせてしまったのは、誰のせいでもない。全て自分のせいである。
「絶対、君は王子に洗脳されていると思う。恐らくドリコとはまた違った方法だ。じゃなきゃ君がそんな格好をするはずがない」
「トニー本当にやめて。私は王子に忠誠を誓っているんです。王子に気に入っていただきたい」
彼女の声と吐息は、どこか色気を帯びている。
思わずトニーは生唾を飲み込むも、慌てて否定する。
「君はそんな男に媚びるような女性じゃないだろ!」
「……トニーあなたに私の何がわかるのです? 結婚してからロクにデートもしていない」
「それは……君も私も忙しかったし……」
「仕事ではなく、ギャンブルでしょう」
「そうだよ……君をほったらかしにしてカジノに行っていたのは事実だ。勝った日は豪遊して、娼館に行ったこともある。それが後ろめたくて、君を抱けなかった」
フリーデは小さく息をつくと、懐から小さな箱を取り出した。蓋を開けると、中には銀の指輪がひとつ。
かつて、トニーが買ってくれた唯一のプレゼント。
彼女はその箱を、鉄格子の隙間からそっと置いた。
「……あなたに返しておきます。たった一度だけ、あなたが私のためにしてくれたことだから」
トニーはしばらく、指輪を見下ろして動かなかった。
「わ、私は受け取らないよフリーデ!」
「好きにしてくれて構いません。さようならトニー、私はあなたのママではありません」
「待ってくれフリーデ! 目を覚ますんだ!」
「目を覚ますのはあなた。ギャンブルから早く抜け出して……。今度大事な女性ができたら、その人は傷つけないであげて」
「フリーデ! フリーデ!! 行くな私を置いていかないでくれ!!」
地下牢にトニーの叫びが木霊した。
コメント
1件
うわっ、第83話…とうとうフリーデがトニーと完全に決別したね。鉄格子叩いて叫ぶシーン、めっちゃ胸にきたわ…「王子の悪口を言わないで!」ってあそこまで激昂するフリーデ初めて見たし、それだけ傷ついてたんだなって。トニーの「洗脳されてる」発言も完全に的外れじゃなくて、フリーデのラウルへの崇拝がちょっと危うい方向に行ってる感じがゾッとした。最後に指輪置いて「私はあなたのママではありません」って言い放つとこ、最高に決まってた。トニーの末路、これで終わりじゃない気もするけど…いい回だったわ、ありんすさん🔥
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宮毘羅
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