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宮毘羅
20
◇
1週間後――
帝国労働者証を剥奪されたトニーは釈放が認められ、自分の手に唯一残った指輪を見つめる。
家も私財もほぼ全て妻のものであり、自分の物はほとんどない。服と……仕事で使っていた、いくつかの大工道具。それらも釈放と同時に、鞄にまとめられて看守から手渡された。
フリーデがまとめておいてくれたのだ。
彼女に感謝を伝えたくても、接触禁止命令が出ているため会いに行くことはできない。
彼はその足で質屋へと向かうと、仕事道具と指輪を金貨4枚と銀貨13枚へと換金する。
足元を見られた値段だが、質素倹約すれば数ヶ月は持つ。少なくはあるが、人生をやり直すにはこの金でなんとかするしかない。
トニーは最後までフリーデに助けられるのかと自嘲する。
「どこか別国に亡命するか……どのみちリガルドで働けないならよそに行くしかない……」
だが、入国審査で前科者とバレれば、どの国も受け入れてくれないだろう。偽造身分証を買うしかない。
「いくらだろう、ギデオンやトリスタンの身分証だと高いだろうな。ガレスなら手持ちでも買えるか……」
己の身の振り方を考えていると、彼の足元に小さなビラが転がってくる。拾い上げると『マジックカジノ、スーパーイベント中!』と書かれている。
「…………」
それを見た瞬間、全身の毛が逆立った気がした。
体がヒリつく、絶対失ってはいけない金を賭けたギャンブル。勝てば生存、負ければ死亡。
幸運の女神を振り向かせることができるか。いや人生を逆転させるには、ここで勝つ以外に方法はない。血液が沸騰するような熱感。指先の震えを感じながら、逆境を背負いし男は己の人生を賭けて賭場へと向かう。
3時間後――
男はあっさりと敗北し、全てを失った。
素寒貧になった後、スロット台の前で泣きわめきカジノの警備につまみ出された。
「終わった……」
結局自分の衣服も鞄さえも質に出してしまい、残ったものは今着ているものと、余った銀貨3枚だけ。
地道に仕事だけをしておけば、恐らく自分はまだ富裕層区の屋敷の中で、美しい妻と一緒にいられたはずだったのに。
しかし彼は気づいていた、どうせこの後悔もまた金を手に入れたら忘れ、ヨダレ垂らしながら賭場に向かうのだろうと。
「これはもう悪い夢だ……。起きたらきっと私はまだ学生でベッドの中にいるに違いない」
そんなありえない現実逃避をしていると、カッパカッパと馬車の音が近づいていくる。
漆黒の車体に金色の帝国の紋章が輝く。ひと目見てわかる王族専用の馬車。
馬車はすぐ近くで停まると、自分を処罰したデブ王子と、その後ろから元妻のフリーデが姿を現す。
トニーは、いつもと雰囲気が違う元妻をしげしげと見てしまう。
帝国騎士として戦うため、短く切られた金色の髪。
卵型の小顔には薄く化粧をしており、すっと通った鼻筋の下には上品なピンクの唇。
彼女は見たこともない肩と背中をむき出しにした、見るからに高そうな白のドレスを着ており、丈の短いスカートから露出する白い脚がセクシー。
買い物後なのか、パールと書かれた紙袋を持っている。
トニーはそれが、有名な下着店のものだとは気づいていなかった。
彼女の表情はどこか恥ずかしげで、王子に手を引かれながら歩いていく。
どこに行くのかと二人をつけると、彼らはスイーツ屋台の前で停まり、そこで大量のパフェやケーキを購入。
デブ王子はテラス席で、むしゃむしゃとそれらを食い漁っていく。
「すごいスピードだ……ケーキは一口、パフェは飲み物のようにたいらげていく……」
その食欲に引いていると、対面の席に座っているフリーデがクリームにまみれた王子の顔をぬぐう。
『王子、がつつかなくてもなくなりませんよ』
『次の移動先が決まってしまったからな、ここで食べられるのは今日で最後だ』
『急ですね』
『国境付近に黒竜と呼ばれるモンスターが出てきているらしい。各国の代表が対策をねっているのだが、兄上がなかなかやらかしていて話が進まないらしい』
『それで王子がかわりに呼ばれたのですね』
『その通り』
『その……私は連れていってもらえるのでしょうか? 王子と離れると、仕事ができなくなってしまうのですが……』
『あー確か差し押さえ中は、何でも俺の許可がいるんだっけ? そのへんうんまいこと出来ない? 全部許可したって体で』
『…………難しいですね』
『そっか、難しいか~。じゃあ騎士として一緒に連れていくか』
『ありがとうございます』
連れていくと言われたときの彼女の安堵の表情。とても所有物にされてしまった女性とは思えない。
『王子、もしも私が弁済金を一気に支払ったらどうなるのでしょうか?』
『そりゃもう釈放よ。俺についてまわる必要もない。帝国軍人として復帰』
『…………ゆっくり数年かけて返済したいと思います』
『なんだ? そなた実は金なかったのか? いや、トニーに使い込まれたのか?』
『いえ、そういうわけではないのですが、自由に動かせるお金がありませんので』
聞き耳をたてるトニーは、そんなわけがないと気づく。
彼女の資産ならば、翌日にでも弁済ができるはずなのに、意図的にしていないようだ。
『意外と騎士って苦労してるんだな。父上に給料のこと話してみるわ』
『い、いえ、本当にお給金に関しては全く不満を持っていません!』
『そうか……期限は10年くらいあるから、ゆっくりで構わぬが、それだとムカム島暮らしになるぞ』
『海が美しい場所だと、他の奥方から聞いています』
『南国の島で良い場所だぞ、それは間違いない』
『……楽しみにしています。あとハーレムがあるとも』
『う~む、あれは景観を壊すから透明化させていることが多い。真ピンクの建物で、ほぼラブホだ』
『それは是非一目見たいですね』
『構わぬが、建物の中に入るには俺のハーレムに入るしかないぞ。関係者以外立ち入り禁止だ』
『……入れてもらえるのですか?』
『ママ上達と仲良くできるなら入れても良いが……。そなた王族のハーレムに入る意味わかっておるか? 結婚とほぼ同義ぞ』
『はい、勿論です』
トニーが見たこともない表情で微笑むフリーデ。王子の冗談に合わせてクスクスと笑う姿が、まるで仲睦まじい恋人同士のようだ。
一瞬自分は素寒貧なのに、そっちは楽しそうにしやがってとフリーデを恨みかけたが、もう自業自得で誰かを恨むのはやめようと心に決める。
「彼女は自分の幸せを掴もうとしてるんだ。私も更生……しよう。そしていつかフリーデに私はかわったよって言おう」
そう口にした、その時だった。ドリコのカジノで見かけた男が、ふらりと彼の前に姿を現した。
サノスという中年の男で、カジノの常連客だった。
「やぁトニーさん、こんなところで何を?」
「あっ、いやっ、なんでもないんです」
「最近カジノで見なくなったね、博打やめちゃったの?」
「いえ、その……恥ずかしい話ですが、お金が……」
「全然ないの?」
「は、はい……できればお貸し願えませんか?」
「う~ん、それはちょっと無理だけど、ギャンブルで負けたならギャンブルで取り返したらどう?」
「だから、お金がなくて……種銭がないとどうにも」
「……俺の知ってる闇カジノ教えよっか?」
「闇、カジノ?」
「ああ、ちょっと怖いとこなんだけど、お金なしで賭けさせてくれるんだ」
「お金なしって、それじゃギャンブルにならないじゃないですか?」
「賭けるのは、これ」
サノスはトニーのお腹を指す。
「臓器賭けのギャンブルさ……」
「そ、そんな恐ろしいことできませんよ!」
「部位にもよるんだけど、一個なくても大丈夫な腎臓だと100万。心臓だと2000万貸してくれる」
「に、2000万……。いや、でも2000万で命を賭けるのは……」
「心臓はあくまで例だよ。指とか皮膚とか、死なないとこで賭けていくんだ。俺も背中の皮膚全部めくられちまったけど、700万勝った。トニーさん、賭けるものないなら、もう自分の体賭けるしかないんじゃない?」
「……そう、ですね」
臓器一つ100万。ギャンブルは元手が多いほど勝ちやすい。指や皮膚、最悪片腕、片足、死なずに賭けられる部位は多い。
これが本当の生死を賭けた戦い。
胸の奥で、心臓が高鳴るのを感じる。
このヒリつき、始まる前から脳内にドーパミンが大量に出ている。
どうせこのままだと死んだようなものなのだ、ならば己の命をベットして大勝負に出るのも悪くない。
「すまないフリーデ、私は多分一生更生なんてできないみたいだ」
そう呟き、トニーはサノスと共に闇カジノの入り口へと消えていった。
◇
その後、トニーの姿を見たものは誰もいない。
しばらくして――帝国騎士団が違法闇カジノを摘発した際の報告書が提出された。
人生の後が無いプレイヤーたちに臓器を賭けさせ、ゲームをプレイさせていたとのこと。
冷蔵庫の中には、血液が付着したラベル付きのパックがいくつも並んでいたという。
【トニー/30代男】と記された箱からは、心臓や眼球など、合わせると人間一人分の臓器が発見された――と。
4章 了
コメント
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第84話「末路 Ⅱ」読み終えたよ〜😭💦 トニーが「更生しよう」って一瞬思ったのに、またギャンブルの誘惑に負けて臓器賭けに消えていったの、もう胸がギュッてなった……。フリーデが王子と楽しそうに笑ってるシーンと、ほんとの最後の冷蔵庫の描写の温度差がやばすぎる!「心臓や眼球、合わせると人間一人分」って一文で全部終わらせるのエグいよ😭✨ 4章了お疲れさまです、ありんすさん!次も楽しみにしてます🌸