「佐野さんベータの恋人いらっしゃるって本当ですか?」
…まずい。目が回るような感覚が俺を襲う。
「佐野さんからアタックまでして付き合ったって聞きました。」
空気が甘ったるくて頭がクラクラする。頭を振って周りの空気を払おうとすると余計まとわりついてくる。
段々と熱くなってくる心臓を押さえる。初めての感覚だったが、これが発情しているってことだと分かる。
最近仕事でよく一緒になるオメガの人。
“よく”と言っても2人きりで話したことはない。だけど俺のことをいつも見てるなとは感じていた。
まさか発情期に抑制剤なしで迫ってくるほど非常識な人だとは思わなかった。
こんな手段で俺のことを振り向かそうとするなんて。
「なんでベータと付き合ってるの?」
なんでベータ“なんか”と、というふうに聞こえた。失礼極まりない。
幸い、この人にはメンバーと付き合ってる情報までは届いてなかったか。
「アルファはオメガと結ばれるべきなのに。でしょ?」
「そんなこと…っ。」
しっかり否定したいのに頭が回らない。
しくったな。
幼い頃から一緒に仕事する方々はみんな大人だったから、自分たちで性の調整をしてくれてた。その環境に慣れてしまっていた。
マネージャーはプロデューサーさんと打ち合わせで別部屋にいるし、ベータだからこの匂いには気付かない。
助けを呼ぼう、逃げようと思っても体は言うことを聞いてくれない。
自分がアルファなんだと思い知るのがこんな時だなんて。結局アルファの性には勝てないのか。
「ずっと佐野さんのことが好きで…」
どこかで聞いたことあるフレーズ。
あぁ、俺が仁人に最後の告白をした言葉だ。
好きなのに。大好きなのに俺は裏切るのか。
脳裏に仁人が浮かぶ。
「やっぱり勇斗はアルファなんだよ。」
仁人は笑ってるのに軽蔑の目で俺を見ている。
今は6月だ。この時期に仁人を裏切りたくない。
「違う、違…っ。」
仁人、聞いてよ。本当に仁人のこと大好きなんだ。お前が俺のこと好きになってくれれば何もいらない、本当に。
発情している俺を見て目の前のオメガは不敵な笑みを浮かべてる。熱い空気がより体にのしかかる。
寒気がする。仁人に会いたい。抱きしめてほしい。俺怖いよ。仁人助けて。