ズダン!
早歩きをしていたモートは凍っている歩道で雪の塊を踏んでしまい派手に転んでしまった。
「あら……モート。大丈夫ですか?」
転んでいるモートに優しく手を差し伸べたのは、大学でたまに話し掛けてくるアリスだった。
「それにしてもモートって、いっつもクールで無口よね。なんだか存在が薄いというよりも存在していないって感じがするの。だって、雪で滑って派手に転んだ時でも表情一つ変えないんだし。痛くないのかしら?」
もう一人の女性。シンクレアも音楽室でモートに時々話し掛けてくる人で、モートに手を差し伸べていた。
「そうね。私たち以外は、誰かに名前を呼ばれた時とかもあまりないみたいですし。ほんと不思議ですね」
アリスは大学でも有名な貴族の出身で、美人だが病弱で非社交的なせいか深窓の令嬢と呼ばれていた。
シンクレアはアリスとは仲が良いが対照的だった。シンクレアは健康的な美人で、貧乏な家柄の出だったが、物事をどんな時にも、はっきりと言う性格だった。モートは彼女を周りと打ち解けやすいか、逆に打ち解けにくいかのどちらかの存在だと考えていた。シンクレア自身は、人一倍勝ち気なだけだと思っているのだろうとモートは考えた。
雪の降り積もる歩道から、モートは二人から起き上がらせてもらったが、薄く苦笑いをした。そんなモートを二人は物珍しく眺めていた。
「全然平気そうですね……それにモートって、いつも気が付いたら隣の席にいるって感じですよね。隣の席にいても、なかなか気が付かない時もありますけど……」
アリスはそんなモートに微笑んでいた。
もうすぐクリフタウンだ。
モートは前方を見ると大学はすぐそこだった。
モートは二人に手を引かれて、正面の所々凍った古い石階段を登って行った。モートは派手に転んでも痛みはあまり気にしない性質だった。感覚が鈍麻しているのか。それとも、もともと痛みを感じないのか。そのどれもが、わからなかった。
アリスがモートの手を引いて、前方を歩き。
シンクレアもモートの背中を支えてくれたりしている。
「ちょっとー、お尻がずぶ濡れよー!」
降り積もるほどの大雪が、空から舞ってきた。
アリスとシンクレアと一緒に石階段を登りながら、モートは俯いて再び苦笑いをした。あまり女性とは関わりたくはなかったのだ。モート自身はいつもは人を見る時は魂の色だけで見ているので、人の存在は、魂だけの存在だった。
赤、青、黄色、黒、白と五種類の色だけで女性を判断していた。女性はただ幸せに笑っていればいいとも思っている。
黄色の色の魂の時だけがモートにとっては一番好ましく。手間がかからない。
だが、モートはアリスにただならぬ空気を抱き始めていた。
ゆっくりと注意深くアリスの方を向き。
魂の色を観察すると。
アリスの魂の色は今は白だった。妙だなとモートは思った。鼻をポリポリと掻いて、今夜アリスの家に訪れてみようかと思案した。
何故、魂が目に見えるのかはわからない。けれども、魂の色の区別は、モート自身体験的に分かったことだった。赤が危険。青が普通。黄色は喜び。黒が罪。白は善意だった。
黒い魂が関係しているのなら、その時は……狩る……ということをする。
黒の魂の狩りは、 モートにとって、この世界を何も知らない盲目的な人生で、唯一残された救いであった。命を狩ることは、作物の収穫のようなものだった。
ただモートが女性や子供を狩ることはない。真夜中では何故か狩ることを躊躇してしまうし、罪を犯すこともあるが、大抵は許容範囲内で済ませていた。
モートは真夜中で罪人以外のいわゆる邪魔者も狩ろうとした時もあるが、美術館のオーナーに固く禁止されていた。
その日の夜。
ノブレス・オブリージュ美術館のサロンで、着飾った人々の談笑を質素な椅子に座りながら聞き流していたモートは、閉館時間まで辛抱強く待った。
徐々に人々が帰り始め。閉館時間が迫る。いつもの黒い服装を着たモートが様々な武器が描かれた壁画からずっしりとした大鎌を静かに取り出すと、お客の接待や挨拶などを終えたオーナーが大扉から歩いてきた。
モートは一枚の絵画に向かって、「母さん。行ってくるよ」と抑揚がない一声をかけた。
オーナーもモートの傍に心配して寄って来た。
モートの背中に手を押し当てて忠告をした。
「くれぐれも罪人以外は狩ってはいけませんよ。さあ、御行き。この街の夜にはあなたがどうしても必要なのよ」
ここホワイトシティは、夜になるとその風貌が一変する。
平和な街だが遠い国からあらゆる犯罪が流入してきていた。
美術館の外は、凍える夜風に乗って粉雪が舞う。狩りの夜には、決まって夜空に真っ白な満月が浮かぶのだ。まるで、のっぺりとした無表情な顔の月が街全体を見下ろしているかのようだ。
モートはノブレス・オブリージュ美術館の屋上から、空を見上げて呟いた。
「今日は、なんだか不思議な月だ……」
モートはアリスの家まで空を勢いよく飛翔した。
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