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クラッセル邸。
時はさかのぼり、夏季休暇が過ぎて一か月が経った頃。
私、マリアンヌは演奏室にいた。
ピアノの椅子に座って、私は大窓から見える外の景色、庭師が手入れした庭園を眺めながらロザリーの事を考えていた。
ロザリーが学校の演習で一週間友達の家に泊まるなんて聞いてない。
あの子がそんな大事なこと、直前に言い出すなんておかしい。
私はそうお父様に意見したのに、『とりあえず一週間待ってみよう』なんて悠長なことを言われた。
(もし、町で誘拐されてたら……、ああ、なんてこと!)
その一週間は過ぎ、一か月も経っている。
けれどもロザリーが屋敷に帰ってくるという知らせは全くない。
「マリアンヌさま、昼食の時間です」
「……いらない」
「そう言って、二日も食事を抜いているではありませんか!」
「ロザリーが帰って来ないんだもの。心配で喉も通らないわ」
「ロザリーさまは学業に励んでおります。マリアンヌさまが心配することはありません」
「でも……!」
「今日は喉が通らなくても、食堂へ連れて行けと旦那様に命じられています。さあ、行きましょう」
「……分かったわ」
食欲はわかないのだけど、メイドにそう言われては仕方がない。
食堂にはスープとパン、果物が要されていたけど、私はスープだけを飲み干し、食事を終えた。
「マリアンヌさま、それでは身体を壊して―ー」
「私の事なんてどうでもいいの!! ロザリーは、いつ帰ってくるの!!」
「そ、それは……、私には分かりません」
「ご、ごめんなさい! 私、貴方に強く言うつもりはなかったの」
私の体調を心配されても、ロザリーは帰って来ない。
メイドの気遣いが障った私は、カッとなり、声を荒らげてしまった。
「……だめね。私、部屋に戻るわ」
「はい。掃除とベッドメイキングは済んでおります。ご入用がありましたら、何なりとお呼びください」
「ありがとう」
私はメイドに一礼し、私室に入った。
音楽を、ピアノを辞めると決めてからここは客室と変わらない、ただ高価な家具が置かれただけの殺風景な部屋。洋服も三着を繰り返し身に着けているだけ。ただ、時間だけが過ぎている。
(……この感じ、”あの時”と似ているわ)
心にぽっかりと穴が開いている、喪失感。
”あの時”、お母様が亡くなったときと似ている。
血がつながっていなくても、ロザリーは大切な妹、家族なのだと思い知らされる。
「ロザリー……、どうして屋敷に帰って来ないの?」
最後にロザリーに会ったのは、長期休暇の最終日。夜に、彼女は私の部屋を訪れた。
(あっ)
あのとき、ロザリーは”トルメン大学校の制服が欲しい”と言ってた。
今まで、有名校の制服を着てみたかっただけだと思っていたけど、もし、ロザリーの目的がそれだけではなかったら―ー。
トルメン大学校の制服を着て、何か行動に出るとしたら―ー。
私は、一つのことを確認するため、部屋を飛び出し、隣の部屋、ロザリーの私室に入った。
ロザリーの部屋は、紙とペン、本が多く置いてある。
私はそれらには目もくれず、ロザリーのクローゼットを見た。
ロザリーが好みそうな長い丈の、緑、茶、青などの自然色で統一されたワンピース、コートとドレス、白いブラウスと花柄のスカートが並ぶ。
(ない!!)
隅々までクローゼットを確認するも、トルメン大学校の制服はなかった。
学校の友達に見せるために、持って行ったのだろうか? いや、ロザリーはそんな目立ちたがり屋な性格ではない。
「うーん……、あまり考えたくないんだけど」
続いて、私はロザリーの装飾品が置いてある棚を見た。帽子に、バックに、靴。
「……やっぱり!!」
私の髪色に似た、金髪のカツラが無くなっている。
お父様を驚かせるために、用意したカツラ。
私の制服とカツラ。
ロザリーの部屋からこの二つが無くなっている。
「え、まさか、あの子……」
この二つを使って、ロザリーは私に変装してトルメン大学校へ潜入した。
私はその可能性を見出し、絶句する。
でも、それが本当だと決まったわけではない。
「誰か、誰かいる!!」
私はロザリーの部屋を出て、大きな声でメイドを呼ぶ。
彼女はすぐに私の元へ来た。
「いかがいたしましたか?」
「町へ、町へ出掛けたいの! 馬車の用意をして!!」
「お一人で外出するのはーー」
「急いで!!」
「……かしこまりました。馬車の手配をいたしますので、その間に身支度を」
少し経ち、外出用のドレスと化粧をした私は、メイドが用意してくれた馬車に乗り、町へ向かった。
☆
「ロザリーさまは一か月休んでいます」
「そ、そうですか……」
「そろそろご家族に伝えようと思っていたところでした」
「ありがとうございます。私が父に伝えます」
「お願いします」
町へ向かい、私はロザリーが通っている学校へ向かった。
職員室に入り、ロザリーの様子を訊くと、担任の先生が『ロザリーは一か月休んでいる』という事実を私に伝える。
私は担任の先生からロザリーが休んでいた一か月分の授業の進み具合と、宿題を受け取り、学校を出る。
「マリアンヌさま、他に向かう場所はありますか?」
「……屋敷へ戻ってちょうだい」
「分かりました」
御者に次の目的地を問われ、私は屋敷へ戻るよう彼に命じた。
馬車に乗り、受け取った宿題を傍に置く。
「ロザリー……、貴方って子は!」
ロザリーは私たちに嘘をついて、首都トゥーン、トルメン大学校へ行っていた。
その事実を知った私は、額に手をやり、深いため息をついた。