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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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長期滞在のわりに、レイの荷物は少なかった。



部屋が整然とすれば、余計にそれを感じる。



私はふすまをノックしようとした手を止め、深呼吸した。






今日、起きてすぐレイと遊園地に行った。



前に杏と佐藤くんと行った遊園地に、一緒に行こうと誘ってくれたのはレイだった。



台風が去ったばかりだというのに、また別の台風が近付いているせいで、一番大きなジェットコースターは止まっていた。



だけどほとんどの乗り物はちゃんと動いていたし、前に入らなかったお化け屋敷にも入った。



入口で動けない私を、レイが面白がってぐいぐい押すから、本気で涙目になったし、「やめて」と叫んだ。



私たちはどちらも、今晩に迫ったさよならの話はしなかった。



寂しさはたぶん雪崩に似ている。



一度感じてしまえば、息もできないほど押し潰されそうで、私は遊んでいる間中、ずっと笑っていた。






気持ちを落ち着け、ふすまをノックする。



『レイ、ごはんできたよ』



声をかけてすぐ、目の前でふすまが開いた。



『ありがとう、ミオ』



レイは私を見て柔らかく微笑み、一緒に階段を下りた。



夕食はレイの好物の、豚の生姜焼きだった。



けい子さんがレイのリクエストに応えてくれて、おじさんも仕事を夕方で切り上げて帰って来てくれた。



ふたりはしきりに「レイがいなくなると寂しくなる」と口にする。



レイはいつもの笑顔を向けていたけど、向いの席に座る私は、どうしても笑うことができなかった。







食事を終えても、だれも台所を出ようとしなかった。



お茶を飲み、今度はコーヒーをいれて、私たちはずっと他愛もない話をしていた。



壁時計の針が少しずつ回り、それに合わせて言いようのない苦しさが増していく。



『すみません、そろそろ荷物持ってきますね』



時計の針が12時前を指したところで、レイが席を立った。



レイの乗る電車は、午前0時21分発。



東京行きの最終電車だ。



いよいよその時が来たと、私たちは目を合わせ、それから黙った。




もう一度台所に入ってきたレイは、キャリーバッグを手にしていた。



『3か月、お世話になりました。


 皆さんのおかげでとても楽しかったです』



窓ガラスが風で鳴る。



けい子さんと伯父さんが、どちらともなくレイに手を伸ばし、抱擁を求めた。



ふたりは涙ぐんでいたし、私はもう、レイを見ることができなかった。



『ミオも。いろいろとありがとう』



うつむく私の頭に、温かい手が置かれる。




絶対に泣かないと決めていた。



泣きたくなかった。




それなのに涙が溢れてしまいそうで、私は強く唇を噛みしめる。



玄関に見送りに立てば、レイはいつもの笑みで会釈した。



『皆さんお元気で。ありがとうございました』



私たち全員と目を合わせてから、レイは玄関の戸を開く。



入り込んできた空気は、雨の匂いがした。



『待って、傘……』



『これくらいなら大丈夫だよ』



私が言うと、レイはすぐに首を横に振り、霧雨の中に姿を消した。







戸が閉まり、雨の匂いも、その場の空気も動かなくなった。



それに合わせたように、私も立ち尽くしたまま動けない。



「……澪」



けい子さんが私の肩を小さく叩いた。



促されて戻った台所で、伯父さんがゆっくり椅子に座り、けい子さんは後片付けを始めようとする。



廊下からふたりを眺めながら、世界から取り残された気がした。



レイがいないのに、私がここにいる、途方もない違和感。



「……あの」



呟いてもふたりに届かなかった。



私は「けい子さん」と言い直す。



「なに?」



「私……やっぱりレイに傘を届けてくる……!」



「え?


 ……けど澪、もう遅いから……」



けい子さんが困った顔をした時、伯父さんが口を開いた。



「わかった。気をつけるんだよ」



私とけい子さんは同時に伯父さんを見る。



伯父さんは細い目で微笑んでくれていて、私は強く頷いた。







「うん!」



その言葉を置いて、私は台所を飛び出した。






外は依然として霧雨が降っていた。



雨が風に煽られ、傘なんて役に立たない。



それでも私は、レイが使っていた傘を抱えて走った。



だれもいない商店街は、わずかな明かりが雨に揺らめいていた。



息があがる。



心臓が破れそうなのは、全速力で走っているせいなのか、別の感情がそうさせるのかわからなかった。



駅に人はおらず、私は改札を突っ切った。



甲高い警告音がする。



かまわず階段を駆け上がり、ホームで視線を彷徨わせた。



すぐ目に着いたのは、電光掲示板と時計。



その奥に人影を見つけ、傘が地面で音を立てたのと、私が「レイ!!」と叫んだのは同時だった。





















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