テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
朝の光が寝室の窓から斜めに差し込み、冷たい空気の中に淡い金色を落としている。
辺り一面が雪に閉ざされたニンルシーラは、雪の白さのせいか王都エスパハレより町全体が明るく見えた。
リリアンナがウァン・エルダールにあるライオール邸で暮らし始めて半月ほどが経った。
最初は何かにつけオドオドと遠慮がちだったリリアンナも、屋敷の空気や人々の優しさに少しずつ馴染み、笑顔を見せることが増えてきた。
その変化を誰よりも間近で感じているのが、リリアンナの専属侍女のナディエルだ。
椅子に腰かけたリリアンナの背後で、黒髪をきちんとまとめた、いかにも仕事が出来そうな雰囲気のナディエルが櫛を手にゆったりとリリアンナの赤毛を梳いている。
「……まったくお嬢さま、髪が泣いてますよ」
からまった部分で櫛が止まり、ナディエルが小さくため息をつく。
「昨日もお湯あみのあと、髪を濡らしたままベッドに入られたんでしょう? ちゃんと乾かさないでお休みになられると、こんなふうになるんです」
リリアンナはもともとふわふわの猫毛だ。手入れを怠るともつれやすい。
「ごめんなさい、ナディ」
リリアンナは申し訳なさそうに笑い、鏡越しにナディエルの顔を見遣る。
「でもね、私ナディに髪の毛を梳かしてもらうと……凄く幸せな気持ちになれるからつい甘えたくなっちゃうの」
だから自分では手入れをおろそかにしがちになってしまう。
そんなニュアンスを込めてぺろりと舌を出すリリアンナに、ナディエルは少しだけ表情を緩めた。
最初のうち、リリアンナはナディエルに髪を梳かしてもらうことにとても遠慮がちだった。何なら自分でやると言って、なかなか世話を焼かせてもらえなかった。その頃を思えば、この変化はナディエルにとっても、とても嬉しい。
リリアンナの言葉に、ナディエルは口元をほころばせると、
「お嬢さまは、怒っても甘やかしても伸びるタイプですね」
軽口を交わしながらも、優しく丁寧に髪を梳きほぐしていく。
背中まで流れるリリアンナの暗赤色の髪は、ゆるやかなウェーブを描きながら窓からの光を受けてきらめいていた。
ナディエルによって耳の後ろで編まれた髪は、薔薇の花のように形作られ、サイドにさり気なくあしらわれた真珠の髪飾りがひそやかに輝く。
ウールウォード邸で叔父一家に虐げられていた時には考えられなかったお姫様扱いを受けながら、リリアンナはほぅっと吐息を落とした。
「ナディ、いつも綺麗にしてくれて有難う」
ナディエルが「出来ましたよ」と鏡越しに声を掛けたと同時、リリアンナはナディエルを振り返って丁寧にお礼を述べた。
コメント
1件