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朝。
窓辺から差し込む光が、
レースのカーテンを透かして
床に淡い模様を描いていた。
イチは、
ゆっくりと寝台から起き上がる。
昨日とは違う――
胸の中に、
小さなぬくもりが残っていた。
手を見つめると、
そこには昨夜まで握っていた
淡い桃色の髪飾り。
指先でそっと触れると、
陽の光を受けて
やわらかに輝いた。
―――
セリーヌの部屋の扉を叩くと、
中からすぐに明るい声が返ってきた。
「どうしたの、イチ? もう起きてたのね」
イチは少し戸惑いながらも、
髪飾りを両手で差し出した。
その仕草だけで、
セリーヌは何をしてほしいのかを悟る。
「まあ……これ、ルシアンが?」
イチは小さくうなずく。
セリーヌは微笑み、
「ふふ、可愛い色ね」と言って
イチを椅子に座らせた。
ゆっくりとブラシで髪を梳く。
ピンクがかった銀色の髪が
朝の光を受けて
まるで水面のように揺れた。
「あなたの髪、綺麗ね。
ルシアンも、この色を見て選んだのね」
イチは鏡越しに
セリーヌの微笑みを見ていた。
心の奥が少しくすぐったくて、
それがどんな感情かはわからないけれど――
悪くない、と思った。
「ほら、できたわ」
セリーヌの手が離れる。
髪飾りは、イチの右側で
小さく光っていた。
鏡に映る自分を見て、
イチはほんの少しだけ目を見開いた。
(……きれい)
声にならない言葉が
胸の中で響いた。
―――
少しあと。
書斎の扉をノックする。
中ではルシアンが
机に向かい書類を見ていた。
扉が開いても、
最初は顔を上げなかった。
だが、
足音が近づき、
ふと顔を上げた瞬間――
ルシアンの目が
ゆるやかに見開かれた。
そこに立っていたのは、
薄桃色の光を髪に宿した少女。
無表情のようでいて、
どこか誇らしげに見える。
「……それ、セリーヌが?」
イチは首を横に振り、
小さく、胸の前で髪飾りを指した。
――“あなたの、です”
ルシアンは一瞬、
言葉を失う。
「……似合ってる」
ほんの少し、
頬が赤くなった。
視線をそらして、
わざと書類に目を落とす。
「……そんな顔で来られると、
仕事が手につかない」
イチは、
その言葉の意味を完全には理解できない。
けれど、
彼の声の中にあった
“嬉しさ”の響きだけは
不思議と伝わった。
机の上に置かれた羽ペンの影が揺れる。
窓の外では、
夏の終わりの風がカーテンをふわりと揺らしていた。
ルシアンは、
少しだけ息を吐いて笑った。
「……ありがとう」
イチは小さく首を傾げる。
彼はその仕草に
もう一度、笑った。
「いや、
その髪飾りを“つけてくれたこと”にな」
イチの指先が、
無意識に髪飾りへ触れる。
光が反射して、
二人のあいだに
小さなきらめきが生まれた。
――それは、
言葉を持たないままの
“心の会話”だった。