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こーの
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第一話:繋愛
暗闇のなか、振り子の音だけが部屋を満たしている。カチ、カチ、と規則正しく刻まれる金属音を聞きながら、僕――仁人は、リビングのテーブルで膝を抱えていた。
時刻は深夜二時を回ったところだ。テーブルの上に並べられた洋風のスープとハンバーグは、もうとっくに冷めきり、表面の脂が白く固まり始めている。
僕の頭の中を占めているのは、「心配」なんて綺麗な感情じゃない。ただ純粋な、底なしの恐怖だ。
(遅い……勇斗、どこにいるの? 僕、何か失敗した? 掃除が足りなかった? それとも、もう僕に飽きちゃった……?)
携帯電話の画面を見る勇気すらない。こちらから連絡を入れることは、勇斗の機嫌を損ねる一番の近道だと知っているからだ。
僕には、勇斗しかいない。
親も、頼れる身内もいない僕を拾って、この部屋に置いてくれたのは勇斗だ。勇斗に見捨てられたら、僕は息の仕方すら忘れて死んでしまう。
その時、重々しい金属音を立てて、玄関の鍵が開いた。
心臓が跳ね上がる。僕は弾かれたように立ち上がり、急いで玄関へと向かった。
「勇斗……! おかえりなさ――」
「……うぜぇな、大声出すなよ」
玄関のドアを乱暴に閉め、入ってきた勇斗は、重い酒の匂いを纏っていた。整った顔立ちは不機嫌そうに歪み、ジャケットを床に投げ捨てる。
そして、その首筋を見た瞬間、僕は息を飲んだ。
勇斗の白い肌には、鮮やかな紫色の痕――僕のものではない、明らかに別の誰かがつけたキスマークが、誇らしげに残っていた。
それだけじゃない。酒の匂いの奥から、僕の知らない、甘ったるい女の香水の香りが漂ってくる。
「……勇斗、それ……」
僕が言葉を詰まらせ、首筋を指さすと、勇斗は冷ややかな瞳で僕を見下ろした。その手が、唐突に僕の髪を強く掴み上げる。
「痛っ……!」
「何まじまじと見てんだよ、気持ち悪い。……ああ、これ? 外でちょっと遊んできただけだよ」
勇斗はニヤリと虐待的な笑みを浮かべ、僕の頭髪を掴んだまま、強引に顔を寄せさせた。
「勘違いすんなよ、仁人。お前は俺の言いなりで、俺なしじゃ生きていけない惨めな奴だけど……俺はお前と違って自由なんだよ。俺が誰とキスしようが、誰を抱こうが、お前には文句を言う権利なんてねぇの。分かった?」
「つ、あ……っ……うん、分かってる……分かってるから……!」
頭皮に走る激痛と、別の誰かの匂いに胸が張り裂けそうになる。悔しくて、悲しくて、涙が零れそうだった。
だけど――勇斗の冷たい手が僕のシャツのボタンを乱暴にはじき飛ばし、鎖骨のあたりを強く肌けさせた瞬間、僕の体は背徳的な熱を帯びてしまう。
「お前は俺だけのものだ。他の奴に見られるのも、触られるのも許さねぇ。……一生、この暗い部屋で俺の帰りを待ってろ」
乱暴に床に押し倒され、首筋に深く噛みつかれる。
痛い。痛くて苦しいのに、僕の心は歪んだ安心感で満たされていく。
(ああ……勇斗は今、僕を抱いてくれている。浮気をしても、酷いことをしても、最終的に帰ってくる場所は僕のところなんだ)
僕は勇斗の背中に手を回し、爪を立てた。
これが、僕たちの狂った世界の「日常」だった。
この時の僕は、まだ知らなかったのだ。
かつて僕のすべてだった親友――「じゅう」が、この固く閉ざされた檻の扉を、あまりにも歪んだ形でこじ開けに来ることを。
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