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「それが天の啓示かと思ったんだけど…さっき男の子がふらりと現れてね、『一瀬雪矢のシークレットライブってここですか?』って聞くんだ。話を聞いたら、君がこの近くにいるって言うものだから。ちょうど君くらいの年齢で、黒髪で…。どっかで見覚えのある顔だなーとは思ったんだけど、すぐいなくなっちゃって」
はっと雪矢さんが彪斗くんに振り返った。
彪斗くんは素知らぬ顔で背を向けている…。
「彪斗の野郎…」
雪矢さんとは思えないような、すごみのある声が聞こえた…。
「ね、同じ事務所のよしみなんだしさ、君がなにかあった時は、全力でサポートするから」
頼むよ、と手を合わせるおじさん。
雪矢さんは戸惑っているけど、もう辺りは雪矢さんが本物だと気づいていて騒ぎになりつつある…。
ここを切り抜けるのは至難の業、ですよね…雪矢さん…。
「じゃもう時間がないから!よろしくね!」
「あっ、ちょっと!」
今度は雪矢さんが引きずられていく。
「え、あ…わたしも…?」
雪矢さんが手を離さなかったから、わたしもつられるけど、
「残念だったな雪矢!オシゴトがんばれよー」
ぐいっと引っ張られ、彪斗くんの胸に閉じ込められた。
「てめっ彪斗っ!!おまえこそ勝手なことしやがって!」
「俺が勝手なのは最初からだよ。ほら女の子たちが待ってるぞ。そんな怖い顔しないで、王子様スマイルスマーイル」
ひらひらと手を振って、まだなにか悪態をついている雪矢さんを見送ると、彪斗くんはニッと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「よし。これで邪魔者はぜーんぶ消えたな」
その悪い笑顔を見て、わたしは思い出した。
そうだ。彪斗くんこそ、ワガママし放題の王様なんだった…。
「さて行くぞ、優羽。こっからがデート本番だ」
※
わたしと彪斗くんは、湖を囲う森の中の小道を進んだ。
「ね、彪斗くん…雪矢さん、大丈夫…?」
「だいじょうぶだよ。雪矢は俺とはちがって表に露出しまくってるから、それが裏目に出たな。いい気味だぜ」
と、彪斗くんは、『もううれしくて仕方ない』って顔をしながらわたしの手を引っ張る。
そっか、彪斗くんは雪矢さんみたいにアーティスト活動しないで作曲に集中しているから、だからさっきのおじさんにも気づかれなかったんだね。
今日の彪斗くんは、伊達メガネをかけているだけの変装。
他のみんなよりずいぶん簡単で大丈夫かな、って思ったけど、そういうわけなのか。
でも、やっぱり雪矢さん、気の毒だな。
芸能人ってあんな風にプライバシーがないものなんだな。
大変そう…。
それに、予約していたお店はどうしたらいいんだろう。
松川さんに迷惑かけられないのにな…と、気にしていたら、彪斗くんが急に通りすがりのカップルに話し掛けた。
「スミマセン、今から時間空いてたりしますか?」
急に話し掛けられてびっくりしたカップルさんだけど、「一応、空いてますけど」と教えてくれた。
「じゃあさ、もしよかったら、あっちにあるカップル限定のカフェ、行きません?俺たち予約してたんですけど、急用ができて行けなくなっちゃって」
カップルさんたちもお店のことは知っていたみたいで、彪斗くんの言葉に興味をしめして「ずっと前から行ってみたかったお店だった」と言った。
トントン拍子に話が進み、「予約は一瀬で取ってると思うんで」と伝えると、彪斗くんはあっさりと問題を解決してしまった。
雪矢さんには悪いけど、これで松川さんにもお店にも迷惑はかからないことにできたわけだ。
笑顔でカップルに手を振る彪斗くんの横顔を、わたしは感心しきって見つめる。
いつもいつも思うけど、すごい機転の早さだなぁ。
振り回されてしまうのも、納得だ…。
「さて、これで心配事は無くなったな。じゃ、行こうか。確かこの先をしばらく進めば、小さな動物園があるって…なになに、この先五百メートル、ね」
と、彪斗くんは木をくりぬいて作った道標を確認して、心配そうな顔でわたしに振り返った。
「だいじょうぶか、優羽」
「え?」
「この先、五百メートルも歩けるか?そんな膨れた腹で」
かぁああ…!
さっきお腹を撫で回されたのを思い出して、顔が熱くなる。
「もう!彪斗くんのイジワルっ!」
「あははは!そんな怒んなよ」
怒るよ!
もう、もっとデリカシーってものを意識してほしいな!
けど。
なんだか可笑しくて、笑いがこぼれてしまう。
雪矢さんには悪いけど…やっぱり、彪斗くんといると、楽しいな…。
「ほら、行くぞ」
と差し出された手に、わたしはそっと手を重ねた。
ぎゅっと握られて、ドキリと高鳴り始めた鼓動と一緒に、わたしたちは歩き始めた。