「……尊さん、私、すっごく楽しい」
「そりゃ良かった。旅行に来た甲斐があった」
彼はそう言ったけれど、私は小さく首を横に振る。
「旅行も勿論なんですけど、尊さんと一緒にいられるのが凄く嬉しい。それにこういう話をしてホテルで過ごすって、修学旅行みたいで楽しいんです」
「俺も楽しいよ。……六歳差だったら修学旅行に行けねぇしな。……大人の修学旅行だな」
「やだ、なんか急にエッチになった。AVのタイトルにありそう」
「なんでもAVにする……」
暗い中、尊さんが「ぶふっ」と笑う音がする。
「あ……っ、アニマルビデオだもん……」
「ぶふふっ……、ニャンニャンビデオなら、幾らでも見てぇな」
「ニャンニャンとか言わないでくださいよ。エッチ」
「どこが?」
「もぉ……」
私たちはそんな話をして小さく笑いながら、布団の中で手を繋ぎ、眠くなるのを待っていた。
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翌朝は朝食ビュッフェで腹ごなしをしたあと、チェックアウトしてタクシーに乗り、西区にある白い恋人パークに向かった。
言わずもがな、北海道土産の定番のお菓子を製造しているところを見学できる、テーマパークだ。
建物はレンガ造りの洋館で雰囲気があり、窓辺に雪だるまの飾りがついている。加えて時計塔まであり、本当にテーマパーク感がある。
隣接する土地にはサッカー場があり、多分ここで試合や練習が行われているんだろう。
「ここ、夏場に来ると花まみれで綺麗なんだけどな。バラの季節はバラ園もやってるし、今度また、あったかい時にな」
「はい」
「中心部から少し離れているあいの里にはロイズの工場もあって、その周りもバラ園になってるんだ」
ロイズも北海道土産の定番で、生チョコで有名なチョコレートメーカーだ。
「ただそこは見学できなくて、石狩川を挟んだ所にある、ロイズタウンまで行かないとならない。JRでロイズタウン駅まで三十分近くかかるから、車で十五分程度のこっちのほうが近いんだ」
「凄い。駅名がロイズタウンなんですね。……まぁ、お楽しみはあとにとっておきましょう。北海道銘菓の根城を、一つずつ落とすんです」
「悪役みたいな事を言うなよ……」
「クックック……」
私は悪い顔をして笑い、館内に満ちるチョコレートの香りを胸いっぱいに吸い込む。
そのあとチケットを買い、館内を見学し始めた。
特に要予約ではなく、当日に飛び込みで行っても全然大丈夫だそうだ。
ガラス張りの向こうの模型を順番に追って、チョコレートができる工程を見たあと、プロジェクションマッピングの映像を見る。
私たちはイシヤの歴史を壁に描いたエリアを回ったあと、レストランをチラッと覗く。
ここで食べるのも魅力的だけど、尊さんが別途ランチを予定しているので我慢した。
なんとなくここでお菓子を買っていきたい気持ちがあるけど、尊さんが『荷物になるから、空港で買ったほうが効率がいい』と言ったので、そうする事にした。
観光が終わったあと、またタクシーに乗って中心部に戻るんだけど、尊さんは貸し切りタクシーを頼んでいて、同じ車で移動できるのはありがたい。
その分、費用もかさむんだけど、……あとで何かお礼しないと。
「朱里、温泉行く前に菓子買っとくぞ」
「えっ? お菓子ですか?」
「そ、オススメの店。昨日は『ラ・メゾン・デュ・ショコラ』のチョコレートを約束したけど、チョコレートもケーキも絶品の店だから、東京に帰ったあと用に買っておいて損はしないと思う」
「尊さんがそう言うなら、食べたいです!」
食いしん坊センサーをピンと立てた私は、迷わず即答していた。
「あらかじめ予約しておいたから、俺が目星をつけたのはすぐ受け取れる。朱里のミッションは、温泉で食べたいケーキを二店舗で一つずつ厳選する事。駐車場のない店だから、サッとな」
「えっ? 分かりました」
やがて、タクシーは広めの道路の脇にある、深緑色の外観をしたお店前に停まった。
「説明はあと。サッと行くぞ」
「はい!」
お店に入ると、ガラスケースに綺麗なケーキが並び、隣には色とりどりの宝石みたいなチョコレートも並んでいた。
横手には焼き菓子もあり、迷いすぎて挙動不審になってしまう。
タイミングよく人がいない時だったらしく、尊さんが「予約していた速水です」というと、スタッフが注文の確認と商品の用意を始めた。