『やだ……、美雪ちゃん……んっ、こんなの……』
『ウフフ、カンナ、愛してる……』
それは私が美雪ちゃんに「初めて」をされてしまったときだ。
私は顔がかっと熱くなる。
「メ、メイ、これはもう見たくないよぉ!」
今となっては美雪ちゃんと甘くてすっぱい思い出だけど、でもこんな風に第三者の視点で見るとさすがに恥ずかしすぎる。
だけど、メイの顔は思いつめたような顔だ。
「僕はこの時、姉さんに嫉妬したんだ」
「えっ?」
「覚えてるでしょ? 僕は美雪ちゃんに一目ぼれしたこと」
「う、うん」
「じゃあどうして美雪ちゃんに愛されてるのは僕じゃないの?」
メイの声は、とても冷たくて、悲しかった。
「美雪ちゃんにあんなに愛される姉さんが羨ましい、妬ましい。僕も人間の身体だったら、あんな風に美雪ちゃんから愛されたのかな? そう考えるだけで胸が張り裂けるかと思った! 僕だって、病気にさえならなければ、きっとあんなふうに美雪ちゃんに愛されたんだって!」
メイは私の身体をぎゅっと抱きしめる。
「いや、美雪ちゃんじゃなくてもいい。姉さんとでもよかった。だって僕は姉さんのことも美雪ちゃんと同じぐらい大好きだもん。ううん、そうじゃないんだ。僕一人が仲間ハズレなのが辛いんだ。美雪ちゃん、姉さん、僕も混ぜてよ。ずるいよ。二人だけであんなに楽しそうにするなんて……」
「メイ……」
メイは泣いていた。
「僕、どうすればいいのか分からなくなったよ。姉さんには死んでほしくない。でも、このままだと僕はウサギの姿のまま、美雪ちゃんに愛してもらえない。姉さんを抱きしめたくても抱きしめられない。そんなのイヤだ」
私はメイの身体をそっと抱き返す。
「姉さんはこの時、美雪ちゃんに一方的に愛されたのがイヤだったんだよね?」
「うん、この時の私は、美雪ちゃんになにをされてるのか分からなかった。なにかのいじめなのかなって、誤解した」
「僕はそんな姉さんの気持ちに付け込んだ」
この時の私は、、父さんと母さんに見捨てられて自分の家に居場所がなくなって、新たにできた美雪ちゃんが与えてくれた居場所も失ったと思っていた。
「思ったんだよ。もしかしたら、二人でヴァジュラに命をささげて僕と同じになった方が、姉さんもずっと幸せになれるんじゃないかって。僕と姉さんは二人で一つ。ヴァジュラがそう言ってたんだよ」
その時は突然やってきた。
どうしてママがヴァジュラを手に入れたのか、しかもその切っ先を、私に対して向けているのか、あの時の私には一切分からなかった。
ママは既に血塗れだ。足元にはパパが死んでいた。
「母さんはおばあちゃんが書いた僕宛の手紙でヴァジュラを知った。祭壇の存在を知って、ヴァジュラを手に入れ、そして父さんの命をささげれば僕が返ってくると思ったみたいだね。でも当然失敗して、そして姉さんに対してまで……」
この時の事は思い出したいとすら思わない。
とっくの昔に破綻した蓼原家が、本当に終わる時だった。
「ママはどうして自殺しちゃったのかな?」
「僕がヴァジュラにそうお願いしたんだ」
姉さんの目が見開かれた。
「ヴァジュラは僕が主導権を握っていた。姉さんを殺そうとして、とうとう僕も怒りが限界に達した」
「そんな……」
「ごめんね。姉さんがそんなこと望んでなかったことくらい、もちろん分かってる……」
ママの死を目の当たりにした私は、呆然自失としていた。
そこに現れる黒いウサギのメイ。
メイはそこで、ヴァジュラで心臓を貫き命をささげれば、欲しかったものを手に入れることができるとそう私に伝えた。
何もかも失った、そう思った私は、霊剣ヴァジュラに命をささげる決意をした。
メイが命をささげた時と同じく、どこにも居場所がないこの現世(うつしよ)に、生きる希望を全て失ったのだ。
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