テラーノベル
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森が悲鳴をあげている。
空を焦がすような紅の炎が、風に煽られながら木々を呑みこんでいく。
枝が裂ける音、幹が倒れる音。全てを焦がす炎の音や匂い。
それらが混じり合い、まるで世界そのものが呻いているようだった。
熱気が頬を打ち、焦げた匂いが肺を刺す。焼け落ちた葉が灰となって空に舞い、ゆっくりと落ちていく。
_熱い
気づけば一人、灼熱の森の中を駆け抜けていた。
足もとは崩れた枝と燃え残る木片だらけ。
それらを踏みしめながら、腕で口元を覆う。
視界に映るのはただ炎、炎、炎――。
「_先生っ!どこですか!」
掠れた声は炎に呑まれ、返事は返ってこない。
喉が焼ける。息を吸うたびに胸の奥まで痛い。
それでも構わなかった。
大切な人の身の安全さえわかれば、どうでもいいことだから。
記憶を頼りに、緑から赤へと変わった景色を進んでいく。
もうここには鳥のさえずりも、美しい花々も、過ごした思い出も既に灰になった。
森に飛び込んでから数分後、視界の先で、淡い銀の髪が炎の光を反射した。
「――っ!」
迷うことなく駆け寄り、腕を伸ばす。
銀髪の女性は、たった一冊の本を抱えて立ち尽くしていた。
足もとには崩れ落ちた小屋。彼女は、記憶のすべてが灰となるのを、ただ眺めているだけだった。
「先生!!ここはもう危険です、今すぐ離れますよ!」
声は、彼女には届かない。こちらには全く気付く様子もなかった。
一方で、遠くで怒号と泣き声が入り混じる。
国民が森を取り囲み、“呪いの魔女を討て”と叫んでいる。
きっと彼女には、その声しか聞こえていないのだろう。
なんて残酷なんだ。
悪夢を見せられているようで、吐き気が込み上げた。無力感と国民の声に自然と怒りが込み上げ、自分の拳を強く握った。
そして一瞬、かつての彼女の言葉が蘇る。
『――人間が魔女を呪ったのよ』
ようやく。今になってようやくわかった。
いや、正確には彼女の気持ちは漠然としか理解できていないのかもしれない。
森が彼女の心を映すように、静かに、確かに焼け落ちていく。
じっとしてはいられず、彼女の手を強引に掴んだ。
「ソフィ…ア……?」
揺れる銀の瞳が、そこにあった。
今までの強く凛とした彼女ではない。
初めて見せた弱々しい声と、震える表情。
この日この瞬間が――彼女が見せた初めての“感情”だった。
事態を防いでいれば、こんな顔をさせずに済んだのだろうか。
もっと前から彼女を理解していれば、ここで何か彼女に希望を示せただろうか。
そんなタラレバの思考で頭がいっぱいになる。
すると彼女は本をぎゅっと抱きしめ、震える声を洩らした。
「わた…し……」
少女はどう言葉を掛けていいかわからず、ただ目を背けた。
今、何を言っても本当に救えない気がした。
それでも――手を離すことだけはしなかった。
見捨てたくはない。
彼女の手を引き、吹き荒れる風と燃え盛る森から、 そして、呪いに満ちた森から離れた。
それでも、森の悲鳴は――
まだ耳の奥で、微かに燃え続けていた。
◆◇◆
_ヴェルノルト王国
豊かな自然と、揺るぎない交易・治安に恵まれた国。
貴族制度こそあるが、平民にも手を差し伸べ、皆が互いの幸福を願い合う。
「理想郷」と呼ぶ者も少なくないだろう。
街路には笑顔が溢れ、どこを見渡しても平和そのもの。
だが、その光景を眺めながら、ため息をつく少女がいた。
「……はぁ」
街中で足を止め、少しばかり休憩する。
目立たない顔立ちと背丈、肩より少し長いくらいの茶髪。どこにでもいる普通の少女。
少女は空を見上げ、ふと考える。
この国はあまりに平和すぎる。
他国を凌ぐ軍事力と、圧倒的な交易の繁栄。
それなのに、貴族の権力争いも、裏通りの抗争もない。
汚れひとつない国――本当にそんなことがあり得るのだろうか。
例えば貴族同士の揉め事など、不気味なほど起こらない。
果たして、この国は本物の平和なのだろうか。
考え込んだところで答えは出ない。
少女――ソフィアは再び歩き出し、やがて王都の隣街コルルにある孤児院へと戻った。
その孤児院は、ソフィアが育った場所だった。
ソフィアの年齢は十五歳。つい最近、成人をしたばかりである。
本来ならば、成人すれば独り立ちして行き孤児院を離れるのだが、ソフィアは未だ離れられずにいた。
孤児院に戻ると、元気な声が近づいてきた。
「ソフィアおねぇちゃーん!」
勢いよく走りソフィアの身体に飛びついた孤児院の子どもにつられて、他の子どももソフィアを囲む。
「ソフィアおねぇちゃん!今日は何を調べてきたのー?」
「おばけ?おばけなの!?」
「今日は一緒にあそぼー!」
「ずるいっ!わたしも!」
キャイキャイとそれぞれが言いたい放題のこの状況をどうにか免れようと、ソフィアはきいて、と一度子どもたちの注目を集める。
「おねぇちゃんは一度にたくさんの質問に答えられません!言いたいことがある人は手を挙げてくださいね」
その言葉を聞いた子どもたちは互いに顔を見合せたあと、ソフィアの次に年長な男の子が挙手をする。
「ソフィアねぇちゃんは、今日何をしてたの?朝からずっといなかったけど。まさか僕たちに内緒で…!」
ソフィアは経験上知っている。このお年頃の子どもは答えを言うまで聞いてくるのだ、と。
渋々質問に答える。
「私は仕事先を探していただけですよ。やましいものは何もないです」
「ほんとは?」
「……噂の怪奇現象を少しだけ調べてました」
「ほらー!!やっぱりー!」
これが日常であり、変わってほしくない生活だった。
さきほどから馬鹿にされているが、仕事先を探していたのは事実であり、それが見つかっていないことに焦りも感じている。
我儘だとわかっていても、どうしても自分のやりたいことをしていきたい。
好きなことは人並みにあるが、それが仕事となると何か違う。
将来の夢は一向に見つからず、居候状態になってしまっている。
「あ!今日はね、セレーナおばさんが読み聞かせしてくれるんだって!」
「そうなんですか?」
月に一度、孤児院の院長であるセレーナさんが読み聞かせをしてくれる。
ソフィアにとって、それは幼い頃から楽しみの一つである。
正直、非常に楽しみだ。
夕ご飯を並んで食べたあとは、お待ちかねの読み聞かせだった。
各々、よく噛んでからすぐにちょっとした広間に集まる。
キラキラと目を輝かせながらセレーナさんを待つ姿は、昔のソフィアに似ている気がして微笑ましくなった。
暫くすると、絵本を持ったセレーナさんが現れる。
おっとりとした優しい顔と眼差しのセレーナさんは孤児院ではとても人気だ。
「セレーナおばさん!今日は何ー??」
「ふふっ。今日はね、大事な大事な話よ?」
唾をごくりと飲み込んで、全員が前のめりになる。
セレーナさんが、取り出したのはこの国では有名なおとぎ話だった。
「『金の英雄と呪いの魔女』」
題名を聞いただけ、子どもたちの顔が変わる。
国民ならば一度は必ず耳にする。
金の英雄というのは実在した人物だ。銅像がこの街の広場にもあるほど有名で、その名の通り英雄なのだ。
セレーナさんはゆっくりと頁をめくる。
「 __私たち人は互いに手を取り合い、幸せに暮らしていました。ところがある日、魔法という不思議な力を持つ者が現れました。初めは仲良くしていたのですが、魔法使いは人々を邪悪な力で支配しようと考え、国を呪い始めました。中でも、【呪いの魔女】は強力な力を持っていました。人々は毎日、恐怖に震えました。そんな時、闇に包まれた国を救ったのは【金の英雄】でした。金の英雄によって魔法使いは滅ぼされ、【呪いの魔女】は長い眠りにつきました 」
セレーナさんが読み聞かせを終えたあと、にこっと笑い、子どもたちに問いかける。
「この近くの森には呪いの魔女が眠っている森があるんだよ。入ったら…どうなるか知っているかい?」
「の、呪われちゃう…」
怯える子も、そうでない子も当然いる。
ソフィアも幼い頃は少しは怖かった。
成人した今では、これが子ども騙しだということがわかる。
早く寝ないと魔女に呪われる。いい子にしないと魔女に呪われる。などとよく言われたものだ。
実際に、金の英雄が本当に魔女を倒したのか。そもそも存在したのか。
この世に魔法なんて不思議なものはない。非現実的なもので、おとぎ話に過ぎないのだ。
「ソフィアちゃん」
突然名前を呼ばれて驚く。
どうやら考え込んでしまったようだ。
気づけば全員がソフィアの顔を覗いている。
「な、なんですか?」
「ふふっ。呪いの魔女の特徴はどんなものだった知っているかしら?」
そんなの当然知っている。
ソフィアは何度もこのおとぎ話を真相を調べようとしたからだ。
「…長い銀髪に銀色の瞳、ですよね。この特徴に当てはまる人物はこの魔女しかいませんから」
頭の中のイメージでは、とても恐ろしい化け物だ。
この魔女の固定観念から銀色は不吉の象徴なんて言われるほど世間からは気味悪がられている。 対して、そんな魔女や魔法使いを撃退したことで金の英雄は崇められている。
兎にも角にも、呪いの森には近づいてはいけない。この物語はそう言いたいのだろう。
「ソフィアちゃん、絶対に森に行ってはダメよ?前はあれだけ怒られてたじゃない」
ソフィアの場合、前科があるので反省しなければならない。
こうして読み聞かせ会は幕を閉じた。
◇◆◇
楽しい時間も終わり、子どもたちは疲れきって眠りについた時間、ソフィアは皿を拭いていた。
これも少しばかりの罪悪感をなくすため、手伝いをしている。
成人をしているソフィアは早く旅立たないといけないから。
そんな焦りを感じながらも皿に思いを…ぶつけたりはせず、丁寧に水滴を拭き取っていく。
「あら?ソフィアちゃん、お皿を拭いてくれてるの?毎日ありがとうね」
「いいんですよ。セレーナさんのお手伝いをするの好きですから」
セレーナは隣に立って、ソフィアと同じように食器を拭いていく。
慣れた手つきで作業が進んでいく。不慣れなソフィアは丁寧にゆっくりとすることにした。
しかし、素早い手が途中で止まる。
「…ソフィアちゃん」
いつもの大好きな声がソフィアの名を呼ぶ。
「そんなに焦らなくていいのよ。きっとソフィアちゃんのことだから、やりたいことが見つかってないようだけどね」
図星をつかれて思わず苦笑い。
そして次の瞬間、頭に柔らかい感触が伝わった。
頭を撫でられて子どもの頃に戻ったようだ。
あたたかい。
「大丈夫。成人なんてまだまだ子どもか背伸びしただけなの。無理して大人になろうとしなくても私はいいと思うの」
見上げていたセレーナを、いつの間にか背丈が高くなって少しだけ見下ろしている。
それでも、 撫でられて喜んでいる内はまだまだ子どもなのだろうか。
もどかしさを感じながらもセレーナの優しい言葉に少し安心もした。
「…ありがとうございます。セレーナさん」
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