「いやあ……いやいや……え、嘘だよね」
「まさか。君には期待しているぞ、イーリス」
ヒルデガルドにぽんと肩を叩かれて、首をぶんぶん横に振る。
「で、出来ないよ! ボクが作ったポーションはまだまだ人に提供できるレベルじゃないって……! 迷惑掛かっちゃったら駄目でしょ?」
修行中の身で作った薬品など誰がもらって嬉しいものかと反対するも、ヒルデガルドは「私が大丈夫と言ったのに?」と残念そうにした。自分の信頼する弟子の精製したポーションは、間違いなく出来の良いものだったから。
「まあ、君がそこまで言うなら私が作ろうか……」
「そ、そんながっかりしなくても!」
「ハハハ、冗談だ。ほら、説明会が始まるぞ」
用意された壇上には、ギルドで何度か見掛けたことのある、強面の男が立つ。胸につけたゴールドのバッジが、彼の地位を示している。
「えー、集まってくれた諸君。本日、ここの警備を任された我々『竜の巣』ギルドの面々を総括することになったダンケンだ。俺なんぞがリーダーなのを不満に思う者もいるだろうが、ギルド長からの指示だ、我慢してくれると助かる」
イーリスがダンケンの自己紹介を聞いて、ぽんと手を叩く。
「ああ、やっぱり彼がリーダーなんだ」
「あいつを知っているのか?」
「うん。ギルドじゃそれなりに有名だよ」
ダンカン・グリュンバルドは世界が平和になる以前から冒険者をしている大ベテランだ。実力も申し分なく、また集団行動も慣れたもので、同じゴールドランクであっても彼に頭があがらない者は多い。人気もあり、かといって依頼を次々と受けたりせず、他に向いた冒険者がいるなら紹介もしてくれるので、イーリスも何度か世話になったことがあった。
「ボクたちのようなブロンズやシルバーにいる冒険者にも、すごくときどき会いに来てくれるんだ。ランクが違うからって、たまに良さそうな依頼を探してまで持ってくるほど優しいんだよ。見た目は怖いおじさんだけどね」
そんな冒険者もいるんだな、とヒルデガルドは強く感心する。セリオンたちのようなギルドの下層にいる厄介者たちのせいで、彼らの評判まで落ちるのは勿体ない。かくあるべきという姿を体現する男の話に、彼女はうんうんとひとり頷く。
「なら、飛空艇の警備任務も楽に済みそうだな」
たとえ賊に襲撃を受けたとしても、統率の取れる人間がひとりいれば、個々の強さよりも集団の強さで状況が有利に傾くこともある。ヒルデガルドも、今回ばかりは出番がなさそうだと、ゆっくり観光を楽しむ時間が取れるのを喜んだ。
そうしてほどなく簡単な説明会は終わり、各自に与えられた巡回ルートや交代の時間などを厳守するように言われ、まだ時間のあるヒルデガルドたちは会場に残って、飛空艇内部の地図を改めて見直す。
「この飛空艇、五階まであるのか……」
「でも、一階や二階はボイラー室とか動力室とかだね」
「私たちが巡回するのはカジノ周辺のようだな」
ずいぶんと騒がしい場所に配置された、と思った。ヒルデガルドも何度かカジノには誘われたことがあったが、人の集まるところは嫌いだったので一度も立ち寄ったことはない。騒々しいのは嫌だなと眉尻をさげた。
「おお、あんたたちが例の冒険者か」
不意に声を掛けられて振り返り、配られた地図を折りたたむ。
「……えーっと。たしか、ダンケン、だったか?」
「おうとも。ありがてえなあ、若いもんに名前を憶えてもらえるのは」
「フ、私も駆け出しなのに知っていてくれて光栄だ」
握手を求めると、彼は快く応じた。ごつごつした手が、ヒルデガルドの細い枝を思わせるような手指を包み込む。
「改めて、俺はダンケン・グリュンバルドだ。よろしくな」
「ヒルデガルド・ベルリオーズ。こっちはイーリスだ」
彼の視線が順に移り、後ろで戯れるコボルトたちをジッとみる。
「そっちのは、あんたらの連れだよな?」
「ああ。もし問題があるなら、与えられた部屋で待機させよう」
「……いや、必要ねえよ。ただひとつ頼みが」
急に、強面の頬が緩んで、屈強さを失う。
「可愛がってもいいかなあ……俺、好きなんだよ。こういうモフモフした生き物っていうのがさ……。野生の奴は野蛮で近寄れなくてよォ」
ギャップに笑いだしそうなイーリスの足を思いきり踏みつけ、ヒルデガルドがニコニコと「好きなだけ」と答える。彼が喜んでアベルたちに「よろしくな、モフモフ!」と声を掛けると、あっという間に意気投合していた。
「もう少し失礼のないようにな、イーリス」
「うぐっ……ご、ごめん。全然想像つかなくて」
「気持ちは分かるが、好きなものは人それぞれだろう?」
「それはそうだね。ボクが礼を欠いていたよ」
指先で頬を掻き、申し訳なさそうに苦笑いをこぼす。
「……あ、じゃあヒルデガルドは何が好きなの。コボルトとか、他の動物を大切にするんだろうなっていうのは分かるけど、好きとは違うよね?」
「うむ。私か、そうだな、私が好きなのは──」
腕を組んで考える。改めて言われてみると、これといって好きだと主張するようなものがない。悩んだ末に、ぽつりと彼女は真剣な顔で呟いた。
「……弟子、か?」
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