おまけ(コンバンワ!)
“月島蛍の苦悩”
(ただのんびりとした日常を書きたかっただけです。かなり長めでございやす。)
月島side
今はゆりちゃんの家で勉強会をしている。
最初は僕がやりたかっただけだけど、ゆりちゃんも恒例化してきて慣れたみたい。僕はもう当たり前に何回も家にお邪魔していた。
ゆりちゃんの家は現代に珍しい和風建築で、親が太いのかかなり広い。
(確か部屋着浴衣って言ってたケド・・・)
(何で着てくんないかな。馬鹿。)
和風と言っても古臭くて重い雰囲気はなく、ゆりちゃんの部屋は昔どこかで見たような気がするような何故か落ち着く不思議な家。
僕が部屋に入ると、ゆりちゃんは低い机の横に淡い色の座布団を置く。言葉は無いけれどここに座ってという事だろう。
僕が座ると、ゆりちゃんは僕の前に座った。
(正面ね・・・顔はよく見れて良いけど。)
若干の不満を持ちながら勉強道具を広げる。
ゆりちゃんは今日ちゃんと苦手教科を持ってきただろうか。いつも忘れているし。
『よいしょ・・・・・・』 「・・・・・・」
勉強会と言っても、ほぼ自習時間。
2人とも静かな方が集中できるので、質問する時以外に会話は少ない。
聞こえてくるのは鳥の囀りと葉の音だけ。
大きな窓から風が入り込み、カーテンが揺れ動いてゆりちゃんを隠す。ゆりちゃんは片手でゆっくりカーテンをどかした。
(・・・綺麗。可愛い。これだけで。)
(初恋がこんな重症化することって、あるの)
目が離せない。離したくない。ゆりちゃんを眺めていると、目が合ってしまった。
ゆりちゃんは目を細め優しく笑っている。
ああ、もう。これだけで心臓の音が煩い。これだけで愛おしさが増してしまう。
「・・・なに。」 『ん〜、なんでもない!』
何でもっと愛想良くできないさ。僕の馬鹿。
ゆりちゃんがノートに向き直すのを見て、僕も勉強に戻った。
そもそも、なんでゆりちゃんの部屋でやってるのか。危機感が無さすぎて本当に困る。僕を信用しすぎじゃないのか。
(・・・いや、異性として見られてないのか。)
沈んでいく気持ちを誤魔化すように問題を解いていると、数十分が経っていたらしい。
タイマーの機械音が鳴り響く。
ゆりちゃんはタイマーを止め、小さな声を出しながら伸びをして背後のベットに寄りかかった。ああ、もう、本当に愛おしい。
「・・・はあ、疲れる。」
『あれ、もしかしてもうバテ島くんですか!』
「その日向みたいなの辞めてくんない。」
『スミマセン!!』
「ところで君、何で得意教科の数学やってるワケ。苦手教科の歴史は。」
『アッ・・・とデスネ・・・わ、わ・・・』
・・・どうやら今日も歴史は忘れたらしい。
ずっと前から僕の得意な歴史を教えてやるって言ってるのに、この馬鹿。
小さく泳ぐゆりちゃんの瞳孔を、逃がさないようにじっと見つめる。するとゆりちゃんは、無言でスッと立ち上がり部屋を出た。
(・・・え、どういうこと。え、)
(嫌われた?いやいや、今嫌われる要素なかったデショ・・・うわ、僕は馬鹿か。)
(どうしよう、謝らなきゃ、)
ゆりちゃんの事となると早とちりで被害妄想気味になるのも悪い癖だと思う。
僕が立ち上がろうとすると、ゆりちゃんがショートケーキとお茶を乗せたおぼんを持って入ってきた。
そのまま遠慮気味に机の上へおぼんを置く。
「・・・なに、これ。」
『しょ、ショートケーキ・・・です。』
「いやそれは知ってるけど、なに急に。」
『あの・・・月島くんと勉強会するって今日決めたじゃないデスカ』
「うん。」
正座しながら申し訳なさそうな上目遣いでこらちを見るゆりちゃん。可愛い。
でも何を言いたいのか分からない。
考えていると、ゆりちゃんが口を開いた。
『買ったら月島くん喜ぶかなって、』
『ショートケーキのこと考えてたら・・・』
『歴史・・・持ってくるの忘れマシタ・・・』
「・・・はぁ、?」
何を言っているのか自覚はあるのだろうか。そんなに可愛らしく健気な事を言われてしまったら怒るに怒れない。
緩く流れる風が、僕の熱い耳を撫でる。
今口を開くと心臓の音が聞こえてしまいそうで、僕は何も言わずフォークを手に取った。
「・・・ん、美味しい。」
『! にへへ!でしょでしょー!!』
『話題のお店で買ってきた!!』
「ふーん。・・・ありがと。」
『つ、月島くんがお礼を言った・・・!!?』
「なんか悪い?」
『うそうそ!笑 どういたしまして!』
『そしてごめんなさい!!』
明るい笑顔で僕を見るゆりちゃん。より耳が熱くなって、目が合わせられない。
(ああ・・・苦しい。)
(好きにならなきゃ良かった・・・のかな)
(でも多分、来世でもこの子を好きになる。)
(・・・結ばれるなんて、期待はしてないし)
(この子はきっと・・・黒尾さんとかの方が、)
自分の中で酷く気持ちが沈む。
そんな考えを中断させられるように、ゆりちゃんがフォークをお皿の上に置いた。
満足そうにまた伸びをしている。
「・・・食べるの、早くない。」
『えへへ!すごい美味しかったし!!』
「そう、良かったネ。」
『もう一個ありますぜ〜アニキ〜』
「・・・後で食べる。」
僕の言葉を聞いてニシシと笑うゆりちゃん。
木の軋む音が聞こえて顔を上げると、ゆりちゃんがベットの上で寝っ転がっていた。
本当に、危機感がない。
『ん”〜〜・・・』 「・・・・・・」
どうせ、他の人に取られてしまうなら。
僕だけ特別にはなれないなら。
この時間だけでも、近くにいたい。
僕はゆっくりとベットに腰掛けて、壁に背中を預けた。隣にはゆりちゃん。
僕が来ることを分かっていた訳もないけど、特に動揺もせず天井を眺めている。
(どこまでなら、近づいていいのかな。)
ふと疑問に思い、ゆりちゃんの手に触れた。
小さくて僕よりも柔らかい、可愛い手。
やっぱり恥ずかしくなって手を離そうとしたが、ゆりちゃんに繋がれてしまった。
「ちょ、は!?何してんの・・・!!?💢」
『あれ、違いましタカ』
『こうだと思ったんだけどなー・・・』
なんで、そんなに余裕そうなの。
耳どころか頬まで熱くなってきた。隠したいけれど、この手を離したくは無い。
僕は諦めて、手の力を抜いた。
「・・・君、よくそういう事できるよね。」
『そういう事とは!』
「何にも思ってない奴に・・・手、繋いだり。」
「そんなんだと嫁の貰い手がなくなるよ。」
『じゃー月島くんが貰え』
「それはまだ無理。」
『何でだよー!お願いだよー!!』
『ってん?まだ・・・??』
ほんと、貰えるなら僕が欲しいよ。
誰にも渡したくない。見て欲しくない。
そんな事を口に出すはずもなく、ぼーっとゆりちゃんを眺める。
長いまつ毛にぱっちりとした目。
小さくて赤みがかっている口。
誰がどう見ても、美少女だと答えるはず。
<ヴーヴーヴー・・・>
空気など読めない携帯が、静寂を斬った。
『・・・あ!日向達に勉強会バレた!!』
「うわ、最悪。」
『俺達も混ぜてーっだってさ!良い?』
良いわけない。せっかく2人きりなのだから、邪魔しないで欲しい。最悪。
でもそんなこと言えるわけもない。
「・・・別に、良いよ。」
ああ、せっかく終わってしまう。触れられたのに。目を合わせられたのに。
憂鬱で、外の眩しいくらいに輝いている太陽と雲を眺める。ゆりちゃんの部屋は光がよく入る。この景色はまだ僕しか知らない。
僕以外は、知らなければいいのに。
すると、目の端のゆりちゃんが立ち上がり、勉強道具をカバンに入れ始めた。
(・・・?今から日向達と勉強するのに・・・?)
(この家でやるんでしょ・・・?)
意味のわからない行動を止めるため、僕は焦って起き上がり口を開いた。
「ちょ、何してるの。」
『え?だって日向たちと合流するし・・・』
「いや、だから何で出かける準備してるの。」
「君の家でやるんでしょ?」
『ん?いや、図書館集合でっせ!』
「・・・え?」
何を言っているのか、分かっているが分からない。だって、もうゆりちゃんの家が1番早く勉強できる環境のはず。
僕は動揺を隠すため、ベットから降り一応荷物をカバンにまとめて肩にかけた。
「なんでわざわざ図書館なワケ。」
「ココでいいじゃん。」
『え!?い、いや・・・』
僕がそう聞くと、ゆりちゃんは僕に背を向けてしゃがむ。小さい手が触れている細い首裏が、薄ら赤みがかっていた。
『家に呼ぶのは・・・月島くんだけだし・・・』
は、なにそれ。どういう意味。
そう僕は問い質したかったが、自分の心臓の音にかき消されてしまった。
耳が熱い。溶けそう。
「・・・なに、それ・・・」
「もしかして特別扱いですかー?笑」
『あーはいはいソウデスヨ!!』
「ちょ、え、は・・・」
『もう!分かったなら早く行くよ!!!』
・・・僕だけ特別。
僕、だけ。
やっぱり、少しだけ期待したい。
この時間以外も、近くにいたい。
「・・・ん。」
僕は熱い耳をヘッドホンで隠しながら、ゆりちゃんの背中を追って部屋を出た。
『ん・・・?なにか忘れてる気が・・・!』
「歴史の勉強じゃない。」
『ウッ、す、すみません・・・』
ゆりちゃんが買ってきてくれたもう一つのショートケーキは、もう一度ゆりちゃんの家に行くための口実として言わないでおこう。
終わり.
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