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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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窓に打ちつめる雨の音で目が覚めた。


カーテンを開けると雨風が強かった。

ベランダの細い側溝が川のようになっている。

プランターに植えたミニトマトがくたんと倒れている。


「美羽? 起きたの?」


「あ、ごめん。起こした?」


外はまだ薄暗かった。太陽があと少しで出るという時間だ。

颯太は、目をこすって、体を起こす。

美羽は部屋のカーテンを開けて、寝ていたベッドのふとんを整えた。


「今日、目覚まし時計よりも早く目が覚めちゃって……。満足に寝返り打てないからか熟睡できなかった」


「臨月だから。重いんだもんね。股関節痛いっていうのは良くなった?」


「うん、今日は割と楽かな。そりゃぁ、下に下がって来るから重くなるよね。でも、破水するタイミングとかどうすればいいのか不安。1人の時にならないといいけど」


「俺が仕事の休みになってくれると一番いいけどね。いざとなれば救急車だよね。でも、出産予定日まであと1週間くらいあるよ」


そんな話をしていると横から強い視線を感じた。寝室のドアの隙間から紬がのぞいていた。


「2人で何話してるの?」


「紬、珍しい。自分で起きたの? いつも、2度寝するのに……」


颯太は目を見開いた。


「むー。私のこと忘れて2人で話してた!! 起こしに来てくれないし!!」


「ごめんね。紬ちゃん。ほらほら、好きなフレンチトースト用意するから」


美羽は、大きな張り出したお腹を気にしながら、台所の方へ移動する。


「わぁーい。好きなのだぁ」


「今日はゆっくり朝ごはんが食べられそうだね」


颯太は安心した顔をして、2人の後を着いていく。


朝ごはんを準備し終えて、椅子に座ろうとすると、ポコポコとお腹を蹴られた。胎動は、くすぐったく感じる。


「また動いた。僕も一緒に食べたいって思ってるかも」


「えー。まだ出てこなくていいよ。美羽ママ独占できないから」


赤ちゃんの話をするたびに紬は、嫉妬心丸出しだ。


「あれ、検診で性別わかったの?」


「ううん。なんとなく僕って言ってみた。はっきり言われたわけじゃないけど私の勘だよ。男の子の気がする。蹴る力が強いし……。もう、苦しいから出てきてほしいんだよなぁ」


食卓の席に座りながら、お腹をなでる。


「もうちょっと入っていいですよぉ!!」


「そんないじわる言わないで。ほら、学校、遅刻するよ?」


颯太は時計を指さす。早く起きたが、なんだかんだであっという間に遅刻するぎりぎりの時間になっている。


「あ、本当だ。今日、一時間目から体育だから早めに行かないと。ごちそうさま」


慌てて、食器を片づけてランドセルを背負い、帽子をかぶった。


「ママ、今日のおやつは肉まんね。豚まんでもいいよ! 行ってきます」

「え、あぁ。うん。わかった、準備しておくね。行ってらっしゃい」


玄関先まで行って美羽は紬を見送った。

洗面所で髭剃りしていた颯太もひっかけていた靴ベラを取って、革靴を履く。


「本当、生まれる兆候が見られたらすぐ連絡してね。駆けつけるから」


「うん、わかった。って言っても初めてだから何が兆候かわからないけど……。行ってらっしゃい」


「行ってきます。あ、待って、忘れてた」


「え、忘れ物?」


美羽が後ろを振り返ってすぐに戻すと颯太は美羽の額にキスをした。


「えー--、おでこー--??」


がっかりした様子で文句をいう。


「わかったよ!!」


軽く唇に小鳥のようにキスをした。何も言わずにバタンとドアを閉めて靴音が響いた。鼻歌を歌って、美羽は部屋の中を乾いたシートを取り付けたワイパーで掃除し始めた。何かいいことがありそうだなとご機嫌だった。


◇◇◇


美羽は紬に頼まれていた肉まんを買っておかないとと近所のスーパーまで散歩がてら出かけていた。

品物を見ていると結局は肉まんだけじゃなく冷蔵庫に足りなかった食材もついでに買ってしまう。


(ケチャップが切れていた気がするな。あと……しょうゆ、ん? みりんかサラダ油も無かった気がする)


頭で記憶をたどりながらエコバックのぎりぎりに入るくらいまでの食材を買ってしまっていた。


「ちょっと買いすぎちゃったな」


独り言を言いながら、自宅のマンションに着いて、エレベーターに乗った。


「10階のボタン……」


ボタンを押そうとした瞬間、中に入ろうとした男性がいたため、閉じるボタンに伸ばす指を開くボタンに変えて押した。

顔を見ずに後ろの方に乗っていく。


「すいません、ありがとうございます」


美羽はペコっと頭を下げて、閉じるボタンを押した。

後ろの人も階数ボタン押すのかなと考えた。


「ボタン、押しますか?」


「10階でお願いします」


顔を見ずに会話する。美羽は同じ階数にびっくりしたが、静かにボタンを押して上に上がるのを待った。

いつも乗るエレベーターだったが何となく違和感を感じた。

ふわっとめまいがする気がする。


(あれ、何だかお腹が張る気がする……)


無意識に美羽のお腹の中で変化が起きていた。子宮の胃袋あたりがパンっというなった気がした。

漏らしたことがないのにパンツが濡れた感覚になった。

恥ずかしさが出て、何も言えなくなる。

知らない人と一緒のエレベーターで漏らしたなんて言えるわけがない。

匂いが臭くなってないかなと猛烈に気になった。

フラフラでまともに立っていられなくなり、ペタンと座った。

いくら知らない人でも様子がおかしかったら気になるだろう。

急に成人女性が座る。

後ろにいた男性は、美羽の腕を持ち上げて体を支えた。



(ん? 支えた? 知らない人じゃ……)


「何してんの? お腹大きくして地べたに座ったら体冷えるよ」


ビシッとスーツを着た佐々木拓海だった。

どうしてこんなところにいるのか眠かった目が見開いた。


「拓海?! なんでこんなとこにいんの? アメリカ行ってたんじゃないの?」


「いやいや、こっちが聞きたいよ。美羽こそ、なんで高級マンション住んでるの? 俺、ここの10階にいる会社の社長の家に行くところでさ。アメリカ行ってたけど、一時帰国してんだわ。それより、大丈夫なのか濡れてるけど……」


ペタンと座った美羽のスカートはじわじわと濡れて来た。拓海と言えど、恥ずかしいのは消えない。


「待って、これおもらしじゃないから」


拓海は着ていたジャケットを美羽の体にかけた。


「わかってるよ。これ、かけときな」


拓海は、スマホを取り出して、救急車を呼んだ。


「今、救急車来るから。1階におりるぞ」


10階着いたエレベーターのドアを閉めて、1階ボタンを押した。


「た、拓海、仕事じゃないの? というか、買い物した袋……」


「今はそれどころじゃないだろ。とりあえず、そこに置いとけって。あと、社長に電話しとくから。急用入ったって」


「え、でも、待って。迷惑はかけられない。私、1人で乗れるから。大丈夫」


「は? 救急車は付き添いが必要なんだぞ。いいから、気にすんなって。てか、旦那はすぐ来れるのかよ?」

「電話してみないと……でも……」


「緊急事態だろ? ほら、電話貸せって」


拓海は、美羽のスマホを奪い、フェイスIDを美羽の顔に合わせては電話帳の一番上にある颯太の番号に電話をかけた。

すぐに緊急だとわかったのか数秒で出た。


『もしもし、美羽?』


「もしもし、颯太ですけど……」


『え、あ、え、男? てか、何、颯太くん? なんで? は?』


「いやいや、細かい話はあとにしてもらっていいですか。今、美羽、たぶん、破水っていうんですかね。自宅マンションの

エレベーターで会って今から救急車乗るんですけど、すぐ来れますか?」


「ちょっと待って。破水? 救急車まだ早い。先にかかりつけの病院に電話して。そして、荷物、玄関先にまとめてた

バックあるから1回家に帰らせないと清潔な状態でいないといけないから……というか、颯太くん、頼んでいいかな。俺、今、埼玉まで来てるんだよ。都内に戻るのに1時間はかかるから」


「マジっすか……俺も、仕事でここ来てて……会社にお昼くらいに戻る予定だったんですけど」


天を見上げてはため息をついた。


「仕方ないっすね。わかりましたよ、調整しますから。その代わり、たっぷりお礼はしてもらいますからね」


拓海は、颯太にイライラをぶつけた。美羽は、申し訳なく思った。


『わかった。たっぷりお礼はするから。よろしく頼んだ。俺もすぐ直接病院に着くように行くから』


颯太はそういうと、電話を切った。拓海は、エレベーターをまた10階のボタンに押し直した。


「何か、清潔な状態でいなきゃないから服着替えて、出産の荷物?玄関先に置いてたからそれ持っていけって言われたけど?」


「あー、うん。いつでも出産になってもいいように玄関先に置いてたよ。そしたら、買い物してた荷物家に置けるね。安心した」


「そんなん、体のこと考えたら後回しだろ?」


「だって、約束したから。紬ちゃんと肉まん買ってくるって。置いておきたくて……」


「おうおう、優しいですね。いいママしてんじゃん」


「……拓海に言われたくない」


ふくれっ面のまま、美羽はゆっくりと歩いて、家の中に入って服を着替えた。トイレに行くと想像以上にパンツが濡れていた。これが破水というのか。新しく履き直したパンツにナプキンをつけて、漏れても大丈夫な状態にした。


ふと体をゆっくりと動かしているとなんだかお腹が鼓動と同じように張り出した。陣痛が始まったのかもしれないとその場にしゃがんだ。


「痛い……」


「え?」


「苦しい」


「陣痛ってやつ?」


「てか、やけに詳しい……」


「俺はほおっておけって」


「じわじわくる……」


「急ごう。歩けるか?」


「ちょっと……」


「ここまで来てもらえるように頼んだ方がいいか」


「でも、救急車じゃなくて陣痛タクシーを呼んだ方がいいかも。妊婦は病気じゃないってよく言うし。

ちょっと待って……ふぅふぅ……大丈夫、頑張って歩くから」


廊下の手すりにつかまって、ゆっくり歩く。エレベーターにまでどうにか乗れた。マンションの出入り口にタクシーが到着していた。利用しようとしていた救急車は帰っていく。別にいいんですよっと優しい救急隊の人だったが、頑固な美羽は断った。


拓海は苦しむ美羽の背中をなでてかかりつけの産婦人科へ行くよう運転手に伝えた。

徐々に陣痛の感覚が短くなっていく。美羽は、汗をかいて、痛みと戦った。



雨が降る街中の交差点ではクラクションが響いていた。


愛の充電器がほしい

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