薄曇りの空が重く垂れこめ、遠くのビル群は朽ち果てた影を落としている。街は死の静寂に包まれ、風が吹き抜けるたび、廃墟の隙間から埃と枯れ葉が舞い上がった。
黒髪の少年が、一人で歩いていた。足音は廃れたコンクリートに吸い込まれ、彼の歩みはどこか迷いがちだった。
「ここは……どこなんだろう?」
小さく呟いたその言葉は、まるで自分に向けた問いかけのようで、自分の声すら遠く感じられた。
17歳のナユは、自分の名前とわずかな感覚以外、何一つ覚えていなかった。目の前の景色も、体の感覚も、過去の記憶も、すべてが白紙のように抜け落ちている。
手のひらをじっと見つめる。冷たい風が肌をなぞり、手の震えに気づいた。彼は自分の存在を確かめるように、指を一本ずつ動かした。
「何も……覚えていない」
声に出すたびに胸の奥に重い痛みが走る。何かが欠けている、そんな感覚だけがはっきりしていた。
足元に散らばる瓦礫。朽ちた家具の残骸。壁にかすかに残った血痕。すべてがこの世界の「死」を物語っている。
「ここで、何があったんだ?」
意識の奥で、まだ見ぬ何かがざわめいた。まるで過去の断片が遠くで囁くように。
影が足元から静かに伸びていく。無意識にその影に手を伸ばし、触れた瞬間、冷たい刃のような感触が掌に伝わった。
「これは……?」
不安と好奇心が混じる中、影は形を変え、彼の手の中で鋭く光る刃へと変化した。思わず体が震える。
突然、遠くからかすかな唸り声が聞こえた。荒れ果てた建物の影から、何かが蠢いている。
ナユは刃を握りしめ、身構えた。
「……来るな」
影が揺れ、刃がわずかに震えた。だが彼の目は冷静だった。
闇の中、獰猛な怪物が姿を現した。鋭い牙と赤い眼光を光らせ、ゆっくりと近づいてくる。
ナユは全身の力を振り絞り、影の刃を振りかざした。闇の中で光る刃が怪物の身体を切り裂くが、その巨体はなかなか倒れない。
「くそ……」
疲労と焦りが募る。影の力はまだ制御しきれず、暴走の危険もある。
怪物の一撃が迫るその瞬間、ナユは心の中で叫んだ。
「負けられない……」
その時、遠くから別の声が響いた。
「そこ危ない!」
まだ姿は見えない。だがナユはその声に背を押され、必死に立ち向かう決意を固めた。
影が彼の周囲で舞い、冷たい刃が再び怪物へと突き刺さる。
この廃墟の闇の中、彼の「記憶」と「力」が目覚め始める——。
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