テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
今日も今日とて💚💙
第十三話 🌸春日和、満開のブランケット
亮平side
ホテルの部屋は、思っていたより静かだった。
ドアが閉まる音。
カードキーを差し込む小さな電子音。
空調がゆっくりと動き出す。
翔太は、いつものように部屋を一周した。
カーテンの隙間。
ベッドの間隔。
加湿器の水量。
無意識なんだろう。
俺の方を見ないまま、荷物を整える背中が、少しだけ小さい。
今日の昼間の光景が、ふと浮かぶ。
笑っていた顔。
肩に触れられても気にしない距離。
ああいう顔、
前にも見たことある。
腹が立った。
俺を選んだはずなのに、
まだあいつの影がちらつく。
でもそれ以上に――
置いていかれる気がした。
「なにしてんの」
声をかけると、翔太は振り返る。
「加湿、少し強めにしようかと思って。亮平、喉弱いし」
ああ。
ちゃんと見てる。
見てるのに、分かってない。
「今日さ」
翔太の手が止まる。
「……なに?」
怒るつもりはなかった。
責めるつもりも。
ただ、確かめたかった。
「ああいうの、平気なんだ?」
翔太は、本気で分からない顔をする。
「ああいうの?」
その顔に、少しだけ力が抜ける。
無自覚。
一番たちが悪い。
「距離、近かっただろ」
ぽつりと言うと、翔太の目がわずかに揺れた。
「あ……」
そこでやっと、繋がる。
黙り込む翔太を見ていると、怒りはどこかへ消えた。
代わりに残ったのは、妙に正直な感情。
「俺がいるときくらい、俺見ろよ」
言ってから、少しだけ後悔する。
重い。
でも、本音だ。
翔太はしばらく黙って、それから、ゆっくり近づいてくる。
「……見てるよ」
小さな声。
「ずっと、見えてた」
その言い方に、胸がほどける。
本当に、悪気がない。
躊躇いがちに掴んだ白い指。
揺れる瞳。
言いたいのに言えないみたいに、
唇がもごもご動く。
「可愛いのはずるいだろ?」
首を傾げる翔太。
本気で意味が分かっていない顔。
……それが一番ずるい。
一歩、距離を詰める。
「俺の隣は、翔太だろ」
一歩、距離を詰める。
少しだけ笑って、
「可愛いのも全部、俺のだから」
翔太が、ほんの少しだけ息を呑む。
「……うん」
それだけで、十分だった。
ソファに腰を下ろすと、翔太も隣に座った。
家から持ち込んだブランケット。
ホテルの備え付けじゃ落ち着かないらしい。
俺の匂いが残るブランケット。
差し出された、俺側――
翔太はいつも、そこを俺に寄越す。
……毎回。
……偶然かもしれないけど。
ブランケットの中は、昼よりずっと静かだ。
外ではあんなに無防備なくせに、今はやけに静かだ。
「外では、気をつける」
ぽつり。
「俺の前では?」
少し意地悪に聞く。
翔太は考えて、それから小さく笑った。
「……なんか、安心しちゃって油断する」
その答えに、胸の奥が柔らかくなる。
今日のイライラなんて吹き飛んでしまうほど。
触れる距離は、昼より近い。
「……翔太」
思っていたよりも低い声が出た。
翔太がびくっと肩を揺らす。
「さっきさ」
そこで止める。
目を合わせる。
「俺、怒ってた?」
問いじゃない。
試す声。
翔太は一瞬迷って、それから小さく頷く。
「……うん。ちょっと」
亮平は息を吐く。
「ならよかった」
翔太が目を丸くする。
「なんで?」
「気付いてるならいい」
いつの間に摘んだのか、俺のシャツの裾を掴んでいる翔太の手ごと握る。不安げに揺れる瞳が可愛らしい。
「……ごめんなさい」
「外では気をつけて――
翔太、可愛いから。俺、心配」
ブランケットの中でぐっと引き寄せると、頰を赤らめた翔太は
胸に手を当て息を呑んでいる。
距離が、消える。
翔太の呼吸が、少しだけ乱れる。
近づきすぎると、いつも一瞬固まる。
……あれ、なんなんだろう。
何かの警報でも鳴ってるのか?
ほんと素直じゃないんだから。
でも今日は、止めない。
「俺の前では素直になって?」
翔太はしばらく黙って、
それから胸元に額を押しつけた。
「……亮平の前だと、余計に無理///」
一瞬、息が止まる。
……それ、俺に言う?
ほんと、ずるい。
ほら、もう可愛いんだけど……
そんな顔されたら、
理性なんて保てるわけない。
抱き寄せると、胸に顔が触れる。
誰もいない。邪魔も入らない。
春の夜は、まだ少し冷える。
でも。
腕の中は、ちゃんとあたたかい。
今日の嫉妬は、もう、残っていない。
胸の奥で、ゆっくり花が咲くみたいに、熱が広がる。
昼よりずっと近い。
外の春より、あたたかい。
紫外線も、人も。
何も気にしなくていい場所。
俺の前なら、何も守らなくていい。
昼に言った言葉が、
今ここで、ちゃんと意味を持つ。
ブランケットの中だけ、春は満開だった。
俺の視界にいるのは、翔太だけ。
……もう、無理。
そんな顔、俺以外に見せるなよ。
理性崩壊、五秒前。
覚悟は、いい?
もう逃げられないよ、翔太。
翔太の胸に押し当てた手のひら。
跳ね返る鼓動。
……異常。
「ふふっ……大変そう」
行き場のない翔太の小さな手を、頭上で絡め組み敷くと、
早すぎる鼓動に
そっと唇を落とした――
春は、まだ始まったばかり。
コメント
2件

うーーーわ めっちゃ好き!!!!!🥹🥹🥹🥹