「アレはどうやったんだ?」
涼しい顔をして戻ってきた爺さんに、早速種明かししてもらうことに。
「何じゃ?人の奥の手を簡単に聞くのかのぅ?」
「いいだろ?元弟子なんだから」
「わ、私も気になりますっ!」
リリーも気になるってよ!
最愛の奥様のお願いには弱いらしく、簡単に口を割ってくれた。
「砂塵じゃ」
「サジン…?」
「そうじゃ。舞台にある砂塵を、開始前に足で集めておいた。それを開始と同時に手で拾い、接近して放ったのじゃ」
えっ?
「それって…卑怯じゃ?」
「何を言うておる。それを言うならあの体格も卑怯じゃろうて」
「つまり目潰しをしたと…」
「砂塵程度目潰しにはならぬよ。あくまでもそこに意識を集めることが目的じゃった」
リリーの解答は半分不正解だったようだな。
あくまでも囮か。
確かに爺さんの言う通り、意図しなくとも埃が目に入ることもあるだろうから、それを戦術に組み込むことは卑怯ではないな。
体格が卑怯は、この国では人種差別になるから気をつけてね。
ブタさんもいることだし。
『これにて、本日の試合は終わります。明日は一回戦の続きからになります!乞うご期待下さい!!』
実況の宣言により、今日の武闘会は終わった。
俺は明日の最後の方だな。長い……
「一回戦突破おめでとうっ!!」
聖奈の音頭により、晩餐会が始まった。
聖奈は今、世界中で行動している。
理由は声明文の出所を絞らせないためだ。
そして今日はヨーロッパにいたから、俺が迎えに行った。
ヨーロッパはまだ昼間だからな。
「俺はまだ試合していないがな」
「お主は放っておいてもどうせ勝つんじゃ。老い先短い儂の為の言葉じゃろうて」
「お爺ちゃんはまだまだ元気でしょ…?リリーさんとお爺ちゃんのお祝いだよ」
殺しても死ななそうというか、爺さんは誰よりも長生きしそうなくらいだ。
「セーナありがとう。私はセイを倒すまで負けるわけにはいかないからな!」
「儂は…そうじゃな。嫁さんに負けない程度に頑張るわい」
「リリーさん。優勝したらルナ教の宣伝を…」
「問題ない」
「じゃあ、セイくんをコテンパンにしてもいいよっ!!」
「おいっ!?旦那なんですがっ!?」
何だよそれっ!?俺の応援は無しかっ!?
そうだっ!ミラン!
ミランは俺の味方だよな?なっ?
「セイさんが負ける姿ですか…一度くらい見てみたいものですね」
えっ!?
「…負けて落ち込んでいる所を慰めたら……ワンチャン…」
おいっ!誰だよ!
俺の天使にワンチャンなんて言葉を教えたのは!?
結局俺は味方を見つけられず、次の日を迎えた。
『一回戦!第120試合を行いますっ!!そろそろ飽きてきましたが、仕事なので選手紹介をします!!』
翌日、日没前に俺が出る試合が漸く始まる。
この実況、ホントにダメ人間だな…心の声はしまっておけ。
それだけで結婚出来るから。
『西は今大会の主催者が一人!そして!なんと!嘘のようですが!北西部はバーランド王国の国王!セイ選手ですっ!!第七夫人でいいので、私の席はありますかぁっ!?』
あるわけないだろ。
何だよ第七って。第六までいるように言うなっ!!
ミランの殺気が貴賓席からここまで来ているだろうがっ!!
俺の相手は大猩猩獣人で、見た目はゴリマッチョって感じの人型だ。
膨れ上がる上半身に目は行きがちだが、太ももも競輪選手真っ青なモノをお持ちです。
『では!開始っ!!』
ドンッ
実況の合図と共に、待っていましたとばかりにゴリマッチョが突っ込んできた。
踏み込んだだけで石の床がひび割れたぞ……
バンッ
「くっ!」
バババババッ
踏み込みも尋常じゃない速さだが、そこから繰り出される打撃も輪をかけて速いっ!
音速を超えているのか、空気の弾ける音が後から聞こえてくる。
もちろんそんな攻撃を受けるわけにはいかず、俺は全て躱した。
「ほう。噂通りの武王らしい。これは楽しめそうだな」
「いや、か弱い人族だから存分に手加減してくれ」
ウホッとか言わないんだな。普通に喋ってら。
「ぬかせっ!!」ダッ
一旦仕切り直しと距離を取ったが、バゴッと石の床に足をめり込ませて、爆発的な初速でこちらへと迫る。
二回目だからな。もう驚かんよ。
俺はゴリマッチョ氏の突進を半歩踏み込みながら躱し、残した右足で相手の足を掛けながら、慣性の法則に逆らわない様に投げ飛ばした。
ドンッドンッズザザーーッ
ドサッ
とんでもない速さで飛んでいったゴリマッチョ氏は、床に二度バウンドして、そのまま場外へと滑って行った。
『勝負あり!勝者セイ選手っ!!ここでは参加者は全て選手なので、敬称を省略することをお許し下さいっ!!まだ処刑しないで下さい!!せめて結婚まではお待ちくださいっ!!』
しねーよ。俺はこう見えて、権限が一つもないんだよ!!
とゆーか、結婚は来世まで無理だろ。
「参った参った。最後の動きは全く見えなんだわ。それに投げられたことにも気付けなかった」
「こっちも驚かされたよ。アンタみたいな強者と戦ったのは久しぶりだ」
まぁ殆どの強者を俺は知らんけど、爺さん以来の脅威だった。
でも、驚いたのは本当だ。
身内以外の試合はマジマジと見ていないけど、こんなに強い奴らばかりなら、優勝が危うくなったな。
いきなり身体強化全開だったから、奥の手とかないし。
「そうか。武王と名高いバーランド国王にそう言わせたのなら、出た甲斐もあったというものだ」
「俺はそんな奴知らないな」
誰だよ。武王とか覇王とか変な噂広めた奴は。
バーランドの本当の王は魔王だからな?
勘違いすんなよ?
何はともあれ、俺は辛くも勝利を手に入れた。
その後、試合は順調に消化していったが、俺達の方は順調とは言えなかった。
「惜しかったな」
「惜しくはないさ。完敗だった。パワーもスピードも技術も相手が一枚上手だった」
三回戦でリリーが敗退してしまった。
リリーの言う通り俺の言葉は慰めでしかなく、相手が強すぎたんだ。
「順当に行けば爺さんと四回戦後に当たるな。勝てそうか?」
「どうじゃろうな?負ける気はないが、気持ちだけで勝てるほど甘くはなかろうて」
そりゃそうだ。
気持ちなんてものは全ての準備をした上での話だ。
気持ちで負けたとかよく聞くが、それは何故負けたのか分かっていない者の戯言に過ぎない。
その点リリーは負けたのに清々しい顔をしている。
自分に出来ることをしてきた上に、試合でそれを出せたのだろう。
それか、剣を持てば負けないと考えたか。
「セイは順調そうだな?」
「まだこれからだからな。それに一回戦の相手が強すぎたせいか、二回戦の相手は物足りなく感じたしな」
二回戦の相手は、パワーこそあれどスピードはなかった。
俺は殺さないように身体強化の出力を調整して、殴り飛ばした。
俺はここへ布教の為にやってきている。
別にルール違反じゃないとはいえ、殺人は印象が悪い。
ある意味手加減がいらなかった一回戦の方が楽だったまであるな。
その日に行われた三回戦も難なく突破した。
ここからは一日置きで試合が行われる。
理由は選手のダメージ管理のためだな。
観客は全力の戦いが観たいようだから、当然の処置だと思う。
「お疲れ様!いよいよ明日は準決勝だねっ!!」
これまでこちらに帰ってくることすら出来ていなかった聖奈が、漸く合流した。
「みんな強いから思っていた何倍も大変だったぞ…」
「いくら素手での戦いとはいえ、セイくんにそう言わせるなんて、流石獣人達だね!」
ホントにな……
身体強化の鍛錬をし続けていなかったら、一回戦も突破できていなかっただろうな。
この世界はホント、楽をさせてくれない。
「ここまで無傷なのは爺さんだけか。流石だな」
他の参加者は血だらけの殴り合いを制して上がってきている。
俺もそこまでダメージはないが、一度取っ組み合いに持ち込まれて、右腕の靱帯を痛めてしまっている。
「ふぉっふぉっ!儂のような年寄りは、一撃貰うだけであの世じゃからのう。勝っている内は無傷じゃ」
好好爺のように話すが、この爺さんはゴリマッチョだ。
全然口調と見た目が一致しない……
アンタ、鉄アレイで殴っても死なないだろ。
「ふふっ。兎に角!二人とも明日と明明後日は頑張ってね!!私も応援に行くから!」
ふぁい。
聖奈の激励に、気のない返事を返した俺は、身体を癒す為、早々に寝室へ向かった。
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