ドアの敷居を挟んで完全にフリーズするオレと千歳。
そしてそんなオレ達に挟まれ、歩美さんは不思議顔でオレと千歳に顔を見比べている。
千歳の顔の前で手を振り、反応がない事を確認すると、オレにも同じ事をして、反応を確認する歩美さん。
やはりオレからの反応はなく、今度は腕を組んで困り顔……
平日の真っ昼間から、新築マンションの9階角部屋の前で男女三人が固まっているという奇妙な構図。
しかも、一人はお腹の大きな女性だ。近所の人が見たらどのように見えるだろうか…………修羅場?
そんな事も頭の隅を過ぎったが、それでもオレから動く事は出来なかった。
そして、この奇妙な空間で最初に動いたのは歩美さん。
さすが最年長。正に亀の甲より年のこ、うぐっ!!
歩美さんは、後ろにいたオレの鳩尾に肘をめり込ませると、ニッコリ笑って振り返り、
『年の事に触れたらぁ、殺しますよぉ~』
という、アイコンタクトを送って来た。
その黒い|天使の微笑み《エンジェルスマイル》に、額から滝のような汗を流し、物凄い勢いで何度も頷くオレ。
てゆーか、編集長といい歩美さんといい、この編集部ってニュータイプ率が高くないか?
鳩尾を押えて痛みを堪えるオレを尻目に、歩美さんは一歩前に出て千歳の前に立つと――
「え~いっ」
「「え…………?」」
可愛らしい掛け声をあげて取った歩美さんの行動に、揃って疑問符を浮かべるオレと千歳。
そう……何を思ったのか? 歩美さんは目の前に立つ千歳の胸を両手で鷲掴みにしたのだ。
「むっ? むむむむむぅぅぅ~」
更に眉をしかめながら、掴んだ胸を揉みしだく歩美さん。
――と、ここでようやく我に返った千歳が、胸を隠すように後ずさった。
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと歩美さんっ! な、何をしてるんですかっ!?」
顔を赤らめ、抗議の声を上げる千歳。
しかし当の歩美さんは、さっきまで二つの脂肪の塊が収まっていた手のひらを難しい顔で見下ろしていた。
「ね、ねぇ……智紀くん……」
「は、はい?」
「謎はすべて解けましたぁ……」
「は、はあ……? そ、それは何よりです……」
深刻そうな表情を浮かべて、手のひらに向かって呟いていた歩美さん。
しかしオレが曖昧な返事を返すと、いきなり拳を握り締めて詰め寄り、顔をズイっと近付けて来きた。
「ショッピングや映画なんかには、付き合いのいいメグちゃんがぁ、なぜかサウナや温泉を頑なに拒否る謎が解けたんですぅ~!」
間近に迫る歩美さんの見開いた瞳に、今度はオレが身体を仰け反らせて後退る……
か、顔近いです……それから胸も当たってます。
相変わらずの狭いパーソナルスペースを発揮する歩美さんに、なんとか平静を保とうと頑張るオレ。
しかし歩美さんは、そんなオレの見えない努力など気にも止めず、すぐに後ろへと振り返り、某法廷ゲームの主人公みたいにビシッと千歳の顔を指差した。
そして――
「メグちゃん、その胸……実は詰め物入れて、底上げしてるわねぇ~」
「――――――――――!?」
胸を隠すように立っていた千歳の顔が一気に赤くなる。
そして、その体勢のまま一歩後ろに下がると、無言のまま勢いよくドアを閉めて鍵をかける千歳……
「あ、あれぇ~? 場を和ませる冗談つもりだったのだけどぉ…………もしかして図星ぃ?」
はい、どうやら図星のようです。
結局その後、閉じられた天の岩戸が再び開いたのは、二時間後の事だった。
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