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睨みつけられ、脅されているようにしか思えないヒルデガルドは、仕方なく小さくなったイルネスを両手に抱き上げ、向かい合ってくすっと笑う。
「……生きててよかった」
「ハ、こっちの台詞じゃ」
イルネスはふふんと自慢げに。
「意識が戻ったとき、ぬしらの気配を感じて、ずっと灰の中でジッと待っておったんじゃが……本当に無事でなにより。儂の努力の甲斐があったわ」
ただ、ちんまりとした自分の身体には不満そうだった。
「こんな身体じゃ、自分の娘のように面倒を見てくれるかの」
「お前にはミモネがいるだろ?」
連れて帰れば済む話じゃないか、そんなふうに考えていると、イルネスは首を横に振って、少し馬鹿にしたような笑みで「フッ、無理じゃ」と答えた。彼女は自分の小さな胸を手のひらでとんとん叩きながら。
「儂の魔核は崩れかけておる。これを治すためには、人間とは違って、儂らは他の魔物の魔核を喰らい続けるしかない。でなければ、徐々に儂は死んでいくことになる。……ぬしと一緒にいながらのほうが確実じゃ」
アバドンとの契約を知らないのだろう、とヒルデガルドは「でも旅に出るぞ」と断った。一緒に連れて行けば危険も伴う。イーリスたちに預けたほうが安全だ。と、それはあくまで彼女の考えであり、イルネスは違った。
「だったら儂もなおさら連れて行ってくれ。魔核が崩れかけているとはいえ、栄養を蓄えていけば肉体も徐々に理想へ戻っていく。ぬしに何かあったとき、手助けができるかもしれぬし、結構色んな土地に詳しいゆえ」
あまり良い顔はできない。それまでに守るのはヒルデガルドの役目になるし、そもそも連れて行くことをアバドンが許すのかが分からなかった。
「ボクはイルネスがついて行くのに賛成だ」
と、小さく手を挙げたイーリスが、少しだけ羨ましそうな顔で。
「ヒルデガルドの助けになるのは間違いないよ。イルネスは単純に魔物の魔核を摂取すれば回復していくんだし、期間は五年あるんだろ? 無理しない程度に計画を立てていけば、良い結果に繋がるかもしれない」
「それはそうなんだが……とにかく、二日後だ。あいつが面白がって、良しとしてくれるかどうかは、話してみないと分からない」
ひとまずイルネスを地面に降ろし、足下に置いていたローブを丸めて抱える。シャロムも今は落ち着いているので、ほどなく目を覚ませば、自力で動けるほどに回復しているだろうと安堵する。
「あとはアーネストを探さないと。首都がこの状態だから、戻ってはこれないとしても避難した人々に勝利を伝えなくてはな」
「だったら、戦勝報告はアタシたちに任せて。きっと皆、喜ぶわ」
魔力を分け与えたとはいえ、活動の限界でもない。避難区域にあるポータルロックを起動して、それぞれが避難先へ行って戦勝報告を行うことになり、彼女たちは、善は急げとばかりに悠々と向かっていった。
『では姉御、俺たちも仕事は終えた。また会おう』
『楽しみにしてるぜ、姉御! じゃあな!』
ベルムたちも飛び去っていき、騒がしかった戦場もすっかり静かになった。首都から離れたところでは冒険者たちが互いが生き残ったのを讃え合っている姿が、遠目にも分かる。ようやく全てが終わった気がした。
「では、私たちもやるべきことを──」
何かが飛んでくる。全員がそれに気づきながら、咄嗟に反応ができない。「あぶない、ヒルデガルド!」とイーリスが叫んだが、間に合わなかった。彼女の胸に、少し大きめのナイフが突き刺さった。
ナイフが飛んできた先では、よろよろと起き上がって体勢の安定しないクレイが立っていた。
「往生際が悪いな、クレイ」
ナイフは確かに心臓を貫いている。しかし、ヒルデガルドは突き出たナイフの先を指で触れ、一気に押し戻すようにして抜いた。大量の出血はあったが、傷は瞬く間に塞がり、激しい痛みはあったものの、彼女は平然とした様子だ。
「な、なんで死なない……!? たしかに、そうだ、あのときも、俺はお前を殺す気で貫いたのに……なんで動けるんだ、お前は!」
「君に呼び出されたときのことか? あれなら、中々に厳しい状況だったよ。だが、今は違う。やはり情報が些か欠けていたようだな」
呆れるしかなかった。同時に哀れみもした。たった二人しかいない世界を救った英雄の、その片割れが、今や世界の存亡を賭けるほどの大罪を犯し、デミゴッドと手を組むまでに落ちぶれてしまったのが、悲しかった。
「私は霊薬を創り、それを飲んで、ほぼ不死身の肉体を得ている。ちょうど君に襲われて間もない頃だった。……それを今日までずっと隠してきた。こうなることは予見できていたから、切り札としてずっと残していたんだよ」
近寄ろうとしたクレイは、足下がおぼつかずにその場で倒れる。ディオナに精気を吸い取られたせいで、一度でもまともに立ち上がっただけでも驚くべきことだ。そんな彼を、ヒルデガルドは傍で見下ろす。
「君の負けだ、潔く眠れ。もう疲れ果てただろう」
クレイは弱々しい呼吸をして、見上げることすらできないでいる。そんな彼の頬に、そっと手を触れて、ヒルデガルドは優しく声を掛けた。
「許されないことばかりだ。でも、せめて最後くらいは看取ってやる。……一度は世界を救ったんだ、私と一緒に。そうだよな、クレイ?」
彼の滲ませた「どこで間違えたのかな」という言葉が、静かに溶けた。身体に浮かび上がった薄紫の紋様が、既に彼がディオナの術中にあったのを示す。
「さあな。ただ私たちは愚かだった。それだけだよ」
「そう、だな……。好きだったよ、ヒルデガルド」
好きすぎて壊してしまいたいくらいだった。なのに、今は、ただ申し訳なさだけが込みあげてくる。なぜこんなことをしてしまったのか。彼は後悔して涙を流しながら、ゆっくり息を引き取った。
夢魔によって精気を奪われた彼の肉体は緩やかに灰のように崩れていく。最後に残ったのは、彼が身に着けていたらしいロケットだけで、ヒルデガルドが開いてみると、中には彼女と二人で並んで描いてもらった肖像画が挟んであった。
「懐かしいな。旅の終わりに画家に頼んで描いてもらったんだったか。……またな、クレイ。次はもっといい奴になれるように祈ってやろう」