弔いを済ませ、立ち上がってロケットを首に掛ける。
「行こう。彼の魂も、きっと良い方向へ進んでくれるはずだ」
「なんだか、すっきりしない終わり方だったね……」
イーリスが杖をぎゅっと握り締めた。これが共に世界を救った英雄たちの別れの形なのかと胸が痛んだ。
「それでいい。私たちは、お互いを知らなさすぎた。いや、知ろうとしなかった。もっと歩み寄って声を掛け合っていれば、こうはならなかったのかもな。……言わなくても分かるなんて、そんなのは都合の良い話に過ぎないんだよ」
勝手に知ったつもりで、気持ちは通じていなかった。言葉を深く交わすこともなく、ただ仲間としての信頼が『通じ合っている』と思わせていただけだ。ヒルデガルドは自分の追い求めたものを認めて背中を押してくれると思っていたし、クレイは自分を受け入れてもらえると疑っていなかった。
そんな小さな勘違いが、全ての元凶になってしまった。ちょっと、いや、たったひと言さえあれば。そう思わずにはいられなかった。
「悲しい生き物じゃのう、人間というのは」
ぺたぺたと裸足で先を駆けていき、イルネスが振り返る。
「必要のない後悔などするな。ぬしらは戦い、そして人々を救った。それ以上に必要なのは、これから先のことであって過去を振り返ることではないじゃろう」
ビシッ、と先を指差したイルネスが。
「ほれ、あっちにおるぞ。気配がある」
「……ん。助かるよ、行ってみよう」
イルネスの跡を追いかけていくと、大きな瓦礫の裏で疲れた顔でもたれかかっているアーネストがいる。彼の持っていたヒルデガルドのお守りは、バラバラに砕けていて、欠片だけが彼の手の中にあった。
幸い、イーリスのポーションのおかげで怪我は癒えているが、もう立ち上がる気力もないほどに疲れ切った様子だ。
「元気そうで何よりだ、アーネスト」
「そちらこそ。あなたが生きていて本当に良かった」
「ああ、起きなくていい。そのまま休んでいろ」
「生きているのが不思議だよ、夢でも見てるみたいだ」
五年前の戦争を経験しているアーネストは、さすがに今回ばかりは幸運にも見捨てられるに違いないと思っていた。吹き飛ばされる瞬間も、ヒルデガルドの加護があったから生きていただけで、これは耐えきれない、と諦観もした。
なのに、今は怪我も癒えて五体満足だ。残っているのはせいぜいが疲労だけで、自分の運の良さと恵まれた環境に、喜びのため息がもれた。
「イーリス、あなたがいてくれたおかげだな」
「そんな。ボクはただ薬を持ってただけで……」
「自分には使わず、俺に残して行っただろ」
指を差された彼女がローブをばっと握って慌て出したのを見て、違和感を覚えたヒルデガルドがぎろっと睨む。
「……はやく脱げ、見せてみろ」
「い、いやだなあ! いきなり脱げだなんて──」
「私を怒らせるのが君の趣味か?」
そう言われると、彼女は気まずそうに手を緩めた。
「う、ご、ごめん……。なんとか誤魔化してたんだけど」
脇腹から滲んだ血は彼女の服を真っ赤に染めていた。クレイに吹き飛ばされたとき、家屋に使われていた木材の破片が、ローブの隙間から彼女の脇腹を突き刺したのだ。傍にいたのがアーネストだったおかげで、それ以外の酷い怪我はなく、身体強化の魔法で無理やりに近い形に止血を行っていた。
誰にも悟らせないつもりだったが、全員を騙すのは無理だったな、とイーリスは申し訳なさそうにまたローブで傷を隠す。
「大丈夫、治療はちゃんと受けるよ」
「そうじゃないだろ。君は私の目の前で死ぬ気だったのか?」
ヒルデガルドは泣きそうな顔を向けた。もしアバドンが彼女の要求を呑んでいれば、魔力が切れた瞬間に傷の状態は悪化して、間もなく死んでいた。それが、彼女は許せなくて、揺れた声が、怒りを滲ませた。
「私が何より大切にしているのは君だ。目の前で、私のせいで死なれたら、正直言って立ち直れる自信はない。頼むから、弟子が師匠より先に死のうとするな。絶対にそれだけは約束してくれ、私のためを想うなら」
自分の目の前で師を亡くしたヒルデガルドも、当時は逃げた。悲しくて、悔しくて、それでも生きる道を選んだのは『強く生きて』という言葉を残されたからだ。いつだって、師にとって弟子は我が子のようなものなのだ。失うなど考えられないし、考えたくもない。
肩を強く掴まれたイーリスも、悲しそうに俯いた。
「気を付けます、……師匠」
飛空艇で好きなものはないかと尋ねたときのことが、頭をよぎった。しばらく考えた末に彼女は「弟子」と答えた。それがなおさらに胸を締め付け、イーリスは無茶だったと後悔する。自分の正義感ひとつで、癒えることのない傷を永遠に植え付けるところだった、と。
「仲直りができたんじゃったら、話は次じゃな」
こほん、とイルネスが空気を変えるために話題を振った。
「イーリスも治療を受けねばならんし、ミモネのところへ行かぬか? ぬしらの大切なアベルたちが、今頃首を長くして待っておるじゃろうしの」
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