コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第4話:おとなのリング
ネクタイがうまく結べない朝。
ユウトは鏡に向かってため息をついた。
社会人一年目。
スーツに新品の社員証、そして――仕事用リング。
右手の人差し指にはめられたそのリングは、灰銀色の金属光沢に、薄緑色のラインが刻まれたデザイン。
「空間整理・業務効率支援」属性。通称ロジカル属性リング。
部署ごとに支給される、企業向けリングだった。
東都エフェクト社 営業サポート部 第三課
ユウト・22歳。
短髪で少し猫背、優しげな雰囲気と声が特徴。
だが今日も、入社から3日目にして「指示ログの取り違え」で先輩に頭を下げていた。
「リング、使い慣れてないなら“補助AI”起動してみたら?」
教育担当のリカ先輩が言う。
彼女のリングは同じ型でも、使用痕でつやが鈍くなり、指に自然に馴染んでいる。
「はい……すみません」
リングを見つめながら、ユウトはうまく答えられない。
このリングは便利すぎる。
資料を指差すだけで自動で並び変え、メールに添付ファイルをまとめてくれる。
でも、速すぎるのだ。
考えるより先に動いてしまうリングに、自分の心が置いていかれているようだった。
「ここ、並び違いますよ」
また指摘された。リング任せで整理した資料が、上司の意図とズレていた。
「失礼しました……」
ユウトはそっとリングを外した。冷たい金属の感触が、なぜか少しだけ安心する。
昼休み。屋上のベンチに腰かけていたユウトに、リカ先輩がやってきた。
「無理に“仕事用リング”使わなくていいんだよ。あれ、効率はいいけど“人の速さ”に合わないと逆効果だから」
「……そうなんです。自分が、仕事できるふりしてるだけみたいで」
リカは自分のリングを外して見せた。
「これね、入社当時の私には合わなかったよ。今でも、外して整理する時ある」
その言葉に、ユウトはふとポケットに入れていた自分用のリングを取り出す。
大学時代に自作した、赤みがかった銅色の“火と記憶の複合リング”。
火の属性は、記録を素早く“燃やす”ように整理できる。
ただし、自分の“判断”を通さないと動かない仕様だった。
それが、彼にはちょうどよかった。
その午後から、ユウトは仕事用リングは通知と時間管理だけに使い、
記録整理は自作リングで“手を動かしながら”行うようにした。
翌週。
会議後の上司がつぶやいた。
「最近、資料が妙に“読みやすい”んだよな。余白の使い方とか、妙に人間くさくて」
ユウトは少し照れながら、「ありがとうございます」と頭を下げた。
その手には、2本のリングがあった。
効率の灰銀と、火の記憶色。
そのどちらも、彼の“仕事のやり方”を支える魔法だった。
魔法は、道具ではあるけれど、
“自分をどう使うか”を教えてくれる、もうひとつの先生なのかもしれない。