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◻︎気持ちの切り替え
自分で仕込んだ唐辛子入り鶏団子の、あまりの辛さに水をがぶ飲みしてしまう。
私は辛いのが苦手だったことを忘れてた。
「……あっ!」
何かに気づいたように、結衣が立ち上がった。
「どうしたの?」
「!!」
バタバタとトイレに駆け込む結衣。
そのまま、しばらく出てこなかった。
「お腹痛い?大丈夫?」
私は心配になって、ドアの前で待った。
ガチャリと鍵が開いて、結衣が出てきた。
下を向いている。
「ん?どした?」
「……り…った」
「ん?」
小さな震える声で聞き取れなかった。
「生理に、なった…う、う、うわぁーん!」
そのまま私にもたれかかって、大声で泣いてしまう。
_____あ、もしかして?
私は結衣を抱きしめて、そのまま泣かせた。
お父さんにされたことで、もしかしたら妊娠したかもしれないとそれが不安だったのでは?
「うわーーーーん!あー…ん」
まるで小さな子どものように、声を上げて泣き続ける結衣を、私はただ抱きしめて背中をさすることしかできない。
この小さな背中に、今にも押しつぶされそうなものを背負っていたんだと思うと、不憫でならなかった。
でも、ここは一応、知らないふりをしておく。
私は、礼子に頼まれた家政婦なんだから。
どれくらいそうしていただろうか。
泣き過ぎたせいか、ひっくひっくと嗚咽が止まらない様子だ。
「あ!ねぇ、生理用品、買ってこないとここにはないんじゃない?ここの住人、もうあがってると思うから」
うんうんと、うなづく。
「そこのコンビニまで行ってくるから、待っててくれる?」
私はバッグを持って、急いでコンビニに向かった。
これで一つ、結衣の心の荷物は下ろせただろうか?
とても、なかったことにはできない事実、それをこれからどうやってあの子は、気持ちの整理をつけていくのだろうか?
コンビニの駐車場で、礼子に電話をした。
『ごめんね、美和子、あと一軒訪問するところがあってもう少しかかりそうなの』
「そんなのはいいよ、あのね…」
私は結衣の様子と、生理になったことで大泣きをしたことを話した。
おそらくそれで一つ、心配事が減った気もするということも。
「でも、私は何も言ってないんだ。まぁ、家政婦で通すつもり」
『ありがとう。でも、もしも結衣ちゃんから話してきたら、聞いてあげてくれる?聞くだけでいいから。内にあるものを少しずつでも出して欲しいんだ。仕事として関わる私より、ただのおばさんの方がもしかすると、話せるかもしれないし』
「じゃあ、話してきたら、ね」
『うん、よろしく』
買い物したバッグを持って、急いで秘密基地に戻った。
棟の前に、秘密基地を見上げるように立つ人影を見つけた。
_____女性?誰?
人影は、こちらに気づいたのか、さっといなくなった。
直感で結衣の母親だろうと思ったけど、追いかけることはやめておいた。
「ただいま!結衣ちゃん、これ買ってきたよ」
「ありがとうございます」
レジ袋のまま渡すと、それを持ってトイレに行った。
テーブルにあった鍋の中身は、半分ほどなくなっていた。
_____よかった、食欲はでてきたみたい
コンロに火をつけて、温め直す。
「あの、たくさん、食べちゃいました」
「うん、たくさん食べてくれてうれしいよ。お腹は痛くない?」
「はい、大丈夫です。多分明日?いつも二日目がちょっと重いので」
「そっか。あったかくしてのんびりしとくといいよ、あ、そうだ、いつも持ち歩いてるやつ、あげるね」
私はバッグからポーチを出して、市販の鎮痛剤を結衣に渡した。
「そんなにキツくない、市販の鎮痛剤だから。生理痛がひどいときに飲んで」
「はい、あの、色々ありがとうございます」
「うちにも女の子がいて、なかなかの生理痛らしくてね、その子も飲んでるから」
「そうなんですね、あの、えっと、家政婦さん?お名前聞いてもいいですか、呼びにくくて」
「あー、美和子でいいよ」
「美和子さん…美和子さんの娘さんてどんな人ですか?」
お鍋から白菜を掬ってハフハフ食べる。
「ん?娘?あっつっ!普通の、どこにでもいる子だと思うよ。結衣ちゃんよりだいぶ年上だと思うけど」
「普通…ですか?」
私の箸が止まる。
「そうか、普通なんて言い方、変だよね?ありふれてるというかどこにでもいるタイプだよ。今はね、結婚しても大丈夫かどうかお試し期間で彼氏と同棲中で、家にはいないけど」
「えっ、お試し期間ですか?結婚の?」
「うん、そう。ダメだと思ったらやり直せばいいし。これがいい!と納得するまでは、なんでも何回でもやり直せばいいと思うからね」
春菊がとろけてしまった、あーぁ。
「何回でもか…私もやり直せるかな?」
「何かやり直したいことあるの?」
「たくさんあります、でもそんなことできるのかなぁ…」
「できるんじゃない?大事なのは、やろうと思って行動することだと思うよ」
結衣は黙り込んでしまった。
しばらく何かに思いを巡らせているようだった。
「…何もかも全部やり直したいと思っちゃって、結局、何をどうしたらいいかわからないんです…」
「なるほど…そうか…じゃあ、ノートにでも書き出してみたら?そうだね、やり直したいことじゃなくて、これからやりたいことをぜーんぶ書いてさ、一個ずつやっていくとか?」
「やりたいこと?あー、それなら書けるかも?」
結衣の表情がパッと明るくなったように見えた。
今までのことを振り返るより、先を見る方がいいのかも?
そう思った。
それから少しして礼子が帰ってきた、女性を連れて。
さっき下にいたその人は、やっぱり結衣の母親だった。