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4件
ちょっと前まで涼ちゃんビビってたのに今はだんだん狂ってきてる、もちき“また”知ってくださいねってそういうこと!?多分…これが共依存ということなのかいなか…
少しだけ狂った愛。こういうの好きです……笑
普段はXでイラストを投稿しているので小説をなかなか更新出来ず申し訳ないです。
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「うん、今日もいた」
図書館の休憩時間スマホの画面をそっとなぞる。画面には駅前の通り。道の向こうを歩く金髪のインナーを入れた男性の後ろ姿。
(休憩は13時から45分まで)
(やっぱり大森さんってランチはこの時間が多いんだ)
カメラロールには彼の写真が何枚も収められていた。遠くからそっと撮ったもの、うつむいた横顔、買い物袋を提げた後ろ姿。傘を差しながら信号待ちするシルエット。
(これで大森さんの生活リズムがまたひとつわかった)
ストーカーをしているという自覚はない。
「知りたい」だけなのだ。
好きな人のことをもっと、もっと。
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藤澤は美容室の予約を「藤沢すずか」の名前で入れている。
身バレを防ぐためではない。単純に最初に使った偽名を戻すタイミングを逃しただけだ。
でも、その名前で呼ばれるとちょっとだけ楽しい気持ちになる。
(大森さんだけが知ってる僕の秘密みたいで)
美容室で大森と話す内容は毎回記録している。手帳の端にその日の髪型、話題、会話の断片を走り書き。
「今日は天気の話だった。右側の毛流れを整えてくれた」
「左耳の後ろを触られた時いつもより長く手がとどまっていた」
「最近、疲れてませんか?と訊かれた。何か気づいてるかも?」
(全部、大森さんからのヒントだと思ってる)
(きっともっと僕を見ていいよって、サインなんだ)
少し前から美容室のゴミ出し時間を調べていた。スタッフが裏手にゴミを出すのはだいたい午後6時前後。タイミングを見てその袋の中に紛れ込んでいた使用済みのコームや手袋を拾ってきた。
(ちゃんと密閉して大事にしてる)
(それで何か悪いことがある?)
藤澤にとって、それは「彼を知るための標本」だった。
香水の匂い。整髪剤。肌に触れた跡。それらを自分だけが知っている。
(他の誰よりも大森さんに近い)
(他の誰にも、渡したくない)
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ある日図書館の倉庫で保管していた古い美容専門誌をこっそり抜き取って帰った。
大森が特集されていた2年前のページ。
「あ、これ……」
そこには大森のフルネームと、出身校、趣味、座右の銘などが書かれていた。
手が震えた。
(……初めて知ることばかり)
(こんなに近くにいるのに、まだ知らないことがあるんだ)
それが悔しくて、でも嬉しくて、藤澤はそのページを、何度も何度も指でなぞった。
翌朝、大森の家の前に落ちていた新聞受けの広告にふと気づいた。指先で拾い上げると、大森の名字が印字された配達表が見えた。
そのまま、少し歩いて建物の表札を確認する。
(ああ、やっぱりここだったんだ)
前にも何度か通ったことのある住宅街。
ここが大森さんの家かな?と思った建物の前を何度も通ったけど、確信がなかった。
でも今、確信に変わった。
(これでもっと近くにいられる)
微笑みながらその建物の前にある公園のベンチに腰かける。時間をメモする。出入りする住人を観察する。
大森の部屋のベランダに洗濯物が干されていく様子を、じっと見ていた。
(大森さん、黄色のタオル好きなんだ)
(バスタオルは、端を内側に折るんだね)
今日もまたひとつ「僕だけの彼」を知れた。
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その夜、藤澤の部屋に封筒が届いた。ポストではない。部屋のドアの隙間から滑り込んでいた。
中にはたった一枚の紙。
「きみも僕のこと見てるよね。嬉しい。
だからもう隠さなくていいよ。
同じだってわかってるから。」
読んだ瞬間背中がぞくりと震えた。
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「……あれ?」
美容室の前を通りかかった時だった。ガラス越しに見えたのは大森の笑顔。
でもその向かいにいたのは――見たことのない女性。
(誰……?)
受付でもなさそう。客の様子ではない。服装は美容師っぽくもない。
なのに、大森さんはその人ととても楽しそうに笑っていた。
その人が帰ったあと、わざとらしく肩に手を置いて見送ったのも見えた。
(知り合い?友達?)
(……それとも、“恋人”?)
頭が真っ白になった。
それからしばらくふらふらと街をさまよった。スマホを握ったまま何度も大森とのメッセージ履歴を見返す。
「また来てくださいね」
「無理しないで」
「今度僕が似合う色を提案します」
(優しかった。いつも僕にだけ)
(僕にだけ、だと思ってた)
――思ってた。
いや、信じてた。
「僕たちってもう恋人、だよね?」
言葉に出してみた。
誰もいないアパートの部屋で、ぽつりと。言ってすぐ心臓が跳ねた。
でもそうとしか思えないくらいに優しかったから。
視線も、言葉も、仕草も。
あの人は僕にだけ向けてくれていた。
……はず、だったのに。
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藤澤は施術のあと勇気を出して聞いてしまった。
「……あの、この前女性と楽しそうにされてましたね」
ドライヤーの手が、一瞬だけ止まった。
「ああ!あれ、見てたんですね」
「…………」
「高校の同級生なんです。久しぶりに会って」
にこっと笑う大森。
その表情は、変わらない「優しい美容師」の顔だった。
けれど、続いた言葉が――
「殺し文句」だった。
「あの、誤解させちゃったらごめんなさい。
……涼架くんとは、そういう関係じゃないから」
――「そういう関係じゃない」
「……あ、そう……なんですね」
声が震えるのをなんとか押し殺す。目の奥がじん、と熱くなる。
喉の奥に、小さく裂け目ができる。
(……違う? 僕たち、恋人じゃなかった?)
(僕のこと、特別だって……思ってたのに)
その日、美容室を出たあと藤澤はいつものように路地に入らなかった。遠回りをして、何もない川沿いのベンチに腰を下ろし、ただずっと同じメッセージを見返していた。
「でも、好きって言ってたよね……」
呟いた声は風に攫われスマホの画面が涙でにじんで見えなかった。
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その夜、ポストには何も入っていなかった。
藤澤は震える手で自分のノートを開いた。
「大森との記録」がびっしり書かれたページを破る。
それでも足りなくてアルバムを取り出してプリントした写真を1枚1枚、破っていく。
――手が止まった。
写真の中で、大森が笑っていた。優しくて、あたたかくて
「僕のことを見てくれている」笑顔だった。
(……恋人じゃなかったのは、僕のせいかもしれない)
(もっと頑張れば、もっとちゃんと“好き”にさせれば)
(――そうしたらちゃんと、僕のものになるよね)
写真をそっと抱きしめた。
涙は止まっていなかった。でも、瞳の奥には
――もう、別の色が灯っていた。
(そうだよ、まだ“なってない”だけ)
あの日の帰り道藤澤はずっとそう自分に言い聞かせていた。
(僕たちはまだ途中なんだ)
だって大森さんは優しかった。メールの一つ一つ、言葉の端々、全部が「好意」でできていた。それを、「恋人じゃない」と否定されたことだけで、全部なかったことにするのは違う。
(恋人じゃないなら、“なる”だけ)
その夜藤澤はアルバムの写真を丁寧に並べなおした。大森の表情を確認し、どの角度が一番好きかを記録する。
そして一枚の写真で手を止める。
――大森がバス停で電話している写真。
少し困ったように笑いながら、スマホを耳に当てていた。
(この時、誰と話してたんだろう)
(まさかあの女じゃないよね?)
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藤澤は翌日から仕事帰りに大森の最寄りのバス停で張り込みを始めた。
3日目の夜ようやくその姿を見つけた。
黒いトートバッグ、細長いシルエット。
すぐに大森だとわかった。
そして――また、電話をしていた。
(誰と毎晩、そんなに楽しそうに話してるの?)
藤澤は物陰からスマホを構え録音ボタンを押した。声は遠く、はっきりとは聞き取れなかったが大森が時折「うん」「うん、またね」と笑いながら言っているのが分かる。
(やっぱり、誰かがいる)
(でも、それなら――)
(消せばいい)
藤澤はあるカフェの席に座っていた。
大森のインスタストーリーに映っていたカップのロゴと、観葉植物の配置からこの店が「大森行きつけのカフェ」だと突き止めた。
店員の女性に訊ねる。
「あのこの人、よく来られませんか?」
スマホに映る大森の写真。
女性店員は「あ、モトキさん?」と笑った。
「美容師さんでしょ。週一くらいで来ますよ。おしゃれですよね」
(……週一)
「最近は女の人と一緒に来ること多いですけど」
その言葉で喉が詰まった。
(やっぱり“いる”んだ)
目の奥が焼けるように熱い。
(でもそれも、終わる)
この「誰か」を排除して大森の世界を自分だけのものにする。
(大丈夫、大森さんなら分かってくれる)
(僕が全部綺麗に整えてあげるから)
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その日の夜
藤澤の机の上には大森のSNS、サロンのブログ、勤務シフトのメモ、カフェのレビュー、そしてカフェの女性客リストが並べられていた。
そこに、一枚のメモが加わる。
《排除対象(仮)》
30代前半、ショートボブ、白いパンプス。
店内で「モトキ」と呼ぶ。笑い声が多い。
※確認済。次回:撮影予定
藤澤はそのメモを見つめながらふと、口元に笑みを浮かべた。
(きっとこれが最後)
(この人さえいなくなれば、大森さんは“恋人が誰か”を間違えずに済む)
その翌日サロンの鏡の前で、大森が藤澤の髪を整えているとき、ふと訊ねてきた。
「最近、少し忙しそうですね?」
「……そう見えますか?」
「うん。なんとなく目の下、少しだけクマがある」
優しい声。優しい笑顔。
「いつも通りの大森さん」
でもその言葉の裏に、「気づかれてる気配」が滲んでいた。
藤澤は微笑む
「ちょっと、色々調べ物してて」
「ふふ、図書館司書さんは探究心の塊ですね」
「はい。僕“知ること”が好きなんです」
鏡越しに目が合う。ほんの一瞬、大森の表情がわずかに揺れた気がした。
けれど次の瞬間彼は笑って言った。
「じゃあ、僕のこともまた、いろいろ知ってくださいね」
その言葉が許可にも聞こえた。
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(……いた)
カフェの窓際。
ショートボブに、淡いベージュのワンピース。
華美ではないけれどどこか大森さんの隣に並んでもおかしくない雰囲気をまとっていた。
(この人だ、この人が“間違えさせてる”)
藤澤はメニュー表の影に隠れるようにして席に着いた。女性が手に取っている雑誌、スマホ、ネイルの色――すべて目に焼き付ける。
(年齢は多分30代前半。話し方落ち着いてる)
(恋人ではない。でも“なりかけてる”)
その危機感だけが胸の奥を焦がすように熱くした。
(“彼女”には、なってほしくない)
(――だから)
女性がカフェを出たあと藤澤も自然に立ち上がった。そのまま後ろを歩く形で少しだけついていく。
決して怪しまれない距離。話しかけられたら「道をたずねた」という体で。
数ブロック歩いた先、女性がバッグから鍵を出してマンションに入っていくのを確認。
(これで住所もわかった)
その瞬間、スマホが震えた。
メッセージの通知――大森さんから
「今、何してる?」
その文だけで心臓が跳ねる。
まるで「見られている」ような気がした。
けれど――
「今カフェで本読んでました」
「大森さんは?」
とすぐに返信した。嘘じゃない。さっきまでは本当にカフェにいたから。
それにこの行動も全部大森さんのためなんだ。
藤澤は女性の生活パターンを追った。
通勤時間。買い物の時間。友人と会う頻度。大森のサロンに立ち寄るかどうか。
すべてを把握した上でついに偶然を装って声をかけるタイミングが来た。
土曜日の午後。駅前の花屋で、彼女がミモザの花束を手に取ったその時だった。
「あ、それすてきですね。僕も好きなんです。ミモザ」
女性が少し驚いたように振り向く。
「あ、はい、かわいいですよね」
「黄色がきれいで。ちょっと寂しそうなのに春っぽくて」
「ああ、たしかに。春の孤独って感じしますね」
ふっと笑って、自然と会話が続いた。
(話しやすい。やっぱり“合う人”なんだ。大森さんと)
(だからこそ、危ない)
会話の中でさりげなく情報を引き出す。
「この近くに住んでるんですか?」
「ええ。ちょっと先のマンションに」
「じゃあ、このカフェ行かれるんですか?僕もたまに行くんです」
「……そうなんですね」
女性の表情が一瞬だけ固まった。
(――気づいた?)
(大森さんの知り合いって思った?)
藤澤はにこっと笑った。
「僕、美容師の大森さんに髪切ってもらってて。あの人、優しいですよね」
女性の手がわずかに花束を握りしめた。
「……知り合いなんですか?」
「うん。もう何年も通ってて」
「……そっか、」
女性が笑う。その笑顔の中に確かな「引き」が見えた。
(もう会わないだろうな)
それでいい。
引かせるために話したのだから。この人が、自分の中で大森と並ぶ存在ではないと気づけばそれでいい。
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数日後、サロンに行くといつもよりも少しだけ、表情の硬い大森がいた。
施術中、ふと声が落ちる。
「最近、誰かと会いましたか。」
(――バレた?)
藤澤の背中に一瞬だけ冷たい汗が流れる。けれど嘘はつかなかった。
「うん。駅前の花屋でちょっとだけ」
「女の人?」
「……うん。話しかけられて」
「どんな話?」
「ミモザの話をしただけですよ」
そう言うと大森はふっと息を吐いて微笑んだ。
「……そっか、“よかった“」
「……何が?」
「その人、最近サロンに来なくなっちゃっててさ」
「……」
「ちょっと距離を置かれてるのかなって思ってたけど……」
「じゃあちょうどよかった、のかもね」
鏡越しに目が合う。
その瞬間大森の瞳がわずかに細められた。
「うん。――きみは僕の一番だからね」
その言葉に心臓が焼けついた。
(もう誰にも邪魔させない。大丈夫、大森さんもわかってくれてる)
(これは“正しいこと”)