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次の日――。
迅くんへ気持ちを伝えてしまった。
私は迅くんのことが好きになってしまった時点で、孝介と変わらない道を進もうとしている。自分が不倫を経験するなんて……。
もう戻れないと思っているが、後悔はない。
「よろしくお願いします」
カフェ《ベガ》に出勤する。
あれっ、珍しくスタッフルームに誰も居ない。
チラッとキッチンとフロアーを見てみる。
いつもよりスタッフさん、少ない気がする。
どうしよう、藤田さんか平野さんに一日の予定を確認してから始めるように言われてるんだけどな。
その時扉が開き、平野さんが慌てた様子で電話をかけながら控室に入って来た。
「そうなんです。体調不良と私情で急遽スタッフが三人も休んで。日勤が足りないんです。夕方くらいからはアルバイトが数名入る予定なので、大丈夫だと思うんですが。ええ。はい。応援を頼みたくて……。藤田は今日休日で。一応、出勤できるか連絡してみたんですが、まだ返事がありません。あぁ。はい。わかりました。よろしくお願いします」
そんなにスタッフさんお休みになっちゃったんだ。大変だ。
私なんかに教えてる場合じゃないよね。
「すみません。九条さん。今日はなんかバタバタしそうで。スタッフが何人か休みになってしまって。今本部に応援要請をしました。申し訳ないんですが、九条さんにゆっくり教えている余裕がなくて。今日もフロアーで見学してもらっても大丈夫ですか?」
「私は大丈夫です」
スタッフさんが大変なのに、私はゆっくりフロアーで見学か。申し訳ないな。
「あのっ!」
フロアーに戻ろうとした平野さんを呼び止める。
「私で良かったら手伝います。食事を運んだり、食器を下げたりするくらいはできると思うので」
一応、メニューも覚えているし。
「お気持ちは嬉しいんですが、勝手にそんな判断をしたら社長に怒られちゃいますので」
平野さんは苦笑いを浮かべた。
そっか、それはそうだよね。
私は取引先のお偉い令嬢みたいな存在だと思うし。
「わかりました。私が加賀宮社長に相談してみます」
「直接社長にですか?」
いや、迅くんより先に
「すみません。まず、佐伯さんに相談してみます」
直接社長に直談判なんて、一般企業じゃしないよね。
「はぁ……?」
平野さんは返事に困っているみたいだった。
私は亜蘭さんの携帯に電話をかける。
数コール後、彼は電話に出てくれた。
<どうしたんですか?珍しいですね。何か困ったことでもありましたか?>
「お忙しいところ、すみません。実は……」
ベガの状況について、亜蘭さんに相談をした。
<ご提案ありがとうございます。実は本部でも調整中なんですが、なかなか思うようにいかなくて。基本、うちの会社ってサブスクサービス中心なので。チェーン店でもありませんし。もし良かったら、お願いできますか?社長は今会議中で。僕の方から説明しておくので>
「はい、わかりました」
良かった。大丈夫みたい。
今の話を平野さんに伝える。
「佐伯さんがOKを出してくれるのなら。すみませんが、お願いします。一応、制服があるので着替えてもらって。予備の物をお渡ししますね」
「はい」
貸してもらった制服に着替える。
なんか、新鮮。
けど、接客業なんて久し振りだからちょっと緊張してきた。
フロアーに行き、既に勤務しているスタッフさんに平野さんは事情を説明してくれた。
「九条さんはあくまで食器を下げてもらったり、その後、テーブルを拭いてもらったりしてもらえれば助かります。注文とかは慣れているスタッフが対応するので、呼んでもらえれば。俺はキッチン中心になってしまうと思います」
「はい。わかりました」
平野さんに言われた通りに食器を片付けたり、テーブルを拭いたり、席のセッティングをしていた。
しかし――。
「すみません。お水ください」
「注文お願いします」
現場の事情を知らないお客さんたちは、私を《《スタッフ》》として見ているわけで、声をかけられることが続いた。
お水くらいはできるけど、注文は――?
フロアーのスタッフさんを見るけど、来客に対応中だ。
「申し訳ございません。少々お待ちください」
そう謝るも
「結構待ってるんですけど……?」
なんて言われてしまう。
それはそうだ。お客さんにとって、こんな状態は不快でしかないだろう。
もっと私にできること、あるはず。
席への案内後、料理をテーブルに運ぶくらいならプラスでできるかもしれない。テーブル番号だって、わかる。
私はキッチンにいる平野さんに声をかけた。
「お忙しいところ、すみません!私、もっと動いても大丈夫ですか?お待たせしてしまっているお客様もいらっしゃるので。もちろん、フロアーのスタッフさんに相談しながら動きますが」
キッチンもオーダーが何件も入っているらしく
「すみません。お願いします!」
平野さんは険しい顔をしながらも<もう仕方がない>そんな感じで提案を受け容れてくれた。
フロアー担当のスタッフさんに相談をし、私の対応量を増やしてもらった。
「お待たせいたしました。何名様ですか?」
あぁ、こんなに忙しいの本当に久しぶり。
大変だけど、なんだか懐かしい。
高校の時も飲食店でアルバイトとかしてたもんな……。
私が動くことで、少しだけスムーズにお客様の対応ができるようになった。
でも……。
もうすぐランチタイム。
一番忙しい時間。
誰も休憩も取っていない。この状況、どうなるんだろ。
その時――。
「すみません。遅くなりました」
私が食器を下げようとしていた時、後ろから話しかけられた。
「えっ?亜蘭……佐伯さん?」
危うく下の名前で呼ぶところだった。
振り返るとベガの制服に身を包んだ亜蘭さんが立っていた。
「本部の方じゃ調整が難しくて。事務仕事している人間が、いきなりカフェ店員ってみんな嫌がるんですよね。面倒なので、僕が来ました。よろしくお願いします」
「あっ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
「僕は一応、オーダーとかレジもできますので。慣れてはいないんですが。九条さんは、今のような感じで対応してもらえれば助かります。すみません、急に。こんな仕事」
亜蘭さんって、ベガのフロアーもできるんだ。
「わかりました。よろしくお願いします」
彼が入ってくれたおかげで、ランチタイムでもなんとかお客様にクレームを言われることなく乗り切れた。
それにしても彼の動き、すごいな。
何年もベガで働いている人みたい。
スッと動いてオーダー取っているし、ちゃんとお客様の前だからか愛想も良い。
仕事ができる人ってこんな人のことを言うんだろうな。