コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「三田くん、莉子さん。この度はご結婚誠におめでとうございます。
ご両家親族の皆様、おめでとうございます。
ただいまご紹介にあずかりました、新郎の友人で、久我と申します。
僭越ではございますが、乾杯の音頭を取らせて頂きます。
三田くんとは……遼一。いつも通り遼一と呼ばせて頂きます。遼一とは中学時代からの親友で、やんちゃで子供だったぼくのいろんなネタを彼は知っています……という意味でも、わたしは彼に、頭があがりません。
遼一は、昔っから頭が良く、見た目通りのナイスガイです。女子からのみならず同性からの人気も絶大でした。校門で出待ちをする他校の女子もいましたし、写真を頼まれたことも何度か。……いえいえ売ったりなんかしていませんがね。
みんなの前で頑張りすぎる彼を見てきたので、癒せる相手が出来てよかったと思っております。……遼一。莉子さん。どうか、末永くお幸せに。
それでは、お二人の新しい門出を祝して乾杯をしたいと思います。
皆様、ご唱和をお願い致します。
――乾杯!
* * *
――Too much of everything……。
コルネイユの美しい歌が流れ出す。みんな、杯を掲げている。わたしは、課長とグラスを合わせる。
わぁっ、と場が盛り上がり、みな着席し、図ったタイミングでスタッフさんが動き出す。料理が運ばれ、皆、美味しすぎる料理を味わおうとしている……が、勿論わたしたちには来客があり。
「三田課長。莉子。おめでとうございます!」
先ずこちらにやってくるのは、会社のメンバーだ。皆、晴れがましい服装に身を包んでいる。経営企画課の面々はスーツ姿なのだが、光沢のあるシャツを選んでおり、普段よりもフォーマルに見える。
わたしは中野さんのことが気になった。「皆様、本日はお忙しいところお集まりくださり、ありがとうございます。……中野さん。今日はお子さんは……」
「旦那に預けてきたわ」と髪をかきあげる中野さんは、「たまには、ママにだって息抜きが必要よ」
「中野さんめっちゃ気合入ってますものねー」場を盛り上げようとするのは高嶺だ。「髪の毛だって美容師さんにセットして貰って。あ、あたしもです。女はこういうときめちゃめちゃアガりますよねー!」
それから仲良く談笑をしているうちに、瞬く間にケーキ入刀の時間となる。ファーストバイト。正直、課長と交際して一年あまりが経過しているのだから、いまさらファーストも何もあったものじゃないが……という突っ込みは不要。大人しくシステムに酔いしれるのだ。主役たちを祝おうとする、披露宴の合理的な流れに。
知ってはいたが、ケーキは巨大で。しかもだ。単にケーキにナイフを入れる……それだけのことなのに、ものすごい、たくさんのひとたちが集まる。えー。こんなにカメラを向けられるのなんて人生初めてかも。結婚式場は厳粛なる式という名目で、カメラの使用が禁止されていただけに、尚のこと、注目度が際立つというか。いやあ……芸能人ってすごいのね。
でも人間の底力というものは侮れないもので、知らず、笑みがこぼれ出る。きゃーこっち向いてー、なんて言われ、笑みを向ける。課長と一緒にナイフを握り……なんだか照れくさい。けどもそんな恥じらいは胸に仕舞いこみ、ふさわしい姿を演じ切る。女優にでもなった気分。
それから、カットしたケーキのピースを、フォークで課長の大きな口に入れる。どうやらカットが大きすぎたらしく、課長の頬が膨らんでしまう。……が、頑張って課長は咀嚼する。会場笑い。口許についたクリームはわたしが舐めてやる。……と、何故か、ばたんばたんと足音が続いた。誰か倒れたみたいだ。大丈夫かなあ。
それが終わり、ひな壇に戻ると、今度は久我さんを始めとする、課長のお友達がやってくる。初めましてのかたもおられ、課長にこんなにもお友達がいることが嬉しくも思う。
前菜とスープがサーブされているが勿論手をつけられるはずもなく。思い出話に話を咲かせる彼らをにこやかに見守る。……課長。また違う顔を見せて……あなたのそんな顔が見られてわたしは嬉しい……。
「それでは、宴もたけなわではございますが、ここで新婦の莉子さんがお色直しのため、一旦退場されます。エスコートいただくのは……莉子さんのお母様です!」
――ああ、もう、そんな時間なんだ……。
わたしは立ち上がる。それから……この広い会場の奥にいる母を見つめる。黒留め袖に身を包む母。さっぱりとした性格で……いつもいつもわたしのことを優先してくれて。なによりも大切にしてくれた。
ねえ……お母さん。
あなたが愛してくれたから、いまのわたしは、あるんだよ。
知ってる。――お母さん。あなたが、……わたしのために様々なことを犠牲にして、頑張ってくれていることを……。
スポットライトに照らされた母がこちらにやってくる。その姿はやはり、滲んでしまい……、わたしたちは、涙ながらに会場を後にしたのだった。
*