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ゆうき あきや
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厚揚げ衣
20
なんたろ
1
いちご@ホロオタ×ぴちりす
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第43話:救世主は鉄面皮(鈴木さん再登場)〜魔王城の鬼教官と、更生への一時間〜
「……ちょっと。そこで情けない声出してるの、もしかしてルシフェルさんですか?」
帯広税務署の暖房が効きすぎたロビー。
窓口で「青色申告決算書」を紙屑同然に突き返され、長椅子で頭を抱えてすすり泣いていた俺の頭上から、絶対零度の声が降ってきた。
ビクゥッ、と肩を跳ねさせて顔を上げる。
そこには、ダークネイビーの細身のスーツをピシッと着こなし、手には分厚い役所のファイルを抱えた女性が立っていた。
銀縁メガネの奥で冷たく光る、一切の感情を排した三白眼。
間違いない。俺が生活保護を受給していた頃、毎月の家庭訪問で俺の怠惰な精神をズタズタに切り裂いてきた、帯広市役所・生活福祉課のケースワーカー。
鈴木さんだ。
「す、鈴木さん!? なんで税務署なんかに……! 違うんです、俺は脱税しようとしたわけじゃなくて、ただ借方と貸方の数字がちょっとズレただけで……ッ!」
俺がパニックを起こして両手を振り回すと、鈴木さんは「はぁ」と、帯広の冬将軍よりも冷たく深い溜息をついた。
「落ち着いてください。私は今日、市役所の税務課への書類の引き継ぎで、たまたまここに来ただけです。……それより、あなた。確定申告の期限ギリギリになって、税務署のロビーで鼻水垂らして何をしてるんですか」
「うぅっ……! 確定申告が、終わらないんですぅ……!」
俺はプライドも何もかも投げ捨て、三十一万八千五百円のゲーミングPCが減価償却の罠にハマったこと、メイドカフェや育毛剤の領収書を窓口で全否定されたこと、そして左右の数字が二百七十五万円もズレていて突き返されたことを、涙ながらに白状した。
話を聞き終えた鈴木さんは、俺の隣にドカッと座り、俺が抱えていた茶封筒から無残な書類の束をひったくった。
「……信じられません。あなた、本当に四十歳の大人ですか? いえ、私が担当していた頃から救いようのないポンコツだとは思っていましたが、まさかここまでとは」
「ぐふっ……!」
「そもそも、育毛剤が経費になるわけないでしょう。あなたは自分の髪の毛を会社の備品だとでも思っているんですか?」
「だ、だってワンチャンいけるかなって……!」
「ワンチャンなんて税法には存在しません」
鈴木さんは冷たく言い放つと、持っていた自分のビジネスバッグから、赤いボールペンとマイ電卓を取り出した。
「いいですか。本来、市役所の職員が一介の個人事業主の確定申告を手伝うなど、業務外もいいところです。ですが、あなたがここで税金の手続きをミスして破産し、また生活保護に逆戻りして私の担当になるのだけは、絶対に、死んでも御免です」
「鈴木さん……!」
「泣いてる暇があったらペンを持ちなさい! 今からこのゴミみたいな書類を、人間の読める決算書に書き直させます。時間は一時間。一秒でも無駄にしたら置いて帰りますからね」
そこからの鈴木さんの指導は、まさにスパルタそのものだった。
俺に電卓を叩かせ、彼女が赤ペンで容赦なく数字を修正していく。
その一挙手一投足の厳しさと的確さは、まるで自衛隊の鬼教官のようだった。かつて社会の底辺でたるみきっていた俺の精神に、ビシビシと『税制のルール(規律)』が叩き込まれていく。
「はい、次! この十月五日のコンビニのレシート。ラーメン二個と、ストロングゼロ。……なぜストロングゼロを経費に入れようとしたんですか? バカなんですか?」
「い、いや! それはリスナーにも怒られて、青ペンで線を引いて除外したはず……!」
「除外したなら、なぜ合計金額の計算に含めているんですか! 電卓の叩き間違いです。マイナス三百円! やり直し!」
「ひぃぃっ! すみません教官!!」
「教官と呼ぶな。……次、問題のゲーミングPC。三十一万八千五百円。これは『工具器具備品』として資産計上し、耐用年数四年で減価償却します。今年の経費になるのは、購入した月から年末までの月割り分だけです。計算式に当てはめてください。早く!」
「えっ、えっと、割る四をして、さらに十二ヶ月で割って……」
俺のポンコツな計算速度にイライラしたのか、鈴木さんはペンで机をコツンと叩いた。
「遅い。八万弱です。残りの二十万以上は資産として残りますから、来年以降の経費になります。……そもそも、どうして三十万ギリギリで買わなかったんですか? バカなんですか?」
「PCの中身を七色に光らせるオプションを付けたらオーバーしちゃって……っ」
「……はぁぁぁぁぁぁ」
本日最大、特大の溜息が税務署のロビーに響き渡った。
鈴木さんは額に手を当て、頭痛を堪えるように目を閉じた。
「光らせて、どうするんですか。あなたの未来は真っ暗なのに」
「直球の悪口!! 事実だけど!!」
「……いいから手を動かす。次、ドン・キホーテ。……二千九百八十円。『光る馬のマスク』。……は?」
鈴木さんのペンの手が、ピタリと止まった。
「あ、それは経費です! 配信のウケ狙いで被るための、立派な小道具(衣装代)でして……!」
俺がビクビクしながら言い訳をすると、鈴木さんはメガネの奥の目を細め、ジッとそのレシートの品目を見つめた。
「……百歩譲って、これは事業用として認めましょう。消耗品費で計上してください」
「えっ? い、いいんですか!?」
「ええ。あなたが配信で無様に被って、リスナーから『スベってるぞ』と大ブーイングを受けていたのを……ゴホンッ。いえ、小道具としての使用実績があるなら問題ありません」
「……え?」
俺は今、聞き捨てならない言葉を耳にした。
俺が配信で光る馬のマスクを被ってスベったのは事実だ。だが、その時のアーカイブは恥ずかしすぎて非公開にしているし、俺はその話を鈴木さんに一言もしていない。
「鈴木さん、今……」
「はい、次! 貸借対照表のズレの修正に入ります! あなたが二百七十五万もズレていたのは、事業主借と事業主貸の勘定科目を完全に逆に理解していたからです! ボケッとしてないで電卓を叩きなさい!」
「あ、はいっ!!」
凄まじい気迫で畳み掛けられ、俺の疑問は一時的に脳の隅へと追いやられた。
そこからさらに三十分。
有識者ニキたちの遠隔チャット指導でもどうにもならなかった俺の『魔導書』は、帯広市役所が誇る最強の鉄面皮公務員の手によって、一円の狂いもない完璧な『青色申告決算書』へと生まれ変わっていた。
「……終わった」
赤ペンで修正だらけだが、数字の辻褄は完璧に合っている。
俺は完成した書類を見つめ、感動のあまり泣きそうになった。
「す、すげえ……! 魔法みたいだ……! 鈴木さん、あなたは神様だ!! 一生ついていきます!!」
「気持ち悪いことを言わないでください。魔法ではなくただの算数です。それに、私はあなたに二度と関わりたくありません」
鈴木さんはマイ電卓をバッグにしまい、何事もなかったかのように立ち上がった。
「これを窓口に提出して、控えをもらって帰りなさい。……計算し直した結果、あなたの今年の所得税と、来年の予定納税、そして国保の額は……まぁ、それなりの覚悟をしておくことですね」
「ひっ……!」
鈴木さんの冷酷な宣告に、俺は再び現実に引き戻された。
だが、それでも今は、この確定申告という地獄から解放される喜びの方が勝っていた。
「本当に、ありがとうございました! この御恩は、来月の納税で国にしっかりお返しします!」
俺が深く頭を下げると、鈴木さんはフンと鼻を鳴らし、そのままロビーの出口へと歩き出した。
その後ろ姿を見送りながら、俺の脳裏に、先ほどの『小さな違和感』が再び蘇ってきた。
――あなたが配信で無様に被って、リスナーから大ブーイングを受けていたのを……
「……おい、待てよ」
俺は呟いた。
「なんで鈴木さん、俺が馬のマスク被ってスベったことまで、リアルタイムのリスナーみたいに知ってるんだ……?」
さらに思い返してみれば。
彼女は俺のレシートを見て、「どうしてストロングゼロを経費に入れようとしたんですか」と怒った。
俺はさっき、ストロングゼロを除外した理由を「リスナーに怒られたから」としか言っていない。それがストロングゼロだったという具体的な商品名までは、口に出していなかったはずだ。そして昨日、俺にストロングゼロを経費から外せと怒ったのは、深夜のチャット欄にいた『有識者ニキ』たちである。
確かに以前、市役所の前で「配信を見ている」と言われたことはあった。だが、それはあくまで「ケースワーカーとしての業務の延長」で、たまにアーカイブをチェックしているくらいだと思っていた。
「まさか……」
俺の背筋に、税務署の寒さとは全く別の、ゾクッとするような戦慄が走った。
「あいつ……深夜のコメント欄に潜伏してる『ガチ勢』なのか……?」
帯広税務署のロビーに、四十歳のおっさんの呆然とした声が落ちた。
俺のチャンネルに棲みつく、口が強くて容赦のない常連リスナーたち。
その中に、もし、この鉄面皮の公務員が混ざっていたとしたら――。
俺は、手元の完璧な決算書を握りしめながら、自分を取り巻く状況の「本当の恐ろしさ」に、ようやく気づき始めていた。
コメント
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第43話、お疲れ様でした! 鈴木さん、まさかの再登場&鬼教官すぎて笑ったけど、最後の「まさかガチ勢?」でゾッとしました…。 ルシフェルさんが配信でスベった話をリアタイで知ってる時点で、もうただのケースワーカーじゃないですよね。 口調は冷たいのに、実はこっそり応援(?)してる感じが鈴木さんの魅力だなあって思いました。 バレてないと思ってた秘密が、実は全部見られてたっていう背筋の寒さ、好きです。 次回も楽しみにしてます🌙