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第44話:鈴木さんの秘密〜有識者ニキの正体と、物理的な口封じ〜
「よし、これで貸借対照表の左右も完全に一致しました。……まったく、なんで私がこんな業務外の雑用を」
帯広税務署のロビー。
俺がでっち上げたゴミのような確定申告の書類を、わずか数十分で完璧な『青色申告決算書』へと昇華させた鈴木さんは、手元の赤いボールペンをカチッと鳴らして溜息をついた。
「ありがとうございます、教官! いや、鈴木様! これで俺は税務署という名の処刑台から解放されるんですね!」
「勘違いしないでください。申告が終わっただけで、納税という本当の処刑はこれからですからね」
氷のような冷たいツッコミ。
相変わらずの鉄面皮っぷりに、俺は思わず身をすくめた。
だが、先ほどから俺の脳内にへばりついている『強烈な違和感』が、どうしても拭い去れなかったのだ。
俺は、完成した書類を茶封筒にしまう鈴木さんの横顔を、じっと見つめた。
先ほどの彼女の言葉。
『あなたが配信で無様に被って、リスナーから大ブーイングを受けていたのを……』
『なぜストロングゼロを経費に入れようとしたんですか?』
おかしい。絶対におかしい。
俺は今日、この税務署で鈴木さんに会うまで、自分の配信の細かいネタや、ストロングゼロを除外した理由なんて、一言も説明していないのだ。
俺はゴクリと唾を飲み込み、意を決してカマをかけてみることにした。
「……あのさ、鈴木さん。昨日の深夜、確定申告の準備してた時の話なんだけどさ」
「なんですか。また領収書でエロ本でも買っていたんですか」
「違うよ。実は昨日、俺が領収書の仕分けで泣きそうになってたらさ、リスナーの中に『有識者ニキ』っていう、税金にやたら詳しい奴らがいて、スパチャ……あ、投げ銭のことなんだけど、それを投げながら俺に仕訳のやり方を教えてくれたんだよ」
俺がそう言うと、鈴木さんの手がピタリと止まった。
ほんのわずかだが、その完璧な鉄面皮がピクリと引きつったのを、俺は見逃さなかった。
「……それが、どうかしましたか?」
「いや、その有識者ニキの一人がさ、一万円の赤いスパチャを投げながら、俺にこう言ったんだ。『育毛トニック(プレミアム)は経費から否認されると思いますww』って」
「…………」
「鈴木さん。俺、さっき窓口で『メンズ用・強力育毛トニック』って弾かれた時、プレミアムがついてる約五千円の高いやつだったってこと、あなたに言ってないよね? なんであなた、さっき『五千円の育毛剤』って俺のレシート見ただけで分かったの?」
税務署のロビーに、奇妙な沈黙が落ちた。
暖房の効いた室内なのに、なぜか鈴木さんの周りだけ絶対零度のブリザードが吹き荒れているような気がする。
「……それは。あなたが持っていたレシートの束の隙間から、印字が見えただけです。私は視力がいいので」
「じゃあ、光る馬のマスクのくだりは!? 俺が配信でスベって大ブーイング受けたこと、なんで知ってんだよ!!」
俺の追及に、鈴木さんはメガネのブリッジを中指で押し上げ、視線をふいっと逸らした。
「……たまたまです。市役所のケースワーカーとして、かつての担当者が再び生活保護に陥らないよう、ネット上での素行を『業務の一環』として監視していただけです」
「監視!? 業務の一環で、深夜二時に俺の領収書の仕分け配信見てたのか!? しかも、昨日の枠で『鳩飛んでるぞ』ってリスナーが騒いだ時、有識者ニキが一万円の赤スパで『伝書鳩はマナー違反です』って長文で解説してくれたんだけど……!」
俺は立ち上がり、鈴木さんに顔を近づけた。
「鈴木さん。俺、あなたのことだんだん分かってきたぞ。あなた、俺の配信の『専門用語』に詳しすぎないか? 業務で見てるだけの人間が、あんなにVTuberの暗黙のルールをスラスラ解説できるわけねえだろ!」
「……ルシフェルさん。公務員に対する侮辱罪で訴えますよ」
「訴えろよ! その代わり法廷で、俺のチャンネルに投げたスパチャの履歴を開示してもらうからな!!」
俺の確信は、もはや揺るぎないものになっていた。
この女、市役所では冷徹な鉄面皮を被っているが、家に帰れば俺の配信に毎晩入り浸り、コメント欄で『有識者ニキ』としてドヤ顔で税務指導をし、あろうことか赤スパまで投げている「ガチの常連リスナー(保護者)」なのだ!
「ははぁ〜ん? なるほどな! あの『アリス騎士団』が暴れた時も、率先して『うちの和尚に金投げんな!』って防波堤になってくれてたコメントがあったけど、あれもまさか……!」
俺は、ニヤニヤとだらしなく笑いながら、最大の爆弾を投下しようと口を開いた。
「……まさか、お前が『有識者ニキ』の正体——」
『ドスッ!!!!!』
「グハァッ!?」
俺の言葉は、物理的な衝撃によって完全に遮断された。
鈴木さんが抱えていた、帯広市役所の分厚いバインダー(おそらく何百ページもある住民税の資料ファイル)の角が、俺の顔面にクリティカルヒットしたのだ。
「痛っ……! な、何すんだよ! 公務員の暴力だぞ!!」
「……手が滑りました。あと、口も滑りそうになっているようなので、物理的に塞いでおきました」
鈴木さんは、冷たく見下ろすような目で俺を睨みつけた。
しかし、その銀縁メガネの奥の瞳はかすかに泳いでおり、よく見れば、真っ白な彼女の耳の先が、雪うさぎのようにほんのりと赤く染まっていた。
「いいですか、ルシフェルさん」
鈴木さんは、地を這うような低い声で囁いた。
「私は帯広市役所の公務員です。職務専念義務があり、深夜に下品なおじさんの動画配信に一万円も投げ銭をするような趣味は、断じて持ち合わせておりません。……もし、この『妄想』をあなたの口から誰かに漏らしたら」
ゴゴゴゴゴ……と、背後に般若の幻影が見える。
「来年、あなたのところに『税務調査』の腕利き調査官を五人送り込み、過去の領収書を一枚残らずひっくり返して、社会的に完全に息の根を止めますよ。分かりましたね?」
「ヒィッ……! は、はいぃぃっ!! 完全に俺の妄想でした! 鈴木さんは神聖にして不可侵の公務員様です!!」
俺は両手をこすり合わせ、全力でジャンピング土下座(脳内)をキメた。
税務調査官を五人送り込まれる。個人事業主にとって、これ以上の脅し文句はこの世に存在しない。絶対に逆らってはいけない。
「……よろしい」
鈴木さんはスッと姿勢を正し、先ほどまでの般若のオーラを消し去って、いつもの『鉄面皮の公務員』の顔に戻った。
「では、書類は完成しました。三番窓口が空いていますから、今度こそ不備なく提出してきなさい。……言っておきますが、ここで受理されても、喜ぶのはまだ早いですよ」
「え?」
「確定申告の提出は、ただの『テストの答案の提出』に過ぎません。その結果、あなたが国に支払うべき『本当の税額』が、今日、その場で確定するんですからね」
鈴木さんは、俺の胸に修正済みの茶封筒を押し付けた。
「せいぜい、現実(金額)を見て気絶しないことですね。では、私は市役所に戻ります。……もう二度と、私の手を煩わせないでください」
そう言い残し、鈴木さんはコツカツとヒールの音を響かせて、税務署のロビーから去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、俺は顔面の痛みをさすり、小さく息を吐いた。
(……やれやれ。俺のリスナーには、とんでもないツンデレ鬼教官が混ざってたってわけだ)
だが、俺がその事実を配信で弄れる日は永遠に来ないだろう。
俺は茶封筒を抱え直し、三番窓口へと向かった。
鈴木さんの言う通りだ。
これから俺は、人生で初めて、自分が稼いだ大金に対する『正式な税金(ペナルティ)』の宣告を受けるのだ。
「……頼む。俺の貯金で払える額であってくれ……っ!」
祈るような気持ちで提出した青色申告決算書。
数分後、窓口の職員から手渡された『納付書』に印字された金額を見た瞬間――俺の視界は、真っ白にブラックアウトすることになるのだった。
ゆうき あきや
1,642
厚揚げ衣
20
なんたろ
1
いちご@ホロオタ×ぴちりす
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コメント
1件
第44話、読み終わりました〜!鈴木さんの正体が「有識者ニキ」だったっていうオチ、めちゃくちゃしっくりきました!鉄面皮の裏で赤スパ投げてるギャップが可愛いし、バインダーで物理的に黙らせるツンデレっぷりが最高です。耳が赤くなってた描写に「あ、照れてる…」ってニヤニヤしちゃいました。最後の納付書の金額でブラックアウトするオチも、ルシフェルさんらしくて笑いました。続きが気になります!