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星崎視点
「きゃあっ!」
僕らの近くを通っていたスタッフが、
両手に抱えた荷物で、
足元がよく見えていなかったのか、
盛大に転んでしまう。
その声に慌ててすぐに僕が反応して、
すぐに彼女の元に飛んで散らばった中身を回収する。
窘めながらも気を使わせないように怒る。
「もう⋯⋯女の子が無茶しない!」
そう言うと軽々と荷物を持ち上げて、
どこへ運べばいいか場所を確認する。
日常的にあるため何ということもなかった。
「TASUKUさん⋯⋯⋯今日も格好いい」
彼女が何か呟いたように思ったが、
僕からは距離があってよく分からない。
いま僕がいる所属事務所のリゼラル社は、
社長の暴君な振る舞いのせいで、
スタッフが過酷な労働下に晒されていた。
腕の立つベテラン勢を不当に解雇して、
経験の浅い新人と総入れ替えてされてしまった。
勤務年数が長いと支払わなければならない給料が高く、
新人だと安いからという安易な理由で、
人件費削減と称してベテランスタッフを辞めさせていた。
部下を道具にしか思わず、
重労働を女性スタッフにも強要する悪質な扱いだ。
当然ながら下が育つはずもなく、
誰かがそのフォローをしなければ仕事が回らない状態になっていた。
そのため僕は誰よりも早く現場入りして、
裏方スタッフに業務連絡を行い、
仕事をそれぞれに割り当てていた。
社長がしなければならないのは、
解雇ではなく、
育成なのだが、
全くこちらのことなどお構いなしだった。
先ほどから藤澤さんが僕と話をしたそうに、
こちらに視線を向けてくれているが、
とてもそれどころではなかった。
何故ならーーーーー
「TASUKUさん、
これってどう言う意味ですか?」
「ああ⋯それはねーーーー」
「TASUKUさん!
この機材の場所ってどこですか?」
「あー⋯説明が難しいんだよね。
案内するから一緒に探そうか」
もはや自分でも裏方スタッフの一員ではないのか?と思うほど、
さばいてもさばいても、
僕の元には複数のスタッフが詰めかけていて、
その対応に追われていた。
だからこそ彼と立ち話や雑談などが、
できる余裕すらないほど忙しなく動き回り、
ちゃんと一息つく暇もないほどだった。
「ギタリストって普通ここまでしないよな?」
不審そうに僕を見つめながら、
今度は若井さんからの視線を感じたが、
用件を聞くことなんか無理だった。
「明らかな時間外労働じゃないの?」
「やっぱり元貴もそう思うよね」
こんなことをいつまでも続けたら、
体がもたなくなってしまいそうだということは、
僕自身が一番よくわかっていた。
しかし僕が休めば現場が回らなくなってしまう。
少なくとも自分がいる現場だけは、
スタッフが動きやすいように動線を確保しておきたかった。
今日はファッション雑誌の撮影補助だ。
ところが肝心の衣装がない。
物は搬入した筈だが、
保管場所を間違えたようで、
スタッフ総出で手分けして探し出す。
衣装室に保管しなければいけないのだが、
何故かそれは備品庫で見つかった。
衣装が見つかり僕らは大慌てで息を切らしながら、
僕はハンガーラックを押しながら現場に向かう。
「走って走って!」
「はい!」
どの衣装が大森さん、
藤澤さん、
若井さんが着るものか指示を出しながら、
その間も僕はベルトや靴、
小物などを見繕う。
コスプレ好きの姉の影響で、
服飾やファッション関係には明るかった。
まさかそれがここで役に立つとは思わなかったが。
大きなトラブルが起こることなく、
どうにか撮影はスムーズに滞りなく終わった。
「すいませんでした!」
太ももに額がつきそうなほどに、
彼女がカメラマンへ深く頭を下げて謝罪した。
しかしその隣で僕が静かに頭を上げるように制する。
「いや⋯それは違う。
僕が保管場所の指示を間違えたせいです。
仕事に影響を与えてしまい申し訳ありませんでした」
確証はない。
だがおそらく社長に好意的なスタッフがわざと、
衣装を隠して仕事に影響を負わせようとした疑いがあった。
(多分これは妨害工作だろうな)
僕が頭を下げてそう謝罪し直すと、
隣にいたスタッフは面食らったように、
驚いた表情のまま固まっていた。
まあそうだろうな。
保管した場所とは異なる場所から衣装が見つかったのだから、
状況を飲み込めてはいないのだろう。
十中八九、
彼女に非はないと思っていい。
あとで保管場所なり、
管理方法なり、
変える話をした方がいいなと僕は思い直す。
「いや⋯何というか、
次から気を付けてくれればいいよ」
「はい、
すいませんでした」
再度謝罪して一旦その場を後にした。
このままでは彼女が悪者にされかねないため、
話し合いを設けることにした。
すると休憩室近くの自販機がちょうど目に入り、
僕はそこで立ち止まる。
彼女にエナジードリンクとコーヒーどっちの気分が聞いて、
僕ははとりあえず両方買って、
エナジードリンクを彼女に渡した。
「どうして私みたいな新人を庇ったりしたんですか?」
やっぱり衣装のことか。
あれに最後に触れたのは衣装を管理していた彼女だ。
きちんと何度も確認して、
僕と一緒に全部写真を撮りながら確認した。
それなのに移動させられていたのだから、
社長の陰謀は知らずとも、
何かおかしいことには勘づいているようだ。
「新人もベテランもミスを犯すものだよ。
次からは気を付けてってさ『次は期待してるよ』って意味だと思わなきゃ!
まあ⋯ミスっても僕をスケープゴートにしちゃえばいいって。
スタッフは家族なんだからさ」
あえて衣装を意図的に隠されたことには触れずに、
僕は彼女を守るために嘘をついた。
だって欲に塗れた汚い世界なんて見せたくない。
もちろん彼女だけではないが、
綺麗な部分だけを見せていたい。
スタッフは家族。
家族のミスは僕のミスだ。
庇うのは当然の義務だと言い聞かせた。
僕はリゼラル社で一番の稼ぎ頭である以上、
大黒柱として彼女たちの不当な扱いを黙って見過ごせない。
(どんなことをしてでも家族を守ってやる)
雫騎の雑談コーナー
はい!
どうっすか?
芸能業界の闇をうつしたような物語にございます。
小鳥遊社長の悪行が浮き彫りになってますね。
では本編ですぅ!
星崎は自ら時間外労働を請け負うことで、
スタッフの負担を軽減させるために、
一人で裏方作業に奮闘していた。
とてもギタリストの範疇を超えていますが、
スタッフは家族を合言葉にフォローに徹する姿は、
裏方も面舞台も関係ないですよね。
誰かを守るために自分を使う。
そんな自己犠牲主義者の星崎だからこそ、
スタッフは彼を頼りにしているわけですから。
小鳥遊社長とは信頼関係の厚みが違うんですよ。
まあ人間性を考えれば、
比べる必要性もないですがね。
次回もお楽しみに〜