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それからのことは、途切れ途切れの記憶として覚えている。

聡一朗さんが私を抱き止めながら、誰かになにか言って――タクシーに乗せてくれて。

私はずっと聡一朗さんにもたれていて、その間もずっと聡一朗さんは声を掛けてくれたり、やさしく頭を撫でてくれたりした。

そして、お姫様のように抱きかかえて自宅まで運んでくれて……。

改めて、天井を見上げた。

それはすっかり見慣れた私の部屋のそれだった。

いつもは一人で横になるベッド。

でも今は聡一朗さんがそばにいて、私をじっと見下ろしている。

彼はどこか気に病んでいるような沈痛とした表情を浮かべていた。

凛々しく聡明な顔が、今ばかりは陰っている。

私を、心配してくれているのかな。

そう思ったら、蕩けるような幸せが広がった。

でも、本能でそう喜ぶ一方で、なにを現金な、と頭の片隅で理性が叱咤する。

終盤に差し掛かっていたとはいえ、まだ祝賀会は開かれていた。

なのに主役の聡一朗さんが急に退席するなんて、あってはならないことだ。

しかも酔いつぶれた妻の介抱のためだけにだなんて、聡一朗さんの立場をどれほど悪くしてしまっただろう。

妻としての役割を担う初舞台がこんなかたちで終わるなんて、申し訳ない。

……そう思うのだけれど……どうしても胸が躍ってしまう。

だって聡一朗さんは体裁よりも、私を優先してくれたんだもの。

まだ残るふわふわとした酔いが、罪悪感をふやかしていく。

今の私の理性は、アルコールで麻痺させられているようだ。

「なにを笑っているんだい?」

聡一朗さんが囁くように言った。

やだ、私つい顔に……。

「ごめんなさい……迷惑をかけたのに、つい嬉しくて」

「嬉しい?」

驚いたような声音だった。

ああやっぱり今の私はどうかしている。

つい本音を漏らしてしまうなんて。

聡一朗さんは怒ることも呆れるようなこともしなかった。

「むしろ俺の方こそ申し訳なかった。君がああいう場での飲酒が初めてなのは知っていたのに、もっと気にかけてあげるべきだった。すまない」

私は子どものようにふるふるとかぶりを振る。

「私が未熟だったからいけなかったんです。だから、付け込まれてしまったのだろうし……」

きっとあの男子院生も私がだいぶ酔っているのを好機と思って手を出してきたのだろう。

向こうもそうとう酔っていた。

もしあのまま人気のないところまで連れていかれていたら……。

「あのタイミングで救えて幸運だった。万が一、取り返しのつかないことになっていたとしたら――」

同じことを聡一朗さんも考えたのだろう。

それまで穏やかだった様子が、怒りのにじんだピリとしたものに変わる。

卑劣行為に対する侮蔑というよりもそれは、己の独占欲を揺すぶられたことで表れた雄々しい反応に近い感じがした。

きゅっと胸がしめつけられる。

強引に引き剥がされ抱き締められた時の腕の熱さを思い出して、身体が疼く。

「そうだ、水かなにか飲むかい? 酔い止めもあるから持ってこよう」

気を取り直して立ち上がろうとした聡一朗さんの手を、思わず握る。

媚びるように上目遣いで見上げて、甘えた声でせがんでいた。

「行かないで……」

一瞬動きを止め、聡一朗さんは座った。

そして、やさしく微笑んで見せる。

「子どもみたいだな」

「だって」

私は枕に頭をつけて笑って、つかんだ手をぎゅうと握った。

「聡一朗さんが私の部屋にいるのが、嬉しいんだもの」

「……」

「寂しかった。いつも一人ぼっちだったから」

聡一朗さんの顔から微笑が消えた。

気を悪くしただろうか、と思ったのも束の間、聡一朗さんの手が私の頬を撫でた。

そして、親指でやさしく私の唇をなぞる。

そのくすぐったさに笑みを漏らしながら、私は拗ねた顔を浮かべた。

「寂しかったんですよ。ずっと、ずっと。――本当は、今だって、寂しい」

聡一朗さんが急に体勢を変えた。

身を乗り出して、覆いかぶさるように、私と顔を近付ける。

「そうとう酔っているね。君は」

「はい。こんなにたくさん飲んだの、初めてかもしれないです……ふふっ」

どうしてか可笑しくなってきた。

「すごく、ふわふわします。なんだかこうして聡一朗さんとお話している今が、夢みたいなき――」

最後まで言えなかった。

唇を塞がれてしまったから。

なにが起きているんだろう。

唇に感じる聡一朗さんのそれがすごく柔らかくて、温かくて、いっそう頭がふわふわしてきた。

睫毛が触れそうなほどに近くにある聡一朗さんの顔を見つめる。

綺麗な顔――だけど、熱に浮かされたような、余裕のない顔。

唇を啄みながらさらに体重が掛けられ、両手がベッドに縫い留められた。

なにが起こっているの、聡一朗さんはどうしてしまったの。

頭がついにぼうっとしてきて、なにも考えられない。

けど、嫌じゃない。怖くない。

むしろ、もっともっと、聡一朗さんの呼吸を感じたい、熱を感じたい、重みを感じたい――そう思うにつれて、身体の奥から甘苦しいなにかが沸きあがってくる。

ぎゅうと目を閉じて、求めるように唇を微かに開くと、聡一朗さんの舌が入り込んできて私の唇を舐めた。

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