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リフェアリー
128
川沿いの、一番東の倉庫。白い旗。黒い丸。
倉庫の前には、二年前と同じように、列があった。でも、列は、短かった。二十人ほど。二年前は、百人を超えていた。
黒い作業着が、要を止めた。
「権田さんに、会いに来た」
「権田さんは、誰にも会わん」
「手紙を、もらった。『東京で、待つ。来い』と」
黒い作業着は、要の顔を見た。それから、懐から、紙を出した。似顔絵だった。二年前の、塩尻峠の若い男が持っていたものと、同じ。
「……三冊の兄ちゃんか」
「はい」
「待て」
男は、倉庫の奥に消えた。戻ってきたとき、別の男が一緒だった。四十代。権田の部下。枕元の男。
「権田さんが、会う。だが、長くは話せん。十分だ」
*
倉庫の奥の、小さな部屋。段ボールで囲まれた、三畳ほどの空間。布団が一組。その上に、権田が、いた。
要は、顔を見た。
二年前、川沿いで、「兄ちゃん」と呼んだ男。半年前、峠で、「遅い」と言った男。立ち方で分かる種類の人間だった。周りの誰よりも、動いていなかった。
今、権田は、動けなかった。左半分が、下がっていた。目も、口も。右目だけが、要を見ていた。
「……来た、か」
声は、遅かった。一語ずつ、置くように。
「来ました」
「遅い、な」
「遅いです」
権田の右の口元が、少し、動いた。笑ったのだと、要は思った。
「手紙、読んだ、か」
「読みました。東京の御殿を、市に入れる。三千人を、殺すな。飢えさせるな」
「そう、だ」
「三千人は、今、三つに割れてます」
「知っ、てる。俺の、枕元の、こいつ。自分で、決める、やつ。どっちも、じゃない、やつ。三つ、だ」
権田は、右手を、少し、持ち上げた。枕元の男が、紙を、権田の手に持たせた。権田は、それを、要に、差し出した。
要は、受け取った。
紙には、権田の印が、押してあった。歪んだ字で、一行。
『東京御殿、三千人、三つの倉庫、現金、三冊の帳面、全部、土師要の市に預ける。権田』
「……預ける」
「入れる、じゃ、ない。預ける。お前が、返せる、ように、なったら、返せ。返せ、なければ、お前の、もの、だ」
要は、紙を見た。
権田は、二年、三千人を食わせた。食わせるために、倉庫を押さえ、三冊を作り、現金を回し、甲府を取り、塩尻に封鎖をかけた。全部、三千人のためだった。
今、それを、要に、預けると言っている。
「権田さん。僕は、三千人を、食わせられるかどうか、わかりません」
「わかっ、てる」
「御殿の倉庫の米は、あと、どのくらい」
「三ヶ月」
「三ヶ月で、三千人が、自分で食えるようにしないといけない」
「そう、だ。できる、か」
「わかりません」要は言った。「でも、塩尻は、三ヶ月で、三百人が、薪を割って、米を買えるようになった。東京は、十倍。三千人。薪は、東京にはない。でも、仕事は、ある」
「仕事」
「商店街で、見ました。髪を切る。屋根を直す。子どもを預かる。病人の世話。物がないとき、仕事を交換する。それが、東京の十三条です」
権田は、右目で、要を見ていた。
「……お前、は、俺の、三千人を、床屋に、するのか」
「床屋と、大工と、保母と、看護師に。三千人には、三千の仕事がある。二年、権田さんの倉庫で、米を運ぶだけだった。でも、二年前は、三千人とも、別の仕事をしてた」
「それ、で、食える、か」
「食えるかどうかは、わかりません。でも、権田さんの米がなくなったら、どのみち、食えない。食えなくなる前に、仕事を、交換する。交換した分を、三冊に書く。書いた分を、証にする。証で、米を買う」
「米は、どこ、から」
「木曽から。諏訪から。五つ目の村から。塩尻の薪と同じです。東京の仕事を、証にして、証で、長野の米を買う。封蝋で、つなぐ」
権田は、長い間、黙っていた。十分は、もう、過ぎていた。枕元の男が、要を見た。要は、動かなかった。
「……兄ちゃん」
「はい」
「一年、前、俺は、言った。遅い、仕組み、より、速い、棒、だ、と」
「言いました」
「棒は、俺、だった。俺が、倒れて、棒は、なくなっ、た。残った、のは、お前の、遅い、仕組み、だ」
「はい」
「遅い、方が、長く、持つ。わかっ、た。二年、かかっ、た」
権田は、右手を、布団の上に、置いた。
「行け。三千人、を、頼む」
要は、立ち上がった。部屋を出る前に、振り返った。
「権田さん。一つだけ」
「……何、だ」
「最初の預金を、権田さんに、してもらいたい」
「預金」
「まだ、ないものです。侵入前提の銀行。これから、作る。作ったとき、最初に預けるのは、権田さんであってほしい」
権田の右の口元が、また、動いた。
「……俺の、現金、を、お前の、遅い、銀行に、か」
「はい」
「いい、だろう。遅い、銀行、なら、俺が、死んでも、潰れ、ない、だろう」
要は、頭を下げた。
倉庫を出ると、日が、傾いていた。川沿いに、三本の白い旗。その隣に、一つのビル。三階の窓に、灯り。
鷺沼が、そこにいる。
コメント
1件
ああっ…もう胸がいっぱいだよ…!!😭💕 権田さん、動けなくなっても「遅い方が長く持つ」って気づけたのが尊すぎるよね…。要くんの「遅い銀行」構想に権田さんが最初の預金者になるってシーン、エモすぎて声出た!!「俺が死んでも潰れない」って言葉に、すべてを託す覚悟が見えたよ…。次、鷺沼さんどう出るんだろう?ドキドキが止まらない…!!🌟