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「ゆいちゃんが旦那さんと離婚したらすぐになるものだとばかり思ってたのに何にも進展しないから。みんな口には出さないけど結構ヤキモキしてたのよ? そうったらちっとも動こうとしないし! どれだけじれったく思ってたか。――ねぇ〜? 貴方」


「そうそう。結葉ちゃんには気持ちの整理がいるにしても……ホントうちの想がなぁ。あんまりにもモタモタしてるからいい加減尻でも叩いてやろうかと思ってたくらいだ」


純子の言葉を引き継ぐように公宣が苦笑して、想が不機嫌そうに「みんなせっかち過ぎんだろ。ものには順序ってもんがあんだよ」と舌打ちをした。


その、怒ったような横顔をすぐ傍から見上げて、間近に見る想が耳まで真っ赤にしているのに気が付いた結葉は、(想ちゃんってば本当、どこまでも不器用なんだから)と、彼のことが愛しくて堪らなくなる。



「――きっかけとかあったの?」


そんな兄の様子なんてお構いなし。

芹がワクワクを隠しきれないと言った様子で問いかけてきて、想は結葉にチラリと視線を流して、淡々とそれに答えた。


「風の噂に結葉の元旦那の再婚話を聞いたんだ。……それで結葉もやっと踏ん切りが付いたみてぇだったから遠慮なく口説くどかせてもらった。――そんだけの事だよ」


それ以前から想はずっと結葉に好意を伝え続けてくれていたけれど、結葉が彼の気持ちに素直に向き合えなかっただけ。


いま想が言ったように、偉央いおに新しい相手が出来たかも知れないという事実は、煮え切らなかった結葉の背中をぽんっと押してくれた。


「それでな。――急な話でわりぃーんだけど……俺ら、近いうちにここを出てアパートに戻ろうと思ってんだ」



想と夜のドライブで『みしょう動物病院』の敷地内に新居らしきものが建設中なのを見た。


偉央を一人残して幸せになることを躊躇していた結葉に、想が「結葉おまえも幸せになっていいんだ」と太鼓判を押してくれた。

偉央への罪悪感が手枷てかせ足枷あしかせになっていた結葉は、そこでやっとそれらから解放されて想への恋心を認めることが出来たのだ。


でも、いざ想の気持ちを受け入れてはみたものの、具体的にどうこうするわけでもなく日にちばかりが過ぎてしまったのは、まだ結葉の中に迷いがあったんだと思う。


想は結葉の気持ちをとても敏感に捉えてくれる人だったから、結葉のペースに合わせてはやる気持ちを諸々もろもろ抑えてくれているのも痛いほど分かった結葉だ。


そんな、結葉のどっち付かずの態度を一変させたのが、結葉が就職した先の会社――宮田木材を通して知った、ある事実だった。



***



結葉ゆいはの新しい勤め先――宮田木材で御庄家みしょうけの新築工事にたずさわった人から漏れ聞こえてきた話によると、偉央いお結葉ゆいはと離婚してそれほど経たずに職場の同僚と再婚したらしい。


しかも、どうやら奥さんになった女性は、既に身籠みごもっているらしく、建設中の家は生まれてくる赤ちゃんと夫婦三人の新居になる想定で建てられているとの事だった。


その話を聞いたとき、結葉はもちろん少なからずショックを受けたのだ。


自分との間には決して子を成そうとしなかった偉央が、他の女性とならすぐにそういう気持ちになれるんだと思ったら、自分の三年間は一体何だったんだろう?と悲しくなった。


それと同時、(だったら私ももう、偉央さんを置き去りにした罪悪感から解放されてもいいのかな?)とストンと気持ちが整った。


何より結葉はお母さんになりたい夢を捨てきれなかったから。


想ちゃんとなら、自分が夢見た〝普通の家庭〟が作れるんじゃないかと、そんなことまで思い描いてしまった。



***



そう結葉ゆいはの引越しの日。


「あーん、ゆいちゃん、寂しくなるわぁ〜」


ギュウッと手を握られて、純子に潤んだ瞳で見つめられた結葉ゆいはは、思わず釣られて涙目になる。


「出て行くったって車ですぐの距離だろぉーが」


だが、そんな感傷的な気持ちをぎ払うように、想が結葉の手を純子から引き剥がしてしまった。


「もぉ、想の人でなしぃ!」


キッ!と息子を睨んだ純子が、再度結葉ゆいはの手を握り直して訴えてくる。


「ねぇゆいちゃん。やっぱり今からでも宮田木材みやたさん辞めて山波建設うちに転職しない?」


余りに子供じみて突飛な申し出だけど、本気にしか聞こえない真剣な眼差しで言い募る純子に、想が大きな溜め息を落とした。


「なぁお袋。ワガママも大概にしろよ?」


それが通用するのは旦那の公宣きみのぶだけだと思い知ってくれ、と小さく毒づいた想は、今この場に母・純子の恋の奴隷どれい(公宣)が居なくてよかったと心の底から思っていたりする。


因みに公宣は今、妹のせりと一緒に買い出しに出ていて不在だ。

今日は引越し後、夕飯を一緒に食べようと言うことになっているから、その食材調達に駆り出されている形。


本当は純子が買い物組に加わるのが一番効率的なのに、彼女はなたくなに見送り側になりたいと主張して、娘の芹と旦那に買い物リストを渡して、今現在結葉を困らせている真っ最中。



結葉だって、この家を出ることをこんなにも惜しんでもらえるのは堪らなく嬉しい。


だけど、さすがに勤め始めて間がない宮田木材に不義理は出来ないから。


「あ、あのっ。じゃあ仕事が終わったらなるべく毎日遊びに来ます!」


長い間、働くことから離れていた結葉だ。


一気にフルタイムはキツイかも知れないと公宣や想から言われて、宮田木材では九時から十五時さんじまでのパートタイマーとして雇ってもらっている。


仕事後、買い物をしたりしてから夕飯作りやお風呂の支度をしたら、ちょうど想の帰宅時間になる感じ。


ウォーミングアップも兼ねて山波家で想との二人暮らしを想定した生活をしてみたら、結構しっくりきていい感じかも?と思っていたりする。


フルタイムだったら自分の性格や体力的に、夕飯作りなどに支障が出そうだったので、しばらくはこのぐらいの勤務形態を維持していけたらな?と考えている結葉なのだ。


「じゃあアレ。遊びに来たついでにうちで一緒にご飯を作って、想と二人で食べてからアパートに帰るっていうのはどう?」


そこまで言ってニコッと笑うと、純子は「ゆいちゃんに家事を手伝ってもらえたら、私も物凄ぉーく助かっちゃうし♥」と語尾にハートを飛ばしまくる。


純子からの申し出に、結葉は甘えたな子犬みたいな眼差しで隣に立つ想の顔を見上げた。


「想ちゃん私……」


「そうしたいって言うんだろ?」


はぁ〜っと大きく溜め息をついた想が、結葉の頭をぐりぐりと撫で回して、「分かったよ。じゃあしばらくはそうしよう」と折れてくれる。


公宣が純子に甘い様に、想は結葉に滅法甘い。





幸い宮田木材と山波建設は徒歩五分圏内という立地条件で、車のない結葉でも無理なく移動できる距離なのだ。


むしろ、想の職場である山波建設まで結葉が来てくれるなら、結葉はアパートまで帰るのにバスを使わなくても良くなって好都合なくらい。


聞けば、結葉も車の運転免許証は持っているらしいので、ゆくゆくは彼女自身にもマイカーを、と計画している想だ。

だが、なにぶんペーパー歴が長過ぎる。

想はなるべく早いところ結葉自身が自力で自由に動き回れる足を、と考えているのだが、その反面ある程度は彼女の運転練習に付き合ってからでないと、その目論見もくろみを実行に移すのは危険だよな?とも思っている。



***



「んー、お腹いっぱいねぇ〜」


タクシーの中。

若干呂律ろれつの回らないほわりとした口調で、スリスリとお腹をさすりながら幸せそうに微笑む結葉を見て、想も自然とほっこりした気持ちになる。


昼間は、長いこと出入りもせずに放置していたアパートへの引っ越し作業を頑張った想と結葉だ。


不在にしていた数ヶ月間、勿体無いからと止めていたガスや電気や水道といったライフラインを再開する手続きは前もって済ませてあったから、部屋の空気を入れ替えながら降り積もったほこりなどを軽く掃除する。


とりあえず、と〝いの一番〟にリビングの隅に落ち着かせたのは、ハムスターの雪日ゆきはるが入ったケージだった。


その後で山波家やまなみけへ持ち出していた布団などの荷物をあらかた戻し終えてから、もう一度山波の実家に戻って純子主導のお別れパーティーへ参加した。


パーティーでは純子とせりが中心になって作ってくれたグラタンやローストビーフ、一口手まり寿司、唐揚げ、サラダなどが振る舞われる。


本当は結葉もご馳走作りに参加したかったのだけれど、引っ越しを終えた二人が山波家に戻った時にはほとんどのメニューが完成した後でガッカリしたのだ。


自分達はもてなされる側だと分かっていても、結葉はされっぱなしをどうしても落ち着かないと感じてしまう性格だったから、それを見越していた想が、葉と一緒に商店街にあるパティスリーで選んだフルーツたっぷりのタルトは、少なからずお手伝いが出来なかった結葉の心を慰めた。


それを食後にみんなで食べて、その頃には全員楽しく酔っ払い、良い感じにいた。

結婚相手を間違えました

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